NOVEL



ここは夢園荘LastStory
BEGINNING

第18話


H.I.B本社ビルの受付で田所さんを呼んでもらい、広いロビーの片隅で待つ二人。
恵理は若干緊張気味だがいつもの様子、だが空はカチカチに緊張している。
傍目から見ても対照的な二人であった。
「緊張するなって言う方が無理だって言うのは分かるけど……それでももう少しリラックスしたら?」
緊張で固まっている空を心配して声を掛ける。
「それは分かってるけど……だけど……」
「くすぐろうか?」
「くすぐってどうするの?」
「そうすれば緊張も取れるんじゃないかなぁって……」
「変な目で見られるから止めて」
「いい手だと思ったんだけどな」
「いつもなら良いんだけど、今日はね……」
「ま、いいか……あ、来た」
恵理の視線の先にエレベーターから降りて来る田所の姿があった。
「え……あ、ホントだ。う〜〜心の準備が……」
「今頃準備しても遅いと思うけど……」
「分かってるよぉ」
小声で会話を交わしていると田所がすぐ側まで来た。
「こんにちは」
「「こんにちわ」」
「陽ノ下さん、そんなに緊張しなくても良いわよ」
「はい」
「でも恵理ちゃんも一緒だったなんて……付き添い?」
「はい、夏樹さんの用事があったのでそのついでという感じですが」
「そう、友達思いなのね。夏樹君ならたぶん自室にいるわよ」
「ありがとうございます。では行ってみます」
恵理は二人を残して行こうとした。すると田所が呼び止める。
「どうせ一緒のフロアなんだし、一緒に行かない?」
「あ……そうですね」
恵理は少し照れた感じで笑う。
そしてデザインルームのあるフロアまで三人一緒に行くと、恵理は夏樹の部屋へと向かった。
その後ろ姿を見ながら田所がつぶやく。
「本当に良い娘ね」
「恵理……ですか?」
「そう。夏樹君も良い娘を見つけなぁって思うことあるのよ」
「私もそう思います」
「あなたも彼女のこと好き?」
「え……あ、友達としてももちろん好きです」
「その友情、大切にしないとね」
「はい」
「さてそれはそれとして、こっちに来てくれる。そこで見せてもらうわ」
先ほどまでの優しい表情から、仕事の顔に変わった田所に少し驚きながらも空は「はい」と返事をして彼女の後に付いていった。

夏樹の仕事部屋−通称『NAC ROOM』で彼は新作のデザインの構想を練っていた。
端から見たらただぼ〜としながらコーヒーを飲んでいるようにしか見えないが……。
”トントン”
控えめにドアを叩く音。
「?」
夏樹は椅子から立ち上がるとドアを開ける。
そこには恵理がやや気まずそうに立っていた。
「やっほ」
右手を挙げ控えめに言う。
「やっほ」
夏樹もそれに習って同じように返す。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「とりあえず、中に入らないか?」
「うん」
夏樹に促されるまま恵理は部屋の中に入った。
部屋の中に入ると恵理はキョロキョロと辺りを眺めた。
「珍しい物なんて無いぞ」
「うん、そうなんだけどね……」
それでもまだ止めない恵理に微笑むと夏樹は開いてるカップにコーヒーを注ぎ始めた。
「ところでどうしたんだ?」
「え?」
「なんか緊急の用事でもあったんじゃないのか?」
「違うよ。空の付き添いなの」
「空の?」
「うん。ほら、今日は……」
「ああ、そうか……今日か……」
恵理にカップと砂糖とクリープを渡しながら納得した。
「ありがとう」
そして受け取ったカップに砂糖とクリープを入れかき混ぜる。
「でも空ってば見てられないほど緊張してたよ」
「そうだろうな。だけどその気持ち分からなくはないけど」
「そうだね」
かき混ぜ終わったコーヒーを一口飲む。
「………にぎゃい」
舌を出しながら少し涙目になる恵理。
「ははは……まだちょっと駄目かな?」
自分のコーヒーを飲みながら言う。
「う〜〜みたい」
「オレンジ買ってこようか」
「頑張って飲む」
「無理するなよ」
「うん。 でも夏樹さんは何も入れないでよく飲めるよね」
「ん……馴れかな? 子供の時からブラックだったし……」
「それはそれでなんか凄い……」
「そうか?」
「うん」
恵理はゆっくりと自分のコーヒーを飲みながら、そんな夏樹を素直に凄いと思った。

