NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

伝えたい言葉(後編)


家に帰ると夕飯の支度をしてた恵理に今日のことを報告した。
彼女は「チャンスじゃない」とはしゃいだが、しばらく様子見と言う俺の意見に「う〜」と口を尖らせ唸る。
テーブルの上にはムニエル、肉じゃが、サラダ、お浸しと言った物が並んでいる。
「焦ったら元も子もないだろ」
「それはそうだけど」
恵理は茶碗にご飯をよそい、俺に手渡しながら言う。
俺はそれを受け取りながら言葉を繋ぐ。
「それに慎重に行動しないと取り返しの付かないことになりそうだしな」
「そうなの?」
「ああ」
肉じゃがに箸を伸ばしながら応接室での桜さんの様子を思い出す。
「なんとなく自滅するタイプの人みたいだから……」
「そっか」
何となく納得してくれたのか、恵理はムニエルを箸で一口大に分けながらそう言う。
「今のところ、私達に出来る事って何もないんだ」
「そうだな……」
俺もムニエルを適当な大きさにすると口の中に入れた。
その時、何故か恵理がその様子をじ〜っと見る。
「あ、美味い」
「ほんと!」
「うん。そう言えばムニエルなんて初めて作ったんじゃないのか?」
「だから心配だったの。でも良かった。」
ホッとしたように言うと微笑んだ。
「大丈夫だよ」
俺のその言葉にさらに嬉しそうな顔になる。
「今日ね、家庭科の調理実習で作ったの。
その時上手に出来たから、どうしても夏樹さんに食べて貰いたくて」
「ありがとう、恵理」
「うん!」
「ところで……」
俺の言葉に恵理は「?」な表情になる。
「自分の分をそんなの小さく切り分けてどうする気だ?」
一口サイズよりもさらに小さく切り分けられた(と言うよりもバラバラになった)ムニエルを指した。
「え……あ……あはははは」
恵理はごまかし笑いを浮かべる。
「だって美味しいって言ってくれるかどうか心配だったんだよぉ」
「まったく」
俺は苦笑すると、ひょいと箸で恵理の皿から小さくなったムニエルを掴むと、彼女の口元に運んだ。
「?」
「はい、あ〜ん」
「じ、自分で食べられるよぉ」
「あ〜〜ん」
「う……」
ジッと見つめていると恵理の顔はだんだんと真っ赤になっていく。
それでもなおジッと見つめていると、観念したように口を開き食べた。
「美味しい?」
「うん……美味しい……」
完全に顔を真っ赤にしながらそう言う恵理に俺は思わず笑みを零した。
「う〜〜いじわる〜〜」
「なんで?」
「何でって……それは……」
「もっと食べさせてあげようか」
「いいってば、一人で食べられるから」
恵理はブンブンと首を横に振りながら答える。
「あははは……まだ顔が赤いよ」
「う〜〜夏樹さんってば普段は絶対にしないのにいきなりするからだよ〜」
「そっか?」
「そうだよ……」
口を尖らせて文句を言う恵理の顔からは少しずつ火照りが取れてきているようだ。
「恵理」
「なに?」
「愛してるよ」
俺のその言葉に瞬間湯沸かし器と言う表現がぴったりと来るほど、瞬間的に顔が真っ赤になった。
「いき、いき、いき……」
どうやら呂律も回らなくなっている様子。
「いき?」
「いきなり、そんなこと言わないでよぉ」
「何で?」
「何でって……それは……」
恵理は下を向いてもじもじしている。
ホント、恵理っていつまで経っても初々しいな。
「恵理は違うの?」
「違わないよ……私も夏樹さんのこと……愛してるから
「ならオッケーだね」
「う〜〜」
唸る恵理をよそ目に俺は肉じゃがのジャガイモを箸でつまむと、恵理の口元に運ぶ。
「はい、あ〜ん」
「……あ〜ん」
今度は素直に口を開き食べた。
「私もする」
そう言うと恵理は俺のムニエルを一口大にすると「あ〜ん」と差し出した。
俺は恵理の顔を見たままぱくっと食べた。
「お……美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「うん!」
この後、こんな調子で互いに食べさせ合い、食べ終えたときには1時間近く経っていた。


翌日から撮影がスタートした。
予想通り聖を中心とした物だったため、俺はあまり関係無かった。
とは言え、いつ何時自分に降りかかるか分からないので定時までは本社内の自室『NAC ROOM』に常駐することとなった。
家でやってる仕事を会社でやるだけなので仕事としてはどうって事はないが、こういう風に『毎日通う』と言うのは学生以来なのではっきり言って辛い。

