NOVEL



ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age

第二十話 <四神将 II>


逃走するワゴン車の中。
乗っている者達は全員若く、16〜8歳ぐらい。
「お、おい、どうするんだよ。人ひいちまって……」
助手席に座る青年が運転手に言う。
「心配すんじゃねぇよ。この程度、親父が全部もみ消してくる」
運転手の青年は自信ありげに言う。
どうやらこの男がリーダーのようだ。
「そんなことよりも隠れ家とやらはまだなのかよ」
「早く犯りたてぇなぁ」
「ちょっと味見してみようか」
2列目に座る3人が嫌らしい目つきで最後部の荷台部分で縛られ眠る睦月とまなみを見る。
二人は連れ去られる時……しんがパイプで殴られ倒れた時に薬品をかがされ眠らされていた。
「ば〜か、もう少し待ってろよ。ついたら好きなだけ出来るんだからよ」
運転手の青年が下卑た笑みを浮かべる。
「でもその友達も可哀想だよな、そいつと一緒にいたばかりにこんな事になってさ。ま、俺達を振った報いだよ。くくくく……」
運転手の青年はバックミラー越しに二人を見てつぶやく。

「こいつら……ふざけやがって……」
彼らの車内での会話を上空から夏樹は聞いていた。
『力』を使い遠くの声を風に乗せ聞くことの出来る彼にとっては造作もないことだろう。
「とりあえず二人の安全を確保しておく必要があるな……」
道路を走るワゴン車に向け両手を突き出すと「風よ、二人を守れ!」と叫ぶ。
するとワゴン車の周囲の風が動き、車内に進入し二人の身体を薄く包み込んだ。
無論、それは誰にも気づかれることは無かった。
「これで良し……あとはタイミングだけだな」
夏樹は走るワゴン車を決して見失うことなくその上空を移動していく。


後を追う高志、澪、恵理を乗せた自動車は258号線から敵が逃走している県道に入ったところだった。
「恵理ちゃん、今どの辺?」
澪は後部座席で左手の『風の石』を包み込むように両手を握り集中している恵理に聞く。
「えっと星川の所で止まってる……また事故渋滞みたい……あ、左折して……堤防沿いを上流に向かって走ってる」
それを聞いた高志は軽く溜め息をつく。
「向こうは地元の奴みたいだな」
「ま、そうだろうね。高速に乗らないでまっすぐ行った時点で……あ!」
「どうした澪?」
「あれ」
澪の視線の先、高速のインターチェンジ手前の家具屋の駐車場で検問の準備をしていた。
その中に豪徳寺の姿もあった。
「まったく、遅いんだよ」
高志は舌打ちすると澪に横付けするように言う。
路肩に寄せ停止すると高志は自動車から降り豪徳寺の元に走っていった。
「豪徳寺さん!」
「鷹代くんか、すまないがまだそれらしき車は見つかってないんだ」
「もう敵はここを過ぎました!」
「なに!? それは本当か!!」
「ええ、先行する夏樹からの連絡で星川の交差点を左折して堤防を上流に向かって走っているようです」
「遅かったって訳か……」
豪徳寺は高志の言うことを全て信じ悔しがる。
「俺達はとにかく後を追いますから」
「ああ、分かった」
高志が澪達の元に戻り始めたとき、後ろで豪徳寺がなにやら警官達に指示を出していた。
そして高志達が出発するとそれに遅れまいと豪徳寺もその後に付いた。
「いいのかなぁ……」
バックミラーに映る豪徳寺の自動車に澪はやや呆れた声で言う。
「まぁ検問は検問でやるみたいだからね……」
「あの刑事さんって高志さんの言葉を丸々信じちゃったんですね」
「まぁ俺達とはつき合いが古いからな」
高志の言葉に澪はうんうんと頷く。
「ところで敵はどの辺?」
「えっと……上流にある橋を渡って山の方に向かって……あれ左折して右折して……西高の方に向かってる」
「西高? 高志はどう思う?」
「さぁな……道に迷ってるだけかもしれんな」
「そんな事あるのかな?」
「あの辺、少し複雑だし」
「う〜ん」
悩む二人をよそに恵理は『石』を通して夏樹の動きをトレースし随時二人に伝えた。


