NOVEL



ここは夢園荘

『絆』


chapter1 記憶

鷹代高志は言いしれぬ不安に襲われていた。
『大地のペンダント』にはまる『石』が直接彼に何かを伝えているようだ。
高志は夕方の準備をそこそこに外に飛び出す。
何処に行けばいいか分からない、しかし外に出ずにいられなかった。
だが店を出てすぐに中央公園の方からサイレンの音が聞こえてくる。
高志は急いで公園に向かう。
彼は近づくに連れ不安が大きくなってくるのを感じていた。
そして公園に着いた彼が見たもの……。
それは腹部から血を流し倒れた夏樹と、血溜まりの中で彼を抱きかかえ茫然自失としている恵理の姿だった。
彼女の目には何も映っていないようだ。
その時高志の頭の中に9年前のあの光景……凶刃に倒れた冬佳を抱きかかえたまま意識を失った夏樹の姿がフラッシュバックした……。



chapter2 仲間

夏樹と恵理ちゃんが眠る病室の外。
そこで俺達は二人が目を覚ますのを待っていた。
個室の部屋に俺が無理を言ってベッドをもう一つ入れさせ、そこにあれから意識を失ったままの恵理ちゃんを寝かせた。
お互いに目が覚めた時にすぐに無事が確認できるようにと思ってのことだ。

あの後、二人と一緒に病院までついていった俺−鷹代高志は電話で同棲している水瀬卯月に川原亜沙美と一緒に二人の着替えを持ってくるように行った。
何故亜沙美を呼びだしたかというと、こういう事態で一番頼りになると思ったからだ。
廊下には俺と亜沙美と卯月、そして卯月が亜沙美に連絡したときにこのことを知ってしまった夢園荘の住人と卯月の姉妹3人が揃っていた。
本当なら二人が意識を取り戻してから夢園荘の方に連絡するつもりだったのだが……。
「もう遅いし、ここは私達に二人に任せて今は部屋に戻りなさい」
時計は19時になろうとしている。
いくらなんでもこんな大人数で病院の廊下を占拠しては病院側にも迷惑が掛かる。
そのため亜沙美が今は帰るように説得していた。
「二人の一大事に部屋で待ってることなんて出来ないですよ。いくら亜沙美姉さんの言うことでもそれは聞けません」
「そうです。私達もここにいます」
「あなた達ねぇ……」
しかしさっきからこんな調子で押し問答を繰り返している次第だ。
でもこの様子から本当に二人とも好かれているんだとよく分かる。
(良かったな……夏樹……)
心の中でつぶやく。
それはともかく、はっきり言ってこの状況は迷惑以外の何者でもない。
俺は椅子から立ち上がると、説得を続ける亜沙美の肩を叩いた。
「?」
何?と言った感じで振り向く彼女に目で後は俺がやると合図した。
「みんな、とにかくここは俺と亜沙美に任せてくれないか。全員がここにいても病院側に迷惑が掛かるだけだから」
「だけど鷹代さん……」
「それでみんなにはノルンで待機していて欲しい。店からなら近いからすぐに駆けつけることも出来る」
俺の提案に一同静かになる。
「目が覚めたらすぐに連絡してくれますか?」
みんなの代表という感じで里亜ちゃんが言う。
「ああ、約束する」
しばらく彼女のは俺の顔をジッと見つめる。
そしてふと目をそらすと「分かりました」と短く答えた。
ピンと張りつめた空気が少しだけゆるんだ気がした。
「卯月、店の方を頼む」
「うん」
卯月としてもここに残りたい気持ちのようだが渋々従う。
そして全員、肩を落とし階下に繋がる階段へ向かう中、葉月さんが俺達の元に戻ってきた。
「どうした?」
「ここに来る前に澪さんに連絡しておきました。仲間が全員揃った方が良いと思って……」
「そうなんだ、ありがと」
「いえ、それでは皆さんとお店の方で待ってます」
彼女は一礼すると先を行く人たちと合流した。
「気が利くね……」
彼女達の後ろ姿を見送りながらそうつぶやく。
「そうだね……」
亜沙美の力無い声に俺は振り返る。
彼女は椅子に座り俯いていた。
「どうしたんだ」
「今日、恵理ちゃんの様子おかしかったでしょ。あれ、私のせいなんだ……」
「え……?」
「恵理ちゃんに9年前のこと話して、それで夏樹のことを支えてあげてって……」
「……そんなの関係ないよ」
「だけど、それが原因かも知れないじゃない」
「関係ないって」
「でも……」
「亜沙美!」
「!?」
「あまり自分を責めるな……。それに今回のことは誰のせいでもない。敢えて言うならあの通り魔のせいだよ」
「タカ……ありがと……」
二人の間に沈黙が流れる。
その時、階段を駆け上ってくる音が聞こえる。
そして踊り場から姿を見せた人、それは俺達の仲間の榊澪……っと結婚したから早川澪か……だった。
「タカ、亜沙美。葉月から夏樹が彼女守って刺されたって聞いて急いできたよ」
「葉月さんから連絡したって聞いてたけど……彼女、そう言う風に言ったの?」
「うん。半分はその彼女が見たくて飛んで来たんだけどね」
「まだ彼女って訳じゃないだろうに……」
「そうなの?」
「もう一声って所だな」
「そうなんだ……」
なんか心底残念そうに声のトーンを落としてる。全然変わってないな……こいつ(-_-;;
「まぁそれは置いておいて、ところで夏樹の怪我の具合は?」
「怪我自体は後数cmずれてたらやばかったと言うところだったけど、出血が酷くてね。でも今は輸血で持ち直して麻酔で寝てる状態」
「そうなんだ……夏樹のことだから腹に包丁刺したまま、自分を刺した通り魔を叩きのめしてその結果、出血が酷くなったという感じ?」
「それ当たりだな」
「でも良かったよ、無事で……」
澪は心の底から安堵の息をつく。
「ねぇ、『風の石』は夏樹を守ってくれなかったの?」
今まで椅子に座りだまって俺達の話を聞いていた亜沙美が口を開いた。
「『風の指輪』持ってるんでしょ。だったら何で……」
「そういえばそうだよね。私はてっきり忘れたからだと思ってたんだけど……持っててそれはおかしいよね」
澪も当然のように疑問を持った。