そんなこんなで1週間ほど過ぎた。
フロア中央にある休憩所でコーヒーを飲みながらぼ〜としていると、少し疲れた顔の真奈さんが来た。
「お疲れですね」
「まぁね」
真奈さんは自販機で紅茶を買うと、俺の横に一人分を開けて座る。
「この距離は?」
「ん〜夏樹君の彼女に遠慮して」
「なるほど……」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……最初は楽勝だと思ってたけど、神経だけをすり減らしているって感じ」
「そうですね。実際仕事の能率も上がらないし……」
「夏樹君はほとんど家でやってるからね」
「真奈さんの方は?」
「私も似たようなものかな」
遠くを見つめながら言う。
本当に疲れてるのが目に見えて分かる。
「それでも聖君に比べたらマシかもね」
「そうだなぁ……俺達はどちらかと言うといた方が会社のイメージが上がるからと言う理由でいるだけだもんな」
「でもメインの聖君は四六時中カメラに狙われている」
「ごくろうですね」
「そうだね」
そして再び沈黙。
肉体的な疲れは何とでもなるが、精神的な疲れはどうにもならないらしい。
そうでなくても桜さんとまなみちゃんのことで少し疲れ気味だからなぁ……。
二人椅子に座ってボケ〜としてると突然デザイン部−正確には『SEI ROOM』の方がなにやら騒がしくなった。
「何だろうね?」
「誰かが撮影機材でも壊したとか」
「まさかぁ」
「だよね」
「……」
「……」
「「行ってみよう」」
俺と真奈さんは飲みかけのカップをテーブルに置くと、騒ぎの中心へと急いだ。

『SEI ROOM』の前ではテレビスタッフがなにやら話し込んだり、ADらしき人が電話片手に飛び回っている。
その周囲ではデザイン部の人たちが野次馬のごとくいる。
そして聖がドアの横で困った顔をして立っていた。
俺は一番話しかけやすい聖に声を掛けた。
「どうしたんだ?」
「いえ、桜さんが突然倒れちゃって……」
「はあ?」
聞き返しながら周囲を見ると、確かに桜さんの姿がない。
「すぐに医務室に運ばれていったんですが……」
「そっか、それでこの騒ぎか」
「夏樹君、行ってみようか」
「そうですね」
「あ、僕も……」
「聖は撮影の続き」
「え〜〜〜」
「あれを見ろ」
俺はスタッフの方を指さす。
そこでは撮影を再開するための準備に取りかかっていた。
「あの人達、桜さんの事心配じゃないのかな……」
聖らしい感想。
「プロって事だよ」
「プロ……」
その言葉に微妙に納得しない聖をよそに俺はスタッフの一人に声を掛けた。
「俺と真奈さんで桜さんの様子を見てきますんで、頑張ってくださいね」
「どうもすみません」
カメラマンに指示を出す青年が帽子を取りながらそう言う。
そして俺達に近づくと小さな声で続けた。
「実を言うと、ここ1ヶ月ほど疲れ気味で俺達も心配だったんですよ。
でもあの人頑固で絶対に弱音を口にしないから……。
これが良い骨休めになってくれればいいですけど」
青年は本当に桜さんの事を心配しているようだ。
いや、彼だけでなく他のスタッフもだ。
「皆さん、桜さんの事が好きなんですね」
話を聞いていた真奈さんが口を開く。
「好きって言うか……うちみたいな小さな制作会社がここまでやってこられたのは桜さんのおかげですから」
「ふ〜〜ん……」
真奈さんは青年の顔をのぞき込む。
「え、な、なんでしょうか」
「真奈さん……」
「なに?」
「だから……えっと……あの失礼ですが名前は……」
「あ、椿といいます」
「椿さん、困ってるから好奇心だけで動くのは止めた方が良いですよ」
「は〜〜い」
真奈さんはすんなり引いた。
やけに素直だな……。
「それじゃ、椿さん。俺達行ってくるんで、続き頑張ってください」
「どうぞよろしくお願いします」
そう言うと椿さんはスタッフの元に戻っていった。
「さて医務室に行きましょうか」
「そうだね」
俺達はデザイン部から出ると医務室のある2階に行くためにエレベータへと向かった。
そしてエレベータを待っていると真奈さんが話しかけてきた。
「夏樹君、気づいた?」
「何に?」
「あの椿君って桜さんに惚れてるかも」
「女の勘?」
「まぁねぇ」
そう言うと丁度エレベータのドアが開く。
そして鼻歌でも歌いそうな感じで乗り込んでいく。
俺は軽く溜め息を付くと続いて乗り込んだ。

