NOVEL



ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age

第四話 <みなも>


土曜日。
私−陽ノ下みなもは今日と明日はバイトが休みなので日頃の疲れを取るためにぐっすりと眠る。
そんな人の幸せのひとときを邪魔する者がいるらしい。
玄関からチャイムの音が聞こえる。
……眠いから無視……静かになった。
再びチャイムの音。
……眠いから無視……静かになった。
ドアを連続で強く叩く音。
……眠いから無視……静かに……ならない。
「みなも! 起きなさい! 非常事態なんだってば!!」
……姉さん、うるさい……眠れない。
枕元にある時計を見る。
……3時。
「……こんな時間になんなのよぉ」
私は不満を漏らしながらゆっくりと起き、ロフトベットから落ちないように降りて玄関の鍵を開けドアを開けた。
「……姉さん、うるさい。近所迷惑」
「あんたねぇ……今何時だと思ってるの?」
「さっき見たらまだ3時」
「……午後のね」
「午後でも私にとっては寝てる時間だもん」
「あんた、完全に昼夜反転してるわね〜」
姉さんはそう言うと深い溜め息をつく。
「それよりも非常事態ってなんです? 今日明日はバイトがお休みだからゆっくりと暗くなるまで寝るつもりだったんです。だからつまらない用事だったら……」
私は冷たい眼差しで姉さんをじ〜と見る。
この時、私の頭の中ではどんなことをしようかとフル回転していた。
「さっきお母さんから、私達の暮らしぶりをお父さんと二人で見に来るって電話があったの」
「………」
この瞬間、私の時間が止まった。
「みなも?」
「……いつ?」
「今夜向こうを出て着くのは明日の朝になるって言ってたよ」
「…………………」
「明日も休みならタイミング良かったかも知れないけど……どうするの?」
「どうするのって言われても……今まで来るなんてこと無かったのに……」
「そりゃ、みなもは高校出てからこっち、全然家に帰ってないからでしょ。
私は正月には帰ってたけど……その度にあんたが帰れない言い訳大変だったんだよ」
「だって卒業してすぐに始めたバイトが忙しくて楽しくて……姉さん、どうしよう……」
おろおろする私に姉さんはあきれ顔だ。
「ばれたら勘当か強制送還か……いくら何でも心中は……無いよね」
姉さんは色々と思いを巡らせながら話す。
「でもどっちにしても私にも降りかかってくるな……」
「姉さん……」
「仕方ない、ここはあんたの仕事を知っている人に相談してみよう」
姉さんはまた溜め息をついた。


私達はすぐに隣の早瀬家に向かい、恵理さんに相談を持ちかけようとすると、すぐにリビングに通され、お茶まで出されてしまった。
恵理さん曰く、子供達がノルンに行っていて丁度暇だったと言うことらしい。
そこで思わずくつろぎそうになってしまったけど、姉さんがすかさず事の次第を話してくれた。
それに対して恵理さんの言葉は……。
「で、なんで私に聞きに来るのかな?」
……だった。しかも抑揚の無い声で……。
「それを言われると痛いんだけどね。でもみなもの仕事を知ってるのって恵理だけだし……」
「あのね空、みなもちゃんがそういう仕事をしているのは確かな訳だし、嘘をついても結局はばれると思うよ」
「恵理ぃ〜そう言わないで力になってよぉ。ばれたら私までどうなるか分からないんだよぉ」
「恵理さん、お願いします」
私達姉妹は恵理さんに泣きつくようにお願いした。
「だから……」
「「恵理(さん)〜」」
「………」
恵理さんは口をぱくぱくさせながら言葉を探しているようだったけど、言葉が見つからず溜め息をついた。
「要はばれなければいいってことね。明日は日曜だから仕事は適当にでっち上げればいいけど……みんなの口裏を合わせる必要があるかも」
「「え!?」」
私のバイトの内容を知っているのは姉さんと恵理さんだけだと思っていたのに……。
「仕事の内容は知らなくても、みなもちゃんが夜中仕事をしているのは知ってるはずだよ」
「そっか……」
「でも考えてみれば夜の仕事と言ってもコンビニとかファミレスとか24時間営業だったら普通か。いくら何でもみなもちゃんが SMクラブ で働いているなんて思い付かないよね」
「ま、まぁね……」
にこやかに私の仕事を言う恵理さんに空さんは顔を引きつらせた。
「どうしたの?」
「あんたがそう言う言葉を平気で口にするからちょっとね……」
「でもみなもちゃんの仕事だし……ねぇ」
「あ、はい。……私、こう見えても人気はあるみたいなんです」
「ほら」
「いや、ほらじゃなくてね……」
姉さんは眉間に皺を寄せそこに指を当てる。
「実の姉としては複雑なところなのよ」
「人気者の妹で?」
「そう言うことじゃなくて」
「冗談よ」
「……ま、いいわ」
疲れたように溜め息をつく姉さん。
私、迷惑かけちゃってるし……なんか申し訳ないな……。
私がそう思っていると恵理さんがジッと私を見ていた。
「みなもちゃん」
「はい」
「私ね、正直言ってみなもちゃんがやっていることは容認できないよ。友人としてはもちろんだけど、それ以上に娘を持つ親としてね。あの娘達が同じことをやり出したらこの命に代えても止める」
「そう……ですよね……」
私は恵理さんの迫力に押されて言葉が出なくなった。
「それは空だって同じ気持ちだよね」
「まぁね……実際、私は反対したけど、それでもこの娘は聞かなかったからね。だから説得は諦めて見守ることにしたの」
「空……」
そこで恵理さんは軽く溜め息をつき言葉を続ける。
「これ以上言うと2年前と同じことになりそうだから止めるわ」
「……そうだね」
それに対して姉さんは短く答えた。
この二人、私のせいで何か……そういえば私がこの仕事を始めると言い出した時に少しの間喧嘩をしていたような……。
もしかしてその時の原因って私……。
「私……」
「みなもちゃん」
「あ、はい」
「一つだけ約束して。今すぐじゃなくて良い、いつでも良いから必ず自分がやっていることを両親に報告するって」
「恵理!」
「それが私が協力する条件。空が何と言ってもこれは絶対に譲れないよ」
姉さんも恵理さんに迫力に押されて口を噤む。
「みなもちゃん、約束できる?」
俯く私に恵理さんは優しく問いかけてくる。
私は恵理さんの目を見ることが出来なかった。
「みなもちゃん、私の目を見て」
それはとても優しい口調だった。だけど同時に決して逆らうことの出来ない厳しさを隠しているように思えた。
私はゆっくりと顔を上げ、恵理さんを見る。
「約束して」
「……………はい」
その私の返事を聞き、恵理さんはニコリと笑い姉さんの方を見る。
「空、作戦会議しよ」
「オッケ」