『石』には持ち主を危険から守護する力がある。
そのため当時、どんな危険な橋を渡っても無傷でいられた。
だから本当なら『風の石』を持つ夏樹が刺されること自体おかしな話だった。
だが……。

「夏樹の『風の石』は9年前のあの時力を失ったんだ」
「「!?」」
二人は俺の告白に言葉を失ったようだ。
だが俺はお構いなしに言葉を続ける。
「実際、知ったのはあいつが夢園荘の管理人になってからなんだ。だから二人が知らないのも無理はない」
「そんな……」
亜沙美は信じられないと言った様子で手を口にやってつぶやく。
澪はまだ言葉を失ったままだ。
「何で……何で、夏樹ばかりこんなに辛い目に遭わなければいけないの……」
「……亜沙美?」
亜沙美の様子がおかしいことに気づいた澪が彼女の名前を呼ぶ。
「ねぇ教えてよ。何で夏樹ばかり……夏樹が何をしたって言うの!」
「亜沙美!」
俺は彼女の両肩を掴み名前を呼んだ。
「タカ……」
「亜沙美、お前がここで取り乱しても何にもならないだろ」
「分かってる……でも……。二人とも私達って夏樹にとって何なの?」
「「……………」」
「私達じゃ、夏樹の手助けは出来ないの? 夏樹の悲しみや苦しみを癒すことは出来ないの?」
亜沙美は涙ながらに言う。
澪はかけるべき言葉が見つからないようだ。
だが俺は……。
「亜沙美……少なくともお前はあの時、闇に閉ざされた夏樹の心に光を与えたんだぞ」
「…………」
「心を閉ざしすべてを拒絶した夏樹に、もう一度心を取り戻させるきっかけを与えたのは亜沙美、お前なんだぞ」
「私……?」
「そう」
「でも私は……結局逃げだしたんだよ」
「でも夏樹はお前に感謝してたんだ」
「そんな……」
そこでどうやら落ち着いたようだ。
「亜沙美、1階の待合所でジュースでも飲もう」
澪が気を使って亜沙美に話しかける。
亜沙美もそれに従うようにうんと頷く。
「じゃ、あたし達は下にいるから何かあったら呼びに来て」
「分かった」
階下へ向かう二人の背を見送ると、俺は夏樹達が眠る病室のドアを見た。
「ホント、亜沙美じゃないけど、何でお前ばかりこんな辛い目に会わなきゃいけないんだよ。夏樹……みんな、こんなに心配してるんだ。だから早く目を覚ませよ……」



