NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

クリスマスエキスプレス


明日は高校生活最後のクリスマス。
そして今夜は毎年恒例のノルンでのクリスマスパーティ。
イブの夜に一晩中騒ごうというイベントなの。
出席者は夢園荘のみんなとその知り合いの人達。
本当に内々だけのパーティ何だけど、全部で15人ほどになるので結構な騒ぎになる。

「里亜ぁ。今夜、何を着ていくの?」
「今夜?」
床に仰向けで寝転がり、窓から見える空を眺める双子の妹−里亜の視界を塞ぐように顔をのぞき込む。
「今日って何かあったっけ?」
「ノルンでクリスマスパーティだよ。毎年やってるでしょ」
「ああ、そっか……」
「里亜?」
「今、何時?」
里亜は身体を起こしながら聞いてきたので、私は壁に掛かる時計を見て答えた。
「えっと……もうすぐ3時だよ。恵理や空は準備するって先に行ったよ」
「そうなんだ。ねぇ美亜……」
「何?」
「私は欠席する」
「え?」
突然の言葉に私は驚きを隠せなかった。
「欠席って、どこか具合でも悪いの?」
お祭りが好きな里亜がこんな事を言い出すのはおかしいと心の中で思いながらそう言う。
「そう言う訳じゃないけど……ちょっと用事があるから」
そう言うと里亜は立ち上がり壁に掛かる自分のコートを羽織ると玄関に向かった。
「ちょっと里亜ぁ」
「ごめん、先約なんだ」
振り向きながらそう言う里亜の表情を見た時、私はそれ以上何も言えなくなった。
それはあまりにも寂しそうな笑顔……。
私が何も言えないでいると、里亜は「行って来ます」と言って出ていった。
「里亜……」
ドアが閉まるまでそこから動けなかった。

「手伝いに来たよ〜」
私は明るい声と共に貸し切りと書かれたカードが掛かるノルンのドアを開けた。
実際心の中は里亜の事が心配だったけど、それを表に出すわけにはいかない。
「あれ、一人なの?」
空が店内中央に置かれたクリスマスツリーの飾り付けの手を休め言う。
「うん、あの娘なんか用事があるらしくて……」
「そうなんだ」
「毎年来てるのにね」
カウンターの中で作業をしている卯月が言う。
「クリスマスだし彼氏の所とか」
卯月の横でお皿の準備をする恵理が笑いながら言った。
「まさかぁ。彼氏なんていたらすぐに分か……る……」
その瞬間、私はあることを思い出した。
「里亜、どうしたの?」
恵理が心配そうな表情で私の顔を覗く。
「ごめん、私も用事を思いだした」
パッと振り返り、扉に手をかけ開けようとした時、恵理が私を呼んだ。
「全員が揃うの9時過ぎだからね」
笑顔の恵理の言葉に私も笑顔で「うん」と答えノルンを後にした。


駅に着き切符を買い、改札を抜けるとすでに2番ホームには名古屋行きの電車が入線していた。
私は電車を降り階段を昇ってくる人の波をかき分けるように階段を駆け下りる。
その途中で出発のベルが鳴る。
「乗ります!乗りま〜〜す!!」
二両編成の電車の最後尾でこちらを見る車掌に聞こえるように叫ぶ。
車掌は「早く乗りなさい」と目で合図しているように見えた。
少しぐらいの融通が通るのが通るのがこの路線の良いところ。
それが今回はすごく助かった。
電車に飛び乗ると少し間を置いてドアが閉まる。
私のせいで定刻よりも数分遅れた感じだけど、乗客は誰も気にしない。
それもこの路線の良いところかな?
とにかく私はドアにもたれて息を整える。
そして整った所で窓から夕闇が濃くなる外を見た。
「里亜……まだ待ってるんだね……」
私の小さなつぶやきは電車の音にかき消されていく。


7年前……小学5年の時。
里亜が付き合っていた秋葉幸司君が転校した。
幸司君は里亜にとって初恋の人であり、同時に初めての人だった。
だから幸司君の転校が決まった時、里亜は一晩中泣いた。