「いらっしゃい」
医務室では女医の真中さんが出迎えてくれた。
真中さんはロングヘアでメガネを掛けていて、プロポーションもモデル並みと言う女性。
いかにも『お姉さん』的な印象で男性職員だけでなく女性職員にも人気があり、一部の女性職員には『お姉様』と慕われている……らしい。
「桜さんの様子は?」
「ズバリ過労ね。心労もあるみたいだけど……しばらく休んでいれば大丈夫よ」
「そうですか」
「椿君達も安心ね」
「で……桜さんは?」
「今、奥のベッドで眠っているわ。
ここに運ばれてすぐに意識が戻って現場に戻るって騒いだから、薬で強制的に眠って貰ってるの。夜までは目を覚まさないかもね☆」
真中さんはニコニコとウィンクしながら言う。
……これでいいんだろうか(−−;
そして俺達は奥で眠る桜さんの様子を見た。
「確かにぐっすり寝てますね」
「よっぽど疲れてたんだね」
「……それだけじゃない気もするけど……」
「早瀬君も試してみる?」
「遠慮します」
「「残念」」
「……」
怖い二人だ。
その時、俺は行き当たりばったりだがいい手を思いついた。
「ちょっと電話してきます」
「え……あ、うん」
いきなりの俺の行動にきょとんとする二人をよそに俺は廊下に出ると、携帯電話を開いた。
そして一応時計を見ると16時半。
この時間だと掛ける場所は……。
プルルルルル………ガチャ。
『ハイ、水瀬で……』
「葉月か?」
『夏樹さん、どうしたんですか?』
「急いで、まなみちゃんを連れてH.I.Bに来てくれないか!」
『え?』
「まなみちゃんのお母さんが倒れたんだよ。今は会社の医務室で安静にしてるけど……」
『分かりました! すぐに行きます!! 恵理ちゃん大変なの!!!』
ブツッ!
電話の切れる音。
「……恵理? 葉月のとこにいたのか。
それにしても予想以上に慌ててたな……」
俺は何もなかったかのように携帯をポケットにしまうと医務室に戻った。
戻るとお茶をお菓子でくつろぐ二人の姿があった。
「真奈さん、様子は?」
「寝てるよ〜」
「あと1時間半ぐらいしたら桜さんの身内が来るから」
「連絡したんだ」
「うん。あ、お茶いただきますね」
「どうぞ〜」
俺はポットの側にある湯飲みにお茶を注ぎ、一口付けた。
「でもそこまでしなくても良いと思うんだけど」
「ん……ちょっと色々とあってね」
俺の答えに二人は?マークを浮かべて顔を見合わせた。

30分ほど過ぎてもなお医務室でくつろいでいると、俺を呼ぶ館内アナウンスが流れた。
「夏樹君呼んでるね」
「ああ……でも30分?」
何度も時計と携帯に記録されている掛けた時間を見比べた。
なんか信じられない気がしたが、とにかく俺は呼び出されるまま1階ロビーに出向いた。
そこには居ても立ってもいられない様子の葉月とまなみちゃん、そして何故か椅子に座ってぐったりしている恵理の姿があった。
「「夏樹さん(お兄ちゃん)!!」」
俺の姿を見つけるやいなや葉月とまなみちゃんは駆け寄ってきた。
「桜さんは?」
「今はぐっすり眠ってるよ」
その言葉に葉月は安堵の色を浮かべた。
だが……。
「お兄ちゃん……大丈夫だよね……お母さん……大丈夫だよね……」
まなみちゃんは声を震わせ言う。
「まなみ、今……」
葉月が何か言おうとしたが、俺はそれを遮るとしゃがみまなみちゃんの視線に合わせた。
「大丈夫だよ」
「本当に? 本当に大丈夫?」
「うん。会いに行こうか」
まなみちゃんはじっと俺の目を見てうんと頷いた。
それを確認すると立ち上がり、葉月の方を見た。
「じゃ、まなみちゃんを連れて医務室の方に行くから葉月は……恵理を連れてきてほしいんだけど……」
まだ椅子にもたれ掛かりぐでっとしている恵理の方を見て言った。
恵理も俺の視線に気づいたのか、元気なく小さく手を振った。
「一体、なにをどうすれば恵理がああなるのか……」
「あ……あはははは……」
葉月は乾いた笑いを浮かべた。
「ま、いいや……とにかく頼むよ。
医務室はエレベータで2階で降りて目の前だから」
「分かりました、すぐに行きます」
俺はまなみちゃんを連れて先に医務室に向かった。
その間まなみちゃんはじっと何かに耐えているように見えた。
そして医務室に着くと、そこでくつろぐ二人に目もくれず、桜さんが眠る奥のベッドへと掛けだした。
「今の娘は?」
きょとんとする真奈さんが俺に聞いてきた。
「桜さんの一人娘ですよ」
「へぇ……あんな大きな娘がいたんだ」
「ええ……」
奥からまなみちゃんの「お母さん!」と母親を呼ぶ声が何度も聞こえる。
そして、少し遅れて、葉月に支えられるように恵理も来た。
「やっほ〜〜〜なつきさ〜〜〜ん」
「大丈夫か? 顔が青いけど……」
「うん、大丈夫……」
「じゃないな……葉月、一体何をしたんだ?」
「と言われても……」
葉月は側にあった椅子に座らせると首を傾げた。
「普通に車を運転してきただけですが……」
「車か……どおりで早いわけだ……ってそれでも30分は早すぎないか?」
「高速道路を時速140km/h平均」
「……」
「嘘だ……もっと出てたぁ」
死にそうな声で抗議する恵理。
「ん〜と言う事みたいです」
つまり恵理のは車酔いか……。
それよりも葉月が実はスピード狂だったとは意外な一面だ。
真中さんから酔い止めの薬を貰い、恵理に飲ませながらそう思った。
「それよりも桜さんは?」
薬で何とか復活した恵理がそう言った。
「今奥で眠ってるけど……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、まなみちゃんの声が聞こえないから……」
「「?」」
俺と葉月と恵理、さらに野次馬で真奈さんと真中さんが一緒になって奥を覗いた。
するとそこには涙を流しながら抱きしめ合う親娘の姿があった。
まなみちゃんは母親の胸に顔を埋めながら何度も「お母さん」と呼び、桜さんも娘を抱きしめ「まなみ」と呼び続けている。
俺はそれを見ると気づかれないようにそこから離れた。
他の4人もそれに習うように離れる。
真中さんだけは首を傾げながら「薬の量が足りなかったのかしら」と首を傾げていたが……。