chapter3 過去

夢。
これは夢。
あの日の夢……。

家族旅行でのドライブ。
峠を越えようとしたとき、対向車がセンターラインを超えてきた。
それを避けようとお父さんがハンドルを切ったとき、ガードレールを越え崖下へ落ちた。

体中が痛かった。
でも暖かくて柔らかい感じのものに包まれていた。
気づくとお母さんが私を抱きしめていてくれてる。
泣きながら二人を呼んだ。
二人とも小さな声で答えてくれた。
何度も呼んだ。
声がかれても呼んだ。
でも答えが返ってこなくなった。
私は必死に呼んだ。
泣きながら呼んだ。

私は呼ぶことも泣くことも止めていた。
私はだんだんと冷たくなっていくお母さんに抱きしめられている。
小さな私の目には木々の隙間から見える青い空が映っている。
その頬には涙の後がかすかに残っている。
でももう涙を流すことはない。
さっきまで痛かった身体の痛みももう感じない。
もうすぐお父さんとお母さんの所に行ける。
目を閉じたとき、大勢の人の声が聞こえた……。

気づくと病院のベッドで寝ていた。
体中包帯を巻いていたけど生きてる。
私はお父さん達はと聞いた。
そして案内された。
お父さんとお母さんの顔の上に白い布が置かれていた……。

………………………………………。

私……。
暗い場所。
暗くて寂しい場所。
寂しくて寒い場所。

私は一人……。
親戚の人たちに邪魔者扱い……。
何処へ行っても私は邪魔者……。
私はずっと一人……。

「大丈夫だよ」
優しい男の子の声。
顔を上げる私。
「君は一人じゃないよ」
私と同じぐらいの男の子。
「誰?」
「僕は夏樹」
「夏樹?」
「そう。君の名前は?」
「私は恵理。樋山恵理」
「じゃ、恵理ちゃん行こう」
「どこへ?」
「ここじゃないところ」
「ダメ……動けない……」
「大丈夫だよ」
夏樹くんは私に手を差し出す。
「……」
「さぁ」
夏樹くんの誘いに私はおそるおそる手を重ねる。

瞬間、暗く寂しく寒かった世界が暖かな光あふれる世界になった。
私はただ呆然と辺りを見回す。
「どう?」
さっきまで男の子だった夏樹くんが大きくなっていた。
そして小さな女の子だった私も……。
「君は一人じゃないよ、恵理」
「な……つ……き……さん?」
「ん?」
「夏樹さん……夏樹さん!」
私は夏樹さんの胸に飛び込んだ。
「どうしたんだい?」
「私……私……」
涙で言葉が続かない。
伝えたい言葉があるはずなのに……。
「恵理……」
夏樹さんはそっと指で私の涙を拭うと、額にキスしてくれた。
「あ、あの……」
私は手を額に当て混乱してしまった。
「続きは目を覚ましてから」
「目を……?」
「そう、ここは君の心の中の世界」
「心の……世界……」
夏樹さんの言葉を繰り返す。
「だから、良いね」
「うん」
「じゃ、眠り姫を起こす方法はただ一つだよね」
「え?」
その時、夏樹さんと私は唇を交わした……。