引っ越しの当日。
学校をさぼり、私達は新幹線ホームにいた。
その日、朝起きると里亜がどうしても見送りたいと言った。
「学校は?」
「さぼる」
「さぼるって里亜……」
里亜の今にも泣き出しそうな顔に私は声を詰まらせた。
私は軽く息を吐くと、何時に出発かを聞く。
「……何時なの?」
「9時」
「すぐ出ないと間に合わないじゃない!」
「一緒に行ってくれるの?」
「あとでちゃんと埋め合わせしてよね」
「うん、ありがとう!」
そのあと私達は両親にばれないように学校に行くふりをして家を出て、最寄りの地下鉄に乗り名古屋駅へと向かう。
その間、里亜は一言もしゃべることなく小さな紙袋をしっかりと抱きしていた。
きっと幸司君に渡す物なんだろう。
名古屋駅に着き、新幹線ホームに上がるとちょうど東京方面行きの新幹線が入線したところだった。
「幸司君!!」
新幹線に乗ろうとしていた幸司君の姿を見て、里亜は大声で呼び止め駆け寄る。
「里亜ちゃん、どうして……」
幸司君の方も里亜の姿に驚いているようだ。
平日で学校にいるはずの私達がここにいるんだから当然だよね。
……それにしても私には気づいてないのね。
「どうしても見送りたくて……」
「里亜ちゃん、ありがとう……」
幸司君は嬉しそうに里亜の手を取る。
幸司君の両親も里亜の挨拶する。
だからなんで私に気づいてくれないのかな……少しだけ離れたところにいるけどさ。
「わざわざ見送りに来てくれたの?」
「幸司、私達は先に乗っているから乗り遅れないようにな」
「うん」
幸司君は両親が新幹線に乗り込むと、里亜をしっかりと見る。
「本当に来てくれるなんて思わなかった」
「どうしてもこれを渡したくて」
そう言うと里亜は持ってきた袋を幸司君に渡す。
「これは……」
「前に約束したクッキー。何度も失敗して……でもどうしても約束守りたかったから……」
お母さんからクッキーの焼き方習ってたのってそう言うことだったんだ。
「ありがとう。本当に嬉しいよ」
幸司君が笑顔で答えると里亜も嬉しそうに笑う。
その時、発車のベルが鳴り響いた。
「じゃ、行くね」
そう言うと幸司君は新幹線に乗る。
「手紙絶対に書くから」
「私も書くから……絶対に書くから。約束だよ」
「もちろん。ね、里亜ちゃん、高校最後のクリスマスにここで会おうよ」
「CMみたいに?」
「そう」
「うん、約束する!」
「絶対だよ」
その言葉を最後に二人を隔てる扉が閉まる。
「あ、幸司君!」
その声はもう届かない。
そしてゆっくりと新幹線は走り始める。
里亜は幸司君の後を追うように走り始める。
離れたくないと言う思いだけが里亜を突き動かしていた。
だけど追いかける途中で転んでしまった。
「幸司く〜〜ん!!」
里亜は涙混じりの声で声の限り叫んだ。

それから里亜と幸司君の文通が始まった。
ほとんど毎週のように手紙をやりとりしている。
そして小学校を卒業するころ、両親の海外への転勤が決まった。
初めは私達も一緒に行く予定だった。
だけど里亜がどうしても日本に残ると泣き、半スト状態に入ったため仕方なく私達二人が日本に残ることになった。
私自身、今は大丈夫だけど小さい時は病気がちだったから、馴れない土地でそれが再発するのも嫌だしね。
それから引っ越しやら手続きやらで忙しくなり手紙のを出す暇が無くなった。
さらに同時期に向こうからも手紙が届かなくなった。
「次は私の出す番だから」
里亜はそう言って気にして無かったが、それからしばらくして夢園荘に来て手紙を出した。
だけどそれは幸司君に届くことはなかった。

「あれ? 里亜、手紙返ってきてるよ」
学校から帰ってきて集合ポストを覗くと、そこには幸司君宛の手紙が宛先不明で返ってきていた。
「え、嘘ぉ。 住所間違えたかな?」
里亜は首を傾げながら手紙を受け取ると自分の部屋に戻っていった。