病院の手術室の前の長いすに頭に包帯を巻いたしんと付き添いで来た聖が座っている
しんの頭の傷は出血の割りに大したことなく診察室で治療を受けた。
一応翌朝で精密検査を受けると言うことになったらしい。
しかし歩は病院に着いてすぐに手術室に担ぎ込まれたまま今に至る。
医者の話では頭の打撲、裂傷の他に背骨も強打による損傷が見受けられるらしい。
「私が側にいながら……」
しんは悔しさから俯き、右の拳を左掌で何度も受けていた。
「しん君、あまり自分を責めるものじゃない」
「ですが!」
「今は全てが終わることをジッと待つんだ。二人のことは夏樹さん達に、そして歩君のことは医者に任せてね」
「それでは私は一体どうすれば……」
「今しん君に出来ることはみんなを信じることだと思うよ。我慢できないとは思うけど、それでもジッと待つことも大切なんだよ」
その言葉にしんは無言で頷く。
「ところでしん君」
「はい」
「さっきはごめんな」
「え?」
「ほら、君たちがナンパされてた時だよ。あの時僕は君たちを女の子だとばかり思ってたんだ。だからごめんな」
「いえ……馴れてますから……」
細い声で答えるしんに微笑むと聖は言葉を続けた。
「そうか……僕もこんな容姿だから昔は結構からかわれた口でね。僕の場合はその都度殴っててね、それでいつの間にか不良の仲間入り」
「え?」
しんは暗い過去だと思われることを明るく話す聖に少し驚き顔を上げる。
「やっと顔を上げたね」
「あ……それではさっきの話は……」
「本当だよ。夏樹さん達に会ってなかったら今頃とんでも無い奴になってたかもね。そんなわけだから、今は夏樹さん達を信じて待とうよ」
「聖さん……」
聖は小さく頷くと軽く息を吐き立ち上がった。
「ちょっと電話をしてくるね」
「はい」
少しだけ元気になったと思われるしんに見送られ聖は公衆電話のある受付の方へと歩いていった。


ノルンの前では、準備中の看板と照明の落ちた店内に戸惑う空の姿があった。
「あれ、何で?」
空は扉に手をかけ開けてみようとする。
だが、鍵が掛かっていて開かない。
「30分遅れただけなのに聖さんってば帰っちゃったの〜」
シュンとする空。
「ふふふふ、明日とっちめてやるんだから」
しかし立ち直るのも早かった。
そして、空はタクシー乗り場に向かって歩き始めた。
”ガチャ、カランカラン”
「?」
扉が開く音に振り返るとそこには亜沙美の姿があった。
「亜沙美さん?」
「あ、空ちゃん。どうしたの?」
「ここで聖さんと待ち合わせしてたんだけど……なんで亜沙美さんがここに?」
「聖君と……そ、そうなんだ。なんか悪いことしちゃったかな?」
「?」
「まぁ詳しいことは中に入って、ね」
「はい……?」
空は小首をかしげながらも亜沙美に促されてノルンに入った。