………………………………………。

私はゆっくりと目を覚ます。
「ここは……?」
暗い場所。
夢の続き……?
私は上半身を起こすとそこはベッドの上でどこかの部屋の中だと気づいた。
周囲を見回す。
「夏樹さん?」
左隣のベッドに夏樹さんが眠っている。
「どうして……」
混乱する頭をフル回転させ記憶をたどる。
そうだ、夏樹さんは私を守って刺されたんだ。
そして私は……。
私はベッドから降りると、夏樹に近づきおそるおそるその頬の触れた。
「……暖かい」
そのぬくもりが嬉しくて涙がこぼれる。
「良かった……ホントに良かった……」
部屋の隅に置いてある丸椅子を見つけると夏樹さんの眠るベッドの横に置き、彼の安らかな寝顔をじっと見つめた。
静かな部屋の中で夏樹さんの静かな寝息だけが聞こえる。
呼吸に合わせて上下する掛け布団。
夏樹さんが生きていると言う証。
私はそのすべてが嬉しかった。

「夏樹さん、目が覚めたら昼間の続きを聞かせて。もう何を言われても逃げないから……ね」



chapter4 邂逅

暗くもあり、明るくもある世界……。
これが死後の世界か?
無重力みたいで身体がぷかぷか浮いてる感じ。
……ちょっと楽しいかも。
「お兄ちゃん!」
ショートヘアの元気しか取り柄の無さそうな女の子が俺−早瀬夏樹を呼ぶ。
「よっ!」
「『よっ!』ってあのねぇ……」
「冬佳、お前が迎えに来てくれたのか」
あくまでも軽い調子の俺にその女の子−妹の冬佳はジト目で俺を見る。
「私ね、そう言う冗談嫌いなんだけど」
「じゃ、なんでここにいるんだ?」
「普通さ、愛し合っていた二人が生死を越えて再会したんだよ。もう少し何かあるんじゃない?」
こめかみに指を当て何か難しい顔をしている。
「そうだなぁ……『冬佳……本当に冬佳なのか……またこうして逢えるなんて……俺は……俺は……』」
「……白々しいよ。しかも棒読みで……」
「すまん、演劇経験はないんだ」
「だから、そう言う問題じゃないって……。でも元気そうで良かった」
やっと冬佳の顔に笑みが浮かんだ。
ここまでひっぱったのも照れ隠しで話を逸らしていた俺のせいだったりもするが……。
「で、何でここに?」
「……………」
「やっぱり迎えに……」
”バキッ!”
「終いには怒るよ」
もう怒ってるんじゃないのか?
「全くお兄ちゃんは……。話し戻すけど……お兄ちゃん、ごめんなさい」
「?」
「私がもうあんな力を出せないように『石』の力を封じてたの」
「なんでそんなこと出来たの?」
「わからない……でもあの時、消えていく意識の中でお兄ちゃんが『力』を使っているのが分かって、あのままお兄ちゃんが『力』を使ったら死んじゃうって思って、それを止めなきゃと思ったら、気づいたときに『石』の中にいたの……」
自分の言っていることに自信が持てなくなってきたのか語尾がだんだん小さくなっていく。
「……だから力が使えなくなったのか……すると指輪が抜けなくなったのもお前か」
「たぶん……お兄ちゃんと離れたくなかったから……」
「なるほどね……墓に話しかけるよりも指輪に話しかけてた方が良かったって事だ」
「うん、だから目が覚めたら恵理さんにも謝っておいて欲しいの。お兄ちゃんの大切な人にも辛い思いさせちゃったから」
「お前、何で恵理のこと……っていつも一緒だったから知ってて当然か……」
「うん……」
冬佳は辛そうな表情をしている。
何となく気持ちは分かる気がする。
ごめんな、冬佳……。
それを心の中でつぶやく。
口に出して言うと冬佳を傷つけてしまいそうだったから……。