それから里亜は何度も手紙を出し、その度に宛先不明で返ってきた。
届くことのない手紙を受け取るたびに里亜は笑って誤魔化す。
だけどいつだって自分の部屋で落ち込んでいる。
もしかしたら泣いているのかも知れない。
それは絶対に誰にも、そして私にも見せない姿。
でも私は知っている。
本当の里亜は誰よりも甘えん坊で寂しがりやだと言うこと、そして泣き虫だと言うことを……。
だから私は里亜の求めを拒まむことなく、全てを受け入れた。
里亜の心が少しでも軽くなるなら……。


「次は終点、名古屋〜名古屋〜。お出口は………」
車内に流れるアナウンスが私を現実に引き戻す。
届くことのない手紙は今でも毎月1回のペースで続いている。
今月はまだその手紙を見てないけど時期的にたぶんいつものように宛先不明で返ってきたはず。
「もしかしたら今日返ってきていたのかも。だから余計に……」
名古屋駅が窓から見えてきた頃私は出かける前の里亜の様子にそう思った。

名古屋駅13番ホームに着くと、急いで新幹線ホームへと向かう。
そして入場券を買い、新幹線改札を抜けると、時刻が表示された電光掲示板を見る。
「たしか幸司君は東京の方に行ったんだから約束したホームは……下りの14、15番ホームかな」
私はホームに上がるためにエスカレーターに乗る。
長いエスカレータは私をいらだたせるが、ここはジッと我慢をする。
そしてゆっくりとホームが見えてくると、階段から大分向こう側のベンチに座る里亜の姿が見えた。
私の記憶が確かなら、あの場所は里亜と高志君が再会の約束を交わした場所。
私は里亜に見つからないように手前にある待合室に入り、ジッと様子を見た。
待合室のガラスはうす茶色でややスモークが入っている感じなので隠れるにはもってこいかも。
入ってこられたらアウトだけどその時はその時。
でも……ホームは12月の吹き抜ける風で相当寒いはずなのに、里亜はベンチから動こうとしない。
吐く息だってあんなに白いのに……身体だって冷えてるはずなのに……。
その時、入線アナウンスが流れ、東京方面行きの新幹線が入ってきた。
里亜はパッと立ち上がると、降りてくる人の一人一人確認するように見て回る。
新幹線が発車するまでの間、降りた人がホームからいなくなるまで端から端まで歩く。
そして発車したあと、しばらくして里亜は肩を落としてまた同じベンチに座った。
そして数分後に今度は反対側の15番ホームに新幹線が入線すると同じように探して歩き、また肩を落としてベンチに座った。
きっとここに来てからずっと同じことを繰り返しているんだろう。
私は里亜のその姿に胸が締め付けられる思いだった。
すぐにでも駆け寄ってもう止めて帰ろうと言いたかった。
でも唇を噛み締め涙を堪えながらジッと待ち続ける里亜の横顔に私は何も出来なかった。

