NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

風の子供達


広い庭園。
その東側に位置する池を取り囲むようにある芝生の上で俺は寝転がっていた。
季節はまだうっすらと肌寒い春先だが、今日は天気も良く暖かい。
ふと視線を横に向けると早咲きのタンポポが花を咲かせている。
「そういえばあいつらに会ったのもこんな陽気の良い春先だったな」
俺は再び視線を空へと戻すと、あの時のことを思い出した。






カムイの里崩壊後、後のことを水瀬達に任せた俺達は二度と手出しさせないように都へと行った。
そして天より神の命を受けた者として降臨し、首謀者達を『神の力』で赤子へと戻した。
さらに時の天皇に迫った。
「我ら二人は、神の血を引くあなたが正しく天の主の命で開かれしこの地を正しく治めているか見極めるためしばしこの地に留まる」
俺達の言葉にそこにいた『方々』は誰も口を出すことが出来なかった。
ま、当然だろうけど。
それから安定するまで数年間そこに留まり、その間に育てた霊能者達に後のことを任せ、エアと共に煌玉探しの旅に出た。
その中にエアと再会する前の遠い別次元で、俺に霊能力を教えてくれた晴明殿がいたことは結構笑ったな。

……話が逸れた。

とにかく俺達は、都へ税を納めに来た者達の話から東へと向かうことにした。
なんでも森の奥深くに不可思議な力を使う者がいると言う噂。

そしてその森に来た。
俺達二人にとって千里の道も空を飛ぶから関係ない。

「ここであってるの?」
俺の隣でエアが辺りを見回しながら言う。
「近くの村の連中の様子を見る限り多分な……」
彼らにしてみればよそ者の俺達をうさんくさく思うのは当然だろうが、噂のことを聞いた途端、全員家の鍵を閉めてしまった。
その様子から見ても間違いなくこの森だと思うのだが……。

俺達が獣道を歩いていると、木々を抜けるように突風が駆け抜けた。
まるで侵入者を追い払うかのように。
しかし本来風使いである俺達二人に通じるわけがなく、風は俺達を避けるように吹いていく。
「この風……自然の物じゃないね」
「そうだな、これは明らかに俺達と同じ力だ」
俺は力がどこから流れているか探る。
「ねぇだんだん強くなってきてるね」
「そうだな……吹き飛ばないから業を煮やしてるんだろう」
「無理なのに」
「仕方ないさ……行くぞ」
「ハイ!」
俺達は風を突っ切るようにまっすぐその発生源へと向かった。
「いた!」
そこには俺達の出現に驚きの色を隠せないでいるまだ少年の面持ちのある青年がいた。
彼は風を止めると飛び上がり木の枝に乗る。
俺達は先ほどまで彼がいた場所に降り立つと彼を見た。
「君が風使いだな」
「お前達は何者だ! 村の連中に頼まれたのか!!」
俺の問いに答えることなく、彼は上から一方的に言う。
妖しい動きをすればいつでも風で吹き飛ばすつもりでいるみたいだな。
「俺達は通りすがりの旅人だ。風の噂でこの森に風使いがいると聞いて来ただけだ」
「本当よ。私達はあなたに危害を加える気は無いの」
「その『風使い』とやらだったらどうするつもりだ」
「さっきエアが言ったとおり真偽を確かめたいだけ。同じ風使いとしてな」
「なに!?」
「だから言ったとおり、俺達も風使いだ。そうじゃなければ先ほどの君の風で吹き飛んでいるんじゃないのか」
青年はジッと俺達を見る。
俺達も彼をジッと見る。
どのぐらいそうしていただろうか、青年は背を向けると枝から枝へと飛び移り森の奥へと行ってしまった。
「どうするの?」
「追うしか無いだろうな」
「そうだね」