「ところでこの『石』って何なんだ?」
なんとなく暗くなりそうだったから話題を変える。
「それは……」
「私がお話しします」
冬佳が何か言おうとしたとき、別の声が聞こえてきた。
「誰だ?」
俺達しかいないはずの世界(と思いこんでるだけ)での侵入者(?)に俺は警戒した。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。この『風の石』の精霊さんだから」
「精霊?」
「正確には違いますが、そう思っていただいて結構です」
何もない空間から着物を着た長い髪の女性……と言うにはあまりに幼く見えるから……女の子が現れた。
年の頃は恵理と同じぐらいかな?
「我が主よ……」
「その言い方止めて。『夏樹』で良いよ」
その娘はかしこまった呼び方をするので間髪入れずに言った。
彼女はちょっとビックリした感じで俺を見る。
……そりゃそうだろうな。
「だから『夏樹』で良いよ。呼び捨てがいやだったら『さん』付けでも構わないから」
「は、はぁ……」
「ごめんね、お兄ちゃんってこういう人なの」
「私は大丈夫ですから……(^^;; では夏樹さん」
「はい」
「この『風の石』そして『火の石』『水の石』『大地の石』……これら4つの『石』は人の心……『誰かを守りたい』と言う気持ちに反応します。それはそれぞれの『石』に宿る私達の心がそう為しているのです」
「君たちの心?」
「はい。私達はもともと夏樹さん達と同じ人間でした。でも争いの中で私達は守りたい人を守る事が出来ず、そして自らもまた命を落とした者達なのです」
彼女の瞳が一瞬揺れた。
感情を殺しているように見えてもたぶん昔のことを思い出しているのだろう。
「それ故、私達と同じ悲しみを持つ人たちを増やさないように、その心に反応して力を貸しているのです」
彼女の話が終わり、俺達の間に沈黙が流れる。
「一つ良いか」
「はい……」
「どうして『石』の中に?」
「それは気がついたときには、としか……」
「そうか……」
たぶん、どこぞの高僧がやったんだろうな……。
「もう一つ。冬佳がここにいる理由は?」
「たぶん、それだけ想いが強かったのかと……。私の力を封じるぐらいでしたから……」
「最後に一つ。ここ何処だ?」
その質問に精霊の女の子と冬佳は呆然とした。
「お兄ちゃん、本気で聞いてるの?」
「あの気づいているものばかりと……」
「大まじめだぞ」
二人は顔を見合わせため息をつく。
「ここはあなたの深層意識の世界です。冬佳さんが封印を解いたと同時に接続しました」
「簡単に言えば夢の中って事か……なるほどね……」
俺は周囲を改めて見回す。しかし何もないな(-_-;;
「あの、冬佳さん。夏樹さんはこんな話を聞いても慌てないなんて凄い人なんですね」
「あの人はありのままを受け入れる人なの。私の時は違ったみたいだったけど……」
「神経が図太いと……」
「そう言う言い方もあるかも」
「二人とも聞いてないと思って好き放題言ってくれてるな」
「女の子の会話に聞き耳を立てるなんて最低!」
「冬佳!」
「冗談冗談」
「お二人とも、仲が良いんですね」
精霊の女の子は寂しそうな笑みでそう言う。
「そうか、君にも好きな人が……」
「ええ……もう逢えないと思いますけど」
「……すまない、変なこと言って」
「構いません。それに私、あなた方二人に謝らなければいけないことがあります」
俺と冬佳は互いに顔を見合わせ「?」を浮かべた。
「私があなたの引き寄せ、その封印を解かせたばっかりにいろいろと辛い目に遭わせてしまったこと……ホントに申し訳ありませんでした」
「あれって偶然じゃなかったの?」
「はい……あなたの冬佳さんを思う気持ちが封印されていた私の意識を呼び覚ましました。そして……」