無情にも時間だけは過ぎていく。
その間も里亜は新幹線が入線する度に降りてくる人達を見て回った。
そして深夜11時半過ぎ、最後の東京方面行き新幹線が出発した。
里亜はその場で立ち尽くし、新幹線を見送る。
その後ろ姿は泣いているように見えた。
「里亜」
私は里亜に近づくと名前を呼んだ。
里亜はゆっくりと振り返ると少しだけ驚いた顔をして笑う。
「どうして美亜がここにいるのかな……」
「……里亜」
「私、分かってたんだ。手紙が届かなくなった時からこうなるって……。でも……でも……やっぱり振られちゃったんだよね」
今にも泣きたい気持ちを押さえ込むように笑顔で強がる里亜。
「泣いて良いんだよ」
「美亜……私は……」
「里亜、泣きたい時は……泣いて良いんだよ」
「私……」
私の言葉に里亜は胸に飛び込み、堰を切ったように泣き出した。
私は彼女を優しく抱きしめ、髪を優しく撫でる。
その姿は幼子のように見える。
だけどこれが本当の里亜の姿。私だけしか知らない里亜の姿。
「私、本当に好き……今でも幸司君のこと好き……」
「うん」
「本当に好きになった人だから……忘れたくない」
「うん」
「私……馬鹿……かな?」
「うん?」
「ふられたことに気づかないんだもの……」
「ううん。里亜は馬鹿じゃないよ。好きという気持ちをずっと大切にしてきたんだもん。それはすごく大切なことだよ」
「美亜ぁ」
これ以上は涙で声にならないみたい。
私は気が済むまで泣かせるつもりで何度も髪を撫でる。
その時、16、17番ホーム京都方面行きの最終が入線した。
そして2分ほど停車して出発する。
乗っていた乗客の姿が階段に吸い込まれていく。
その中でたった一人だけその場から動くことなく左右を見て何かを探している青年の姿があった。
「まさか……里亜!」
里亜は私の声に顔を上げる。
「あの人、そうじゃない?」
「え?」
その言葉に里亜は私の視線を追って16番ホームに立つ青年を見た。
「あ………幸司君!!」
里亜は私から離れると15番ホームの端まで寄っていった。
彼もこちらに気づいたのか里亜を見る。
「里亜ちゃん! 今、そっちに行く!!」
幸司君は階段の方へ走り始め降りていく。
里亜も一緒になって階段の方へ向かい降りていった。
「そっか……下りで行ったんだから帰りは上りになるのは当然か……何で気づかなかったんだろ」
一人で納得する私。
後で知ったことだけど雪でダイヤが大分乱れていたみたい。
なんか少しだけ抜けてるというか盲点だらけというか……。
そんなことを考えながら階段を降りると通路の真ん中で抱き合う二人の姿があった。
里亜は嬉し涙を流しているみたい。
「ま、クリスマスイブだしね」
微笑みながらつぶやくと二人に近づいた。
「幸司君」
「美亜ちゃん……来てたんだ」
「相変わらず、里亜しか見えてないんだね」
「そう言うつもりじゃ……」
「美亜ぁ……」
里亜は抗議の声を上げる。
再会を喜んでるところに水を差している感じなので当然かも知れないけどね。
「大丈夫大丈夫。幸司君に今夜は里亜を頼もうと思ってるんだから」
「「え?」」
「そう言うわけだから、二人とも頑張ってね」
私の言葉に慌てる二人……どうして慌てるかな?
「ちょ、ちょっと……」
「え、え、え?」
「幸司君、泊まる所ぐらい確保してるんでしょ」
「え、まぁそれはちゃんと予約してますが……」
「だったら問題ないでしょ。そう言うわけだからお邪魔な私は消えますね」
「美亜……ありがとう」
私はその言葉に笑顔で答えると13番ホームへと向かった。
なんとか最終に間に合った私は、席に座ると窓の外で振っている雪を眺めた。
「ホワイトクリスマスか……恋人達の時間が始まるってね。でもちょっと羨ましいかも……」
自分で言った事に対して思わず苦笑。
でもこれで私の肩の荷が下りたかもしれないな。
「幸司君、寂しがり屋で甘えん坊で泣き虫な里亜をよろしくね」
まだ二人がいるであろう方向に小さくつぶやいた。























それから1年ぐらい経った頃。
幸司君と里亜と私との3人で同棲を始めることになるなんて、この時、誰が予想できたんだろう。
しかも二人同時に…………って、まぁこれは別の話だから今は伏せとくね。



Fin


<あとがき>
絵夢「メリ〜クリスマス〜。と言うわけで今回は城田姉妹の恋物語です」
恵理「正確には里亜ちゃんですね〜」
絵夢「美亜と里亜のイメージが逆じゃ無いかと言う意見もあるかも知れませんが、これが本当の姿です」
恵理「でもでも里亜ちゃん幸せになってね〜」
絵夢「うんうん」

恵理「今回、初めて地名が出てきたね」
絵夢「名古屋とか東京とか京都とか?」
恵理「うん」
絵夢「これで夢園荘のある街がどこかある程度絞り込めるとか?」
恵理「ん〜難しいような気が……(^^;」
絵夢「かっもね〜」
恵理「ところで、東京方面で下りってどういうこと? 京都方面が上りってどういうこと?」
絵夢「ふふふふふふふ、ノーコメント」
恵理「お〜い」

絵夢「であ次回SSもまた見てみてね〜」
恵理「次っていつ?」
絵夢「……突っ込み不可」
恵理「……ま、いいわ。お楽しみに〜」
絵夢&恵理「まったね〜」








恵理「気づくと21話なんだね」
絵夢「早いもんだわ」
恵理「何処まで行くんだろうね」
絵夢「以前募集して集まったネタがそろそろいい感じだから当面はいけるっしょ」
恵理「ま、がんばってね」
絵夢「ん」