同じ頃、同じフロアにある田所の部屋。
統括主任と言うことで広い部屋を与えられている。
そしてそこで空の採用試験が行われようとしていた。
「さて、納得のいく物は出来たかしら」
「はい、今の私の精一杯の想いを込めた服を作りました」
「そう……では見せてもらえるかしら」
「はい」
空は持ってきた鞄から1着の真っ白なドレスを取り出した。
そしてそれをきちんと見えるように展示する。
「これが私の想いのすべてです」
「これは……」
田所はそのドレスを見入った。
「教えてもらえるかしら。このドレスに込められた想いを」
すると空は深く息をして話し始めた。
「このドレスは……」

「合格すると思う?」
恵理はカップに半分以上残っているコーヒーを見つめながらぽつりとつぶやいた。
「空はどんな服を作ったんだ?」
夏樹は何杯目かのコーヒーをカップに注ぎながら逆に聞き返す。
「知らないの。みなもちゃんにも見せてないみたいだし……」
「みなもちゃんにも内緒って言うのは珍しいな」
「でしょ。だから余計に心配なの」
「友達思いだな」
「当たり前だよ」
「そうだな……」
コーヒーを一口飲みながら言う。
「しかし、作った服がどういう物なのか分からないとなると、何とも言えないな」
「そうだよね……」
恵理は深いため息をついた。
「そういえばどこかに出かけてたのか?」
夏樹がふと思い出したように言う。
「え、なんで?」
「珍しくセカンドバックなんか持ってるから」
椅子に座る恵理の膝の上のセカンドバックを指さした。
「酷いなぁ。私だって持って歩くことぐらい……」
そこで言葉を止め少し考える。
「無いね……」
「だろ」
「あはは……」
恵理のごまかし笑いに夏樹もつられて笑う。
「それで、何処行ってたんだ?」
「えっと、実はそのことで夏樹さんに言わなきゃいけないことがあったの」
「俺に?」
「うん」
恵理は少し照れているようだ。
「実は……」
するとその後の言葉を遮るようにドアが勢いよく開き、空が飛び込んできた。
「恵理〜〜!!」
そしてそのまま恵理に抱き付く空。
「ちょ、ちょっとどうしたの?」
「合格したよぉ」
空は嬉しさのあまり涙が出そうになっている。
「ホントに?」
「うん」
「良かったね。おめでとう」
「ありがとう」
「良かったな」
嬉しそうな空に夏樹も声を掛けた。
「ありがとうございます」
「だけど空……」
「はい」
「嬉しいのは分かるが、ノックしてから入ろうな」
その言葉に未だに開きっぱなしのドアと夏樹を見比べて、あははと笑った。
「ホント、仕方ないね空は」
「本当にそうだな」
そう言いながらも夏樹も恵理もまるで自分の事のように嬉しそうな顔をしている。
「随分とにぎやかね」
ドアの所にいつの間にか田所が立っていた。
夏樹は彼女に礼を言った。
「田所さん、ありがとうございます」
「別に礼を言われるようなことはしてないわよ。ただ私はその娘の腕を買っただけなんだから。
陽ノ下さん、彼女に見せなくて良いの?」
田所に言われて、思い出したように空が恵理から離れた。
「あ、そうだ。恵理、一緒に来て」
「え?」
「いいから」
「うん」
そして空は恵理の手を掴むと来たとき同様に慌ただしく出ていった。
「どうしたんですか?」
「あの娘ね。ドレスを作ってきたの」
「ドレス……ですか」
「そのドレスを前にあの娘、こう言ったの。『これは私の大切な友人のために作ったものです。友人の幸せを願って作ったものです』ってね」
「友人……恵理のことか……」
「深い想いが込められた物だけに、出来は立派なものよ。まぁいくらか直す余地はあるけどね」
「空の作ったドレスって……」
「見に行ってみる?」
「そうですね」
夏樹は田所と一緒に彼女の部屋へと向かうことにした。