「それじゃ歩君が交通事故にあって、聖さんはみんなと一緒にその付き添いで病院に行ったんですか?」
空は居間で寝かされている卯月の姿に驚き、何があったのか亜沙美から聞いた。
「そうなの。ここで聖君と待ち合わせしてたなんて知らなかったから……ごめんね」
「いいんですいいんです。理由が分かればそれで……。でも卯月はそれを見てからずっと?」
少しうなされ気味の卯月を見た。
その枕元では和沙と楓が心配そうに看病(?)をしている。
そして冬佳はタオルを持ってきたり、氷水を作ったりと忙しそうだった。
そんな冬佳の姿に空は亜沙美に小さな声で話しかける。
「…………亜沙美さん、冬佳ちゃんってずっとあの調子?」
「そうだね……」
「最近の娘って成長が早いんだね」
「あの娘が異常な気がするけど……」
「そんなこと言ったら本人に悪いよ」
「それはそうなんだけどね……」
二人は苦笑を漏らす。
その時、空の持つ携帯電話が鳴った。
画面を見ると聖からの電話。
「あ、ごめん」
そう亜沙美に言うと、少し離れて携帯に出た。
『空さん? 今日はごめん。ちょっと……』
「今、亜沙美さんから聞いたんだけど、歩君交通事故だって?」
『え……あ、うん』
「結構酷いの?」
『ちょ……ちょっとね……』
「そっか……それじゃまなみちゃん、心配するね」
『そうだね』
「私から連絡しておこうか?」
『え?』
「なに?」
『いや、彼が心配させたくないから連絡しないで欲しいって……』
「そう言うわけにもいかないでしょ」
『で、でも……夏樹さんが本人がそう言うなら朝になってからと……』
「ふ〜ん……みんなそこにいるの?」
『えっと……警察に……』
「ああ、事情聴取ってやつ?」
『うん、そう、それ』
「そっか……うん、分かった。今日は仕方ないからちゃんと埋め合わせしてよね」
『分かってる。それじゃカードが切れそうだから切るね』
「うん。また明日」
『またあ……』
”ガチャ ツーツーツー……”
中途半端で切れた携帯に空は苦笑を浮かべる。
そして携帯をしまうと亜沙美の所に戻ってきた。
「聖さんからです」
「何だって?」
「とりあえず連絡は朝になってから向こうからすると本人が言っていたとか……そういうことならと夏樹さんもそう言う風にすると言うことです。でもなんか歯切れが悪かった気がするけど」
「ふ〜ん、夏樹がねぇ」
(なかなか良いアドリブしてくれるじゃないの)
亜沙美は心の中で感心した。
「そう言うことならそれで良いと思うよ」
「でもまなみちゃんが……」
「余計な心配をかけさせたくないって事でしょ。もし酷かったら本人が何と言おうと夏樹が直々に連絡してるよ」
「なるほど。そうですよね」
亜沙美の言葉に納得したようだ。
しかし夏樹の名前がこれほど効き目があるということに亜沙美は改めて彼の大きさを実感したようだ。


聖は電話を終え、しんが待つ手術室の前に戻ってきた。
しんはじっと扉を見ている。
その姿に聖は顔を伏せているよりかはマシかと思い声をかける。
「まだ終わりそうもない?」
「ええ」
「そうか……長引きそうだな」
「そうですね」
二人は無事終わることを願い手術室の扉を見つめた。
「ところで夏樹さん達からは?」
「向こうからもまだ連絡は無いな」
「大丈夫……ですよね」
「大丈夫さ。あの人達は不可能を可能にする力を持ってるんだから」
その言葉でしんは何かを思い出したようだ。
「そういえば、夏樹さんは私達の様子を見た後、空を飛んでいってしまったんですが……」
「…………あの人に不可能は無いからな」
『風の石』の事を知っている聖だが、それをしんにどう説明したものか分からずにそう言い止めた。
「はぁ……」
しんもそれ以上深く追求することはしなかった。
彼もまた世の中、知らないことの方が良いこともあると言うことを知っているようだ。



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<あとがき>
絵夢「最初にごめんなさい。終わりませんでした」
恵理「まだ続くのね」
絵夢「いつもの一人称と違って三人称ゆえ、書きたいことが山ほどあるんだわ」
恵理「それは仕方ないことなのかな……でもマスターって三人称になると途端に文量が増えるよね」
絵夢「それはねぇ……仕方ないことなんだよ」
恵理「ま、いいけど……ところで次回は私の出番あるの?」
絵夢「…………」
恵理「何故黙る〜〜!」
絵夢「と言うわけで次回<四神将 III>をお楽しみに〜」(脱兎)
恵理「逃げるな〜〜〜!! 私の質問に答えろ〜〜!!!」