「あの祠へか……」
「本当に申し訳ありません」
彼女は深々と頭を下げる。
「お願いがあります。私をもう一度あの祠に封じてください。それがあなた方に辛い目を合わせてしまった私に出来る唯一のこと。もちろんその時には冬佳さんの意識を解放します。どうかお願いします」
さらに深々と頭を下げる。
「頭を上げてよ」
俺の言葉に彼女はゆっくりと頭を上げる。
その目は真剣で、そして少し潤んでいるように見えた。
「別に俺は君のせいだなんて思ってないし、こうなってしまったのは全部俺のせいだと思ってる」
「でも……」
これ以上何か言うと泣き出しそうだな……この娘。
「話変わるけど……君の名前は何て言うの?」
「え……名前……ですか?」
「そう」
「そういえば私も知らない」
「名前は……忘れました……遠い昔に……」
俺達から目をそらしどこか遠くを見る目でつぶやく。
「ねぇ、お兄ちゃん。名前付けてあげてよ」
「俺が?」
「うん。だって『風の石』の持ち主、でしょ」
「あ、あの……」
「そうだなぁ……」
俺は目を閉じ『石』を見つけたときの事を思い出す。
「……冬の木漏れ日、木々を抜ける優しき風の薫り、その中で見つけし君の姿……」
「お兄ちゃん、相変わらず詩を作るの上手だね」
俺は静かに目を開けると「まあね」と答えた。
「君の名前決めたよ。『楓』というのはどうかな?」
彼女は信じられないといった表情で固まっている。
「あ、気に入らなかった? じゃあどうしようかな……」
「いえ、違います! そんなに素敵な名前を付けていただいて凄く嬉しいんです」
言葉通り凄く感激しているようだ。
ちょっと安心(^^)
「それじゃ、これから楓さんって呼ぶね」
「私も!」
「………」
先ほどまでの喜びに満ちた表情から再び悲しい表情へと変わった。
「素敵な名前をありがとうございました。でももうすぐお別れですから……目が覚めたら封印の方を……」
「ちょっと待ったぁ!」
「何でしょうか?」
「考えたんだけど、それだったら俺の願いを聞いて欲しいな。俺としても15年以上も俺を守ってきてくれた君を封じたくないし」
「でも……」
「楓さん、頼む」
「楓さん、私からもお願い」
俺達二人に言い寄られ、楓さんは小さく頷いた。
「それでお願いとは?」
「君を、この『風の指輪』を恵理に渡す。そしてこれから恵理を守って欲しい」
俺はちらっと冬佳の様子を見る。
たぶん俺がこう言う事は分かっていたんだろう、複雑な表情を浮かべている。
俺はもう一度心の中で謝る。
「守って欲しいというのも俺の目の届かない所での話だけどな」
「そんな……でも……」
「聞いてくれるよな」
ちょっと脅しが入ってるかも(^^;;
「楓さん、お兄ちゃんのお願い聞いてあげて」
「冬佳さん、良いんですか?」
「うん」
楓さんは少しの間考え答えを出した。
「分かりました。目が覚めたら恵理さんに渡してください」
「ありがとう」
「お兄ちゃん、私もこのまま楓さんと一緒に恵理さんを守ってあげるね」
「冬佳……」
冬佳はぐいっと顔を寄せる。
「だから、恵理さんと絶対に幸せになるんだよ。そうじゃなきゃ許さないからね!」
「ああ、もちろん」
俺のその言葉に満足したのか冬佳はニコリと微笑んだ。
「それではもう時間です」
「目覚めの時間と言うことか……」
「はい」
「じゃ、よろしくね」
「心得てます」
「お兄ちゃん……頑張ってね」
「ああ、今を生きている人の気持ちをずっと……ずっと大切にしてね」
「分かった」
「目が覚めたら恵理さんによろしくね。もう彼女、大丈夫だから……」
「それってどういう……」
「こっちの話……さよなら、お兄ちゃん」
「さよなら、冬佳……」
光が周囲にあふれてくる。
そしてすべての視界を奪った……。