空に連れられ一足先に着いた恵理が見た空が作ったドレスに目を奪われた。
「これって……」
それは純白のウェディングドレスだった。
「どうかな?」
「どうかなってこれってウェディングドレス?」
「そうだよ。私の大切な友人のために、彼女の幸せのために作ったドレス……」
空はドレスを見つめながら独り言のようにつぶやく。
「空……」
「恵理、結婚式にこのドレスを着てバージンロードを歩いて欲しいの」
「え!?」
空は恵理の手を取った。
「私に出来る事ってこのぐらいしか無いから……」
「だけどこれってテストのために作った物じゃ……」
「今日のために何着も服を作ったけど、全然ピンと来なくて。
その時夏の出来事を思い出したの。そうしたらもうこれしか無いって……」
「空……」
「あなたさえ迷惑じゃなかったら……着て欲しいの……」
「迷惑だなんて……」
恵理は空の手を握り返した。
「ありがとう、空。私すごく嬉しいよ」
彼女の目に嬉し涙が浮かんできた。
「恵理……ありがとう」
「お礼を言うのは私の方だよ。ありがとう……本当にありがとう……」
恵理は涙で言葉が続かなくなった。
「恵理、良かったな」
ドアのところでその様子を見ていた夏樹が恵理に声を掛ける。
「夏樹さん……」
「嬉しいときは笑顔の方が良いよ」
「うん」
恵理は涙をぬぐい笑顔を見せる。
「そうそう、その方が良いよ」
「うん!」
夏樹の言葉に恵理は元気良く頷いた。
それから夏樹は空を見た。
「空、ありがとう」
「夏樹さんにまでそんなこと言われると照れちゃうな」
「照れることないんじゃない?」
夏樹の後ろから田所が顔を出す。
「田所さん……そうなんですけど、こう言うのってあまり慣れてなくて……」
「ふふふ……」
田所の笑いに他の3人も一緒に笑う。
部屋の中を幸せな笑い声が充満した。
「そうだ」
その時恵理が思いだしたように口を開いた。
「どうしたんだ?」
「夏樹さん、実は……」
と言うと恵理はセカンドバックから一冊の手帳を取り出した。
「じゃ〜ん」
そう言って見せる手帳……そこには……。
「母子手帳?」
今度は夏樹が言葉を失う番だった。
「3ヶ月だって」
「……まじ?」
「うん」
「そうか……」
夏樹はそのまま俯く。
「夏樹……さん?」
恵理は夏樹の行動に不安を覚えた。
しかし次の瞬間、夏樹の口から漏れる「くくく」と言う笑い声。
それは大きな笑い声へと変わる。
「な、夏樹さん?」
「恵理、良くやった!」
「え……あ、きゃっ!」
夏樹は恵理を抱きかかえ、その場で回る。
普段の夏樹からは想像も付かない喜び方に戸惑う恵理。
「ちょ、ちょっと夏樹さん」
「あ、ごめん。嬉しくて、つい……」
「良いんだけど……この反応はちょっと予想外」
「そうだよ。ほら……」
後ろで唖然とする空と田所。
二人にとっても夏樹のこの喜び方は意外な物だったのだろう。
「夏樹さんってああいう喜び方するんだ……」
「つきあいは長いけど、私も初めて見たわ」
「二人ともそんな風に言わなくても……」
夏樹は少し落ち込む。
「まぁまぁ、でも良かったね。恵理」
「うん」
「そうか……夏樹君もついに父親になっちゃうんだ」
「数ヶ月後にはそうなりますね」
「社長は何て言うかしら」
「向こうだって春には子供が生まれるみたいだから良いんじゃないですか?」
「え、そうなの?」
「ええ」
「これは春から忙しくなりそうね……」
田所は神妙な面もちで悩む。
「悩む事なんてあるのかなぁ……」
「夏樹さん、結婚式どうするですか?」
少し呆れ気味の夏樹に空が聞いてきた。
「え?」
「だから、子供が生まれてからあげるんですか?」
「私はどっちでも良いけど……」
恵理は自分のお腹に手を当てて夏樹を見ながら言う。
夏樹は少し考えると田所さんを呼んだ。
「なに?」
「前言ってた場所ってすぐに取れます?」
「実は、3月の終わりに1日だけ押さえてある日があるんだけど……その日にする?」
「いつの間に……」
「夏樹君に話を持ちかけられたときにね」
「なるほど……」
田所の手際の良さに夏樹は思わず脱帽した。
「ではその日で……」
「オッケ〜。それじゃ陽ノ下さん、これから忙しくなるわよ」
「え?」
突然話を振られて戸惑う空。
「『え?』じゃないの。式の準備とかしなきゃいけないでしょ」
「あ、はい!」
空は納得して返事をする。
とは言え、何をして良いか分からないままの返事ではあるが……。
「そう言うわけだから、私達はちょっとこれからの打ち合わせをしてくるから、夏樹君と恵理ちゃんをごゆっくり〜」
田所さんは空を連れて部屋を出て行ってしまった。
「ごゆっくりって……」
夏樹は少々暴走気味の田所さんに冷や汗を流していた。
「夏樹さん……」
「ん?」
「ごめんなさい」
恵理は頭を下げ謝る。
「突然、どうしたんだ?」
「夏樹さんは子供は卒業してからって言ってたのに……」
「ああ、でもそのほとんどは俺の責任なわけだし……」
「違うの」
「?」
「実は、義姉さんのお墓参りしたあの日……実は危険日だったの……」
「……ああ……やっぱり……」
「早く夏樹さんとの子供が欲しくて……」
どんどん小さくなるその姿に、夏樹は恵理の頭に手をポンと置いた。
「?」
「気にするな」
「だけど……」
「それよりも元気な赤ちゃんを産んでくれよな」
「夏樹さん……」
嬉しさのあまり恵理の目に再び涙が溜まる。
「ほら、嬉しいときは笑うもんだぞ」
夏樹の言葉に恵理は涙をぬぐい笑顔になる。
そして元気良く頷く。
「うん、絶対に……絶対に幸せになろうね」
「そんなの当たり前だろ」
「うん!!」



