NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

風の少女


人がまだ自然の一部だった遙か昔……。
これはそんな時代の話。


山中奥深い場所にある村−カムイの里には、村の宝とも言える4つの石があった。
それらは『煌玉』と呼ばれ、自然の力−火、水、風、地の力をそれぞれの内に秘めた秘石。
『煌玉』には意志があり、それぞれ持ち主を選んでいた。
『煌玉』によって選ばれた者は『守護者』と呼ばれ、『煌玉』を守護すると同時にそのうちに秘められた力を用いて村を守護する役割を負うことになる。
現在の守護者は『火の煌玉』は焔、『地の煌玉』は金剛、『水の煌玉』は睡蓮、そして『風の煌玉』は楓、この4人の若者達だった。


村を見下ろす崖の上に13、4歳ぐらいの少女が座っていた。
何をするわけでもなく、ただその長い髪を風になびかせたまま空を眺めるだけ……。
その黒い瞳には流れゆく雲しか映っていない。
いつまでもそうしているかのように思えたその時、ふと少女は視線を落とした。
「焔、隠れていないで出てきたらどうですか」
少女は自分の遙か後方の木々に向かって、振り向かないで言う。
すると木の陰から少女よりやや年上の青年が姿を見せた。
「気配を消していたのにな。何でもお見通しというわけか」
青年はおどけた様子で言う。
少女は座ったまま青年−焔を見て笑みを浮かべた。
「いえ、風が教えてくれました」
「なるほど、さすがは『風の煌玉』の守護者、楓殿と言うわけか」
「その言い方、嫌いです」
少女−楓は機嫌を損ねたようにぷいっと顔を背けた。
「すまん失言だった。お前自身が望んでなった訳じゃないのにな……」
焔は楓の横に座ると素直に謝った。

焔の言うとおり楓は望んで守護者になったわけではない。
焔を始め、金剛や睡蓮は守護者になるために訓練をし、肉体的にも精神的にも鍛練を重ねてきた。
それに対し、楓は将来好きな人と所帯を持つことを夢見る普通の娘でしかなかった。
そして先代の守護者が引退し、十数人の候補者の中から守護者を選ぶ儀式の中で、火、水、地は順当に焔、金剛、睡蓮が『煌玉』によって選ばれた。
しかし『風の煌玉』だけはその中から選ばず、儀式を見に来ていた楓を選んだ。
このことは今まで無かったことだけに、長老や先代のなかで議論されることとなった。
無論、選ばれた楓としても受けるわけに行かず『煌玉』を返還しようとしたが、『煌玉』は常に楓と共にあることを望んでいるかのごとく彼女から離れることはなかった。
その後、長老と先代の出した結論はただ一つ『煌玉の意志は絶対』と言うものだった。
この結果は候補者達からのねたみを買うこととなり、楓は村から浮いた存在になったのは言うまでもない。
それから2年、彼女は孤独の中で守護者としての訓練を受け、今では焔と肩を並べるまでとなった。
しかし彼女の孤独は決して癒されるものではなく、こうして今いる崖の上が彼女の居場所となっていた。

「今でも『どうして私が』と思います」
まるで独り言のようにつぶやく。
「先代の風の守護者、青嵐殿が言っていたよ。『風の煌玉』は他の『煌玉』以上に人の心に敏感だと……。誰かを守りたいと思う心、誰かの力になりたいと思う心、そしてそしてその人を誰よりも想う心……そう言うのに反応するそうだ。もしかしたらあの儀式に居合わせた誰よりも楓はその思いが強かったのかも知れないな」
「そんな……私はただ好きな人と結ばれればそれで良いと願う普通の娘だっただけです」
「………」
焔はそれ以上何も言えなかった。
楓はあの時から心を閉じている。それは誰の目から見ても確かなことだった。
彼女にこうして普通に話しかけることが出来るのは焔の他には金剛と睡蓮しかいない。
彼はそんな彼女の心を開こうと頑張ってはいるのだがどうしてもうまくいかないようだ。
「焔……気晴らしに手合わせ願えませんか」
楓は焔の顔を見てゆっくりと言う。
「ああ」
二人は立ち上がるとある程度の距離を取った。
互いに相手の隙をうかがうように動きを止める。
そして、しばしの時間が流れ風が動いたと同時に楓が先手を仕掛けた。

半刻ほど拳を交え、二人はどちらともなく拳を納める。
「また腕を上げたんじゃないのか?」
「そんなことはないですよ」
「だとしたら俺の腕が落ちたと言うことか?」
焔が苦笑いを浮かべる。
「確かにお前は腕を上げてる。この俺が保証するよ」
「焔が保証してくれるなら上がったのかもしれませんね」
「まったく楓は相変わらずというか、何というか……今度金剛や睡蓮ともやってみろよ。きっと驚くぞ」
「そうでしょうか?」
楓は小首を傾げる。
そんな幼い動作に焔は再び苦笑いを浮かべた。
(まったく俺はまだ息が乱れているというのに楓は息一つ乱してない……おそらく4人の中で、いやこのカムイの中で一番の使い手だな。本人は喜ばないだろうけど……)
「今の楓なら俺の背中を任せられるな」
「私が、ですか?」
「そう、それだけの実力があるからな。有事の際は頼むぞ」
「私でよければ……焔の背中は私が守ります」
楓は嬉しそうにそう告げた。
「それでは俺は行くが……楓はどうする?」
「私はもうしばらくここで風を感じています」
「そうか……」
焔は一瞬その表情に影を落とすが、すぐに元に戻ると片手を上げその場から離れた。
「焔……様……」
楓は去っていく焔の背中をジッと見つめている。
「焔様……私にこの命に代えてでもあなたの背中は私が守ります」
彼女は祈るように決意の言葉を何度もつぶやいた。
決して届くことのない想いを胸に秘めながら……。


Fin


<おまけ>
絵夢「というわけ、今回は突然ですが楓の話です」
恵理「本当に突然だね(^^;」
絵夢「これは本当は本編中でやりたかった話だったんですが、スペースの都合上カットしました。じっさいあの時点で入れていたら混乱の元でしかなかったかも知れませんが(^^;」
恵理「でも楓と言う名前は夏樹さんが付けた名前じゃなくてもともとそう言う名前だったんですね」
絵夢「だからあの時、楓が驚いたのはこういうことだったんです」
恵理「なるほど……奥が深い」(関心)
絵夢「そういうわけで、というわけで、次回は亜沙美か澪当たりの話を書こうかなと思ってます」
恵理「ホントに?」
絵夢「予定は未定であって決定ではない!」
恵理「まったく、いい加減なんだから……ではではそれでは」
絵夢「次回も」
絵夢&恵理「お楽しみに〜〜」

恵理「質問、この後の話って書くの?」
絵夢「書かない。結果が分かってるからね」