それから3人でいろいろと話し合った。
だけど、いくら話し合っても誤魔化すための『私の仕事』がどうしても思い付かなかった。
結局日も暮れ始め卯月さんが楓ちゃんと冬佳ちゃんを連れてくるまで続いた。
卯月さんが私達3人が話し込んでいることに興味を持って話を聞くと、恵理さんと同じことを言った後、「うちでバイトしてることにしておく?」と提案してくれた。
姉さんと恵理さんは「それは良いアイデア」と手を叩き、私は「お願いします」と頭を下げた。
これでなんとか明日の準備が整った。
整ったけど……私……。


翌朝……と言うよりも早朝に両親がやってきた。
本当に車で夜通し走ってきたみたい。
それから両親は夏樹さんたちを始め夢園荘に住むみんなに挨拶して、私達の暮らしぶりなんかを聞いたりした。
前日に口裏を合わせてあったので、特に心配することは無かった。
だけど私の心の中では恵理さんの言葉がずっとリフレインしている。
それがあって、私は笑顔を無理矢理作っている状態が続く。
そのことに気づいた姉さんは、両親の意識がなるべく私に向かないように気を遣ってくれている。
そんなみんなの心遣いがすごく心苦しい……。


夕方に少し早い時間。
両親は安心したのかそのまま帰ることにした。
姉さんの「泊まっていけば」の言葉に「明日も仕事があるから」と言い断る。
帰り際にお父さんが夏樹さんに挨拶をする。
「早瀬さん、これからも娘たちをよろしくお願いします」
「ええ、とは言っても相談役ぐらいしか出来ませんが」
二人とも笑顔で言葉を交わしている。
そして私達と別れの挨拶を交わすと両親は車に乗り込み、エンジンをかける。
その時、私は二人を呼び止めた。
これ以上二人を騙すことは出来ないから……。
私の突然の行動に姉さんや夏樹さんたちは驚いているようだった。
「どうしたの、みなも?」
お母さんが車の窓から私に声をかける。
私はまともに顔を見ることが出来ず俯く。
でも意を決して顔を上げ二人を見る。
思えば今日は初めて二人の顔を見たような気がする。
「ごめんなさい!」
「「みなも?」」
「私……私の仕事は喫茶店なんかじゃなくて風俗なんです」
両親は驚き言葉を失う。
それでも私は言葉を続けた。
私が仕事としてやっていることを全て話した。
「私はお父さんたちが思っているような良い娘じゃない……」
その時、お父さんが車から降りて、無言で私を叩いた。
「みなも……お前……」
お父さんはそれ以上何も言うことなく私をジッと見下ろしていた。
私は痛みに堪えてただ俯くことしか出来なかった……。

それから二人の怒りを一身に受けた。
他の人にも行こうとしていたのを全て自分に向けさせたから……。
姉さんは庇ってくれようともしたけど私はそれも拒否した。
全ては自分でまいた種だから……。
翌日、私は両親と共に帰ることになった。
これは当然と言えば当然の結果かも知れない。
その際姉さんも一緒に連れて行こうとしたけど、姉さんは両親を自分の会社に連れて行き、自分のいるポストを見せることで残ることを納得させた。
私も一緒にそこに行き、話しに聞いていたことを目の当たりにして驚いた。
そして姉さんはやっぱりすごいと言うことを再認識する。
それに比べて私は何をやってたんだろう……。

私は両親が運転する車の後部座席で俯いている。
もう夢園荘に戻れない……自分が原因だと言うことが分かっていてもそれがすごく悲しかった……。



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<あとがき>
恵理「…………」
絵夢「言葉を失ったようです」
恵理「マ、ス、ター」
絵夢「ん?」
恵理「どうしてこういうことになるわけ?」
絵夢「これは随分前から決まっていたことだから」
恵理「だからってこういうのは無いんじゃない?」
絵夢「と言われても困るんだけど(^^;」
恵理「覚悟は良いですか、マスター?」
絵夢「…………であ次回までお楽しみに〜」(脱兎)
恵理「まて〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」





恵理「……なんでこう逃げ足だけは早いかなぁ」(怒)