→ NEXT


<あとがき>
絵夢「本当はこれで最終回にするつもりでしたが、やはりエピローグを書きたくなり、あとラスト1話となります」
恵理「良かったよぉ。幸せになれて良かったよぉ」
絵夢「『ここ夢』最終回と同じ事言ってないか?」
恵理「良い物はいいんだもん」
絵夢「まぁいいけど」
恵理「空っていい娘だね」
絵夢「再認識したか」
恵理「うん。空にも幸せになってもらいたいね」
絵夢「自分の夢の第一歩を踏むことが出来たから、彼女もまた幸せじゃないかな」
恵理「そうだね」

恵理「LSの最初の方で恵理ちゃんがスケジュール帳を見ていたのってもしかして……」
絵夢「当たり」
恵理「……なんか行動力あるね」
絵夢「思い切りの良いのが彼女の良いところだから」
恵理「そうなの?」
絵夢「そうじゃなければ『ここ夢』でヒロインは出来ません」
恵理「あははは……」

絵夢「では次回エピローグ、いわゆるグランドフィナーレ、お楽しみに」
恵理「LSで張り巡らした伏線とかどうするの?」
絵夢「内緒」
恵理「おいおい(-_-;」

絵夢「それでは次回」
恵理「おたのしみに」
絵夢&恵理「まったね〜」