その後、桜親娘を真中さんに任せると、俺達4人は1階ロビーにある喫茶室へと場所を移した。
そこで互いに自己紹介して、案の定真奈さんが俺のことで恵理をからかったりしたが、概ねお互い友好的に接してくれたので一安心と言ったところか。
その後、今回の一件で3人(真奈さんは関係ない気がするが)から責められたが、一言謝るとあとは予め用意していた言い訳で3人を言い負かした。
結論としては『雨降って地固まる』と言った所だろう。

「さてと……まなみちゃんは桜さんと一緒に帰るようだし、俺と真奈さんはまだやることがあるから、恵理は葉月と先に帰ってくれるか?」
「え?」
瞬間的に恵理の顔が青ざめた。
「?」
「私、夏樹さんと一緒に帰りたいよぉ」
「と言っても8時ぐらいになるぞ」
「待つから、それまで待ってるから」
恵理は何故か必死にすがりつく。
「それでしたら私も一緒に待ってます。折角車で来たんですからお送りしますよ」
「でもそれじゃあ悪いよ」
「どうせ暇ですから」
「そうか? んじゃ少し待ってくれるか」
「はい」
葉月はニコリと微笑んだ。
その横で恵理はさらに顔を青くしていた。

それから数時間後、夢園荘101号室では……。
「恵理が嫌がった理由がよく分かった……」
「……もう……乗らない……」
気持ちが悪くテーブルに突っ伏す俺と、青を通り越して真っ白な顔色で横になって動かない恵理の姿があった。



Fin


<あとがき>
絵夢「はい、終わりました」
恵理「まなみちゃん、良かったね。ちゃんと『お母さん』って言えて」
絵夢「まぁ夏樹の視点で書いてるのでその辺をぼかしてしまいましたが、想像で補ってください」
恵理「いい加減だなぁ」
絵夢「毎度のことです」
恵理「おいおい」

恵理「ところで葉月さんの運転ってそんなに荒いの?」
絵夢「それは二人の様子で想像が付くかと……」
恵理「まなみちゃんは何ともないみたいだけど」
絵夢「馴れでしょ。葉月が免許を取ったときから一緒に乗ってれば馴れると思うよ」
恵理「はは……(^^;」

絵夢「さて、次はどうしようかなぁ……」
恵理「まだ決めてないの?」
絵夢「書きたい物がたくさんあって決められないって感じかな?」
恵理「そうなんだ。次こそ活躍したい」
絵夢「ん〜謎」
恵理「う〜〜〜〜〜」

絵夢「であまた次回まで」
恵理「お楽しみに〜」
絵夢「それでは」
絵夢&恵理「まったね〜」