chapter5 涙

「これで良かったんですか」
「……うん」
「辛い選択ですね」
「でもお兄ちゃんが幸せになってくれるならそれで良いの」
「そうですか……」
「……楓さん」
「はい」
「今だけ泣いても良いですか?」
「私の胸でよろしければお貸ししますよ。冬佳さん」
「ありがとう……うぅ………」

兄の幸せを願った妹は涙が枯れるまで泣き続けた……。

(冬佳さんのためにも幸せになってくださいね。夏樹さん)



chapter6 絆

目を覚ますと暗い部屋の中にいた。
「病院?」
普通に考えたらそうだろうな。
俺はゆっくりと上半身を起こそうとした。
「あれ?」
布団の上に何か重みがある。
頭だけ動かしその重みを見る。
そこには長い髪の少女がベッドに頭を預け眠っていた。
「恵理……ずっと見ててくれたんだ」
俺は恵理を起こさないようにそっと上半身を起こす。
恵理の寝顔をじっと眺めた。
「髪の毛が口の中に入りそうだな……」
少し笑みを浮かべると、俺は彼女の頬にかかる髪をそっとかきあげた。
「う……うん……」
かすかに睫毛が揺れる。
そしてうっすらと瞼を開けた。
「ん?」
恵理はそのまま寝ぼけ眼で周囲を見回す
(ホント、寝起きが悪るそうだな)
思わず苦笑。
俺の漏らした笑いに気づいたかのように彼女はこちらを向き目が合う。
「おはよ」
「………夏樹……さん?」
俺は微笑みながら頷く。
「夏樹さん……」
恵理は言葉を詰まらせている。
「恵理、おはよう」
もう一度言う。
「おはよう、夏樹さん……」
彼女のその瞳から涙がこぼれ始める。
だけど彼女はそれを隠そうともせず、嬉しそうに微笑んだ。
「夏樹さん!」
恵理はそのまま俺の胸に飛び込んできた。
そして、胸に顔を埋めたまま何度も俺の名前を呼ぶ。
まるで俺の無事を確かめるように……。
そして俺も彼女がここにいると言う事を確かめるようにそっと右手で髪をなでた。
「ごめんな。心配かけさせて……」
「ううん、夏樹さんが無事ならそれでいいの」
「恵理……」
その時、彼女の髪をなでる右手の『風の指輪』が目に入った。
指輪の『石』が本来のコバルトブルーの輝きを取り戻している。
「夢じゃなかったってことだな」
今なら言えるがあのことは半信半疑だった。
「どうしたの、夏樹さん?」
恵理は不思議そうに下から覗き込んでくる。
「ん、ちょっといいかな」
「うん」
胸にしがみついている恵理を離すと、右手の薬指から『風の指輪』を抜いた。
左手に持った指輪をじっと見つめた。
(今までありがとうな。そして楓さん、冬佳……二人ともともこれからよろしくな)
心の中で二人の心が宿る『石』にそうつぶやいた。
「恵理、左手いいかな?」
「え?」
よく分からないと言った表情をしたが、自分の左手を俺に差し出す。
俺はその手を取ると、薬指に指輪をはめた。
「あ、あの……」
少し混乱しているみたいだ。
「そいつを受け取って欲しいんだ」
「で、でもこれって……」
「そいつは俺が15年以上も身に付けてたお守り。結構古いものだけどね」
「お守り……?」
「うん、ダメかな?」
「ううん、そんなことない。でもいいの、大切なものじゃ……」
「いいんだよ。そしてそいつと一緒に俺の気持ちも受け取って欲しい」
「きも……ち……?」
恵理はその言葉に動きを止め、目を見開きじっと俺を見る。
「うん。3年前の告白……今度は俺にさせて欲しい」
「…………」
突然の言葉に恵理は言葉を失った。
「恵理、俺はお前のことが好きだ。9歳も年上だけど君さえ良ければ、ずっと俺の側にいて欲しい」
恵理は信じられないと言った様子だ。
「私……私……」
「ダメかな?」
「そんなことない! だけど、私……」
彼女は俺から目をそらして下を見た。
「私じゃ……夏樹さんの支えにはなれないから……」
「そんなことないよ」
「それに冬佳さんのこととか……」
「冬佳? 何で知ってるの?」
「亜沙美さんから聞いて……」
「なるほどね……」
「好き……なんですよね……」
両肩を震わせている。涙をこらえているのかもしれない。
「昼間、あいつの墓参りに行ったんだ。そこで恵理の話をしたよ。お前と出会えたことでやっと前に進めることが出来るって」
「え?」
恵理は顔をあげると俺の顔をじっと見る。
「妹に紹介したいんだ。俺の大切な人だって」
「……夏樹さん……いいの、ホントに私で」
「ああ」
「私、朝弱いよ」
「知ってるよ」
「それに我儘だよ」
「それも知ってる」
「それから……それから……」
下を見て一生懸命に考えている。
なんかそんな彼女の様子がすごく可愛く見えた。
可愛いのは当然なんだが……って心の中で惚気てもしょうがないか……。
「恵理、俺のこと嫌い?」
「そんなことない!」
恵理はぱっと顔を上げて必死に否定する。
「好きだよ。夏樹さんのこと大好きだよ」
「うん」
「初めて会ったときからずっと好きだった……」
「うん」
「だからあの日、すごく悲しかった」
3年前のあの日のことを思い出したのか少し悲しそうな顔をした。
「あの時の俺は立ち直ったばかりで余裕がなかったからな」
「……本当に私で良いの?」
「ああ」
「私、冬佳さんじゃないよ」
「俺は今ここにいる樋山恵理に言ってるんだよ」
「その言葉、信じるよ。あとでウソとか冗談だって言っても通用しないよ」
「信じてくれなきゃ困るんだけど」
「私、すごく嫉妬深いからね」
「ああ、それも知ってるよ」
「夏樹さん、私のこと何でも知ってるんだ」
「そりゃあ、お前のことが好きだからな」
「うん」
恵理は嬉しそうに俺に抱きつく。
そして俺達は唇を交わした。

”バタン!!”
ドアが開き見覚えのある3人が病室に転がり込んできた。
「きゃっ!」
恵理の小さな悲鳴。
突然の来訪者に驚き唇を離し、俺達は抱き合ったままその3人を見た。
「お前ら……」
一番下に鷹代高志、その上に重なるように川原亜沙美と榊……じゃなくて早川だったな……澪がいた。
「覗きとはずいぶんと良い趣味だな」
俺は冷たい目で3人を見下ろす。
「いや、話し声が聞こえてきたから」
「もしかしたら目が覚めたかなぁって……」
「決して私たち覗くつもりなんて無かったんだよ」
3人とも息が合ってるな。
「ところで何で澪がここにいるんだ?」
「え……葉月から夏樹が刺されたって聞いたから、心配で子供も旦那に押し付けて飛んできたんだよ。決して夏樹の彼女が見たいとかそう言う事じゃなくて……」
実際に会うのは5、6年ぶりだが自分の欲望に正直な所は変わってないらしい。
「あのなぁ……」
ふと恵理を見ると彼女は顔を真っ赤にして固まっている。
「で、いつまでそこで倒れてるつもりだ」
さっきからぜんぜん立ち上がろうとしない3人に突っ込んでみる。
すると、3人ははっと気づいて立ち上がった。
「そ、そうだタカ。みんなに連絡しないと」
「そうだよな。早くノルンに電話しないと」
「公衆電話は下の待合所にあったから早く行こうよ」
そう言って彼らは慌てて部屋から出て行った。
「ったく……」
思わずため息をつくと澪がドアの隙間から顔を出した。
「もうすぐみんな来るからあまりいちゃついてたらダメだよ」
俺は無言で枕をドアに向け投げつけた。が、それよりも先に逃げられた。
「恵理、大丈夫か?」
「う、うん」
まだ真っ赤な顔で固まっている。
「ごめんな、変なやつらで」
「そんなこと無いよ、楽しいから」
「そっか」
「うん」
顔を上げた恵理と視線を交わす。
そして自然と唇を合わせる。
そう、互いの気持ちを確かめるように……。



→ NEXT


<あとがき>
恵理「やったぁ! 恵理ちゃん幸せ〜〜」
絵夢「よかったねぇ」
恵理「もうマスターったら気の無い返事」
絵夢「普段の3倍強……はっきり言って疲れた……」
恵理「ご苦労様でした(^^) ところで今回は今までとは違う文章形態ですね」
絵夢「各chapterごとに分けて発表でも良かったんだけど、それだと各chapterの文章量があまりにも違いすぎるから、バランスが悪くなる。ということでひとまとめにしたの」
恵理「なるほど、ところでchapter3で夢に出てきた夏樹さんって誰? 夢の産物にしてはちょっと意味深だし……」
絵夢「それは……ノーコメント」
恵理「またぁ?」
絵夢「では、それは秘密です」
恵理「一緒だよ」
絵夢「ヒントはchapter4にあると言うことで」
恵理「う〜〜ん、ま、いいか……」
絵夢「とにかくこれであとはエピローグだけ」
恵理「がんばってねぇ」
絵夢「はいはい。というわけで次回」
恵理「『ここは夢園荘』エピローグ」
絵夢&恵理「お楽しみに〜〜〜」