森の奥深くに流れる小川の近くに彼の家があった。
俺達は少し離れた場所からその家を見ていた。
「二人で暮らしているようだな」
「うん……でも一人は病気みたいだね」
「そうだな」
離れていようとも常に情報を持って流れている風を読んでいるので中の様子は手に取るように分かる。
「どうする?」
「彼が家を離れたところで行ってみるか」
「不法侵入?」
「この時代、そう言った法律は無いと思うけどな」
「あははは、言えてる」
「それまでここでジッとしてようか」
「うん」
そして時間にしてどれくらいか分からないが日がやや傾いた頃、青年が川へと向かった。
魚取りの道具を持っているところを見ると夕飯の調達だろう。
俺達は音を立てることなく彼らの家の前に降り立つと、中へと入る。
その時、奥の方から「誰?」と言う女性の声が聞こえた。
俺とエアは互いに顔を見合わせると肩をすくめた。
気配を消していたのにもかかわらず、ばれてしまったのだから……。
恐らく空気の流れを感じ取ったのだろうが……この方法は気配を消した相手であっても簡単に見つけることの出来る風使いにとっては当たり前の探り方だ。
俺達はそれに対しても警戒し、決して空気を動かさないように移動する方法を身につけている。
その上で見つかったのだ、室内の空気密度の変化で察知したのだろう。
はっきり言ってさすがとしか言いようがない。
「怪しい者じゃない……と言っても勝手に入ったのだから信じてもらえないだろうけどね」
「私達と同じ風使いがいると聞いて来たの。そのごめんなさい」
すると奥の障子がゆっくりと開き、中から白い着物を身にまとった少女が警戒しながら顔を出した。
年の頃はまだ10歳にも満たないだろう。
「………」
彼女はジッと俺達を見る。
俺達も彼女からの視線を逸らすことなく見つめ返す。
彼女の様子は身なりは病人のそれだが、横になっていなければいけないほど体を壊しているようには見えない。
むしろ健康体のように見えるが……。
「青風……この娘と二人っきりにさせてもらえるかな?」
エアが突然そう言う。
「ああ、それは構わないが……何か分かったのか?」
「それを確かめるの。だから早く外に出て」
「あ、ああ……」
エアの言葉に首をかしげながら外に出ることにした。

ドアの横の壁に寄りかかって待っていると、出かけていた青年が戻ってきた。
彼は俺に気づくと、持っていた釣り竿や魚をその場に放り投げると、風の力で少し浮き上がると一直線に向かってきた。
「風に乗っての移動も自由に出来るわけだ。基本と言えば基本か……」
小さくつぶやくと、彼に向け左手を出すと、空気のクッションを作り出した。
そして青年は案の定そのクッションをぶつかりはじき飛ばされる。
「落ち着け。別に俺達はお前達に害を為す気は無い」
「そんな話信じられるか! お前と一緒にいた女は……まさか瀬名を……!!」
勝手に結論づけると俺に殴りかかってきた。
俺は彼の脇を抜けるように避けると、彼は殴るべき目標を失いそのまま転んだ。
「早とちりするな。エアは中でお前の彼女……と呼ぶには若すぎる気もするが、それはともかく男子禁制の女同士の話をしている」
「佳乃は俺の妹だ!」
睨みながら立ち上がると、また殴りかかろうと拳を固めた。
「しょうがないな……」
俺は周囲の空気の密度を高め、簡易結界を作りいつでも反撃できるようにした。
風破陣なんか使ったら怪我ですまないからな。
その時……。

「うるさい!!!」

彼らの家の方からエアの大声が響いた。
俺と彼は驚きそちらを向くとエアと彼の妹−佳乃が立っていた。
「佳乃! 佳乃に何をした!!」
頭に血が上った彼はエアに攻撃しようとした。
だがそれは佳乃の声で止まった。
「お兄ちゃん、止めて。この人達は大丈夫だから」
「佳乃……」

その後、家の中に入ると自己紹介をし二人に俺達の目的を話した。
佳乃は信じてくれたようだが、兄の樹は半信半疑のようだ。
彼らの事情を聞けばそれも仕方ないことだと思うが……。


彼らの母は他からやってきた旅人で、この地で彼らの父と恋に堕ちた。
むろん、よそ者との結婚など許されることなく、半ば駆け落ち状態で山深く入ったこの場所に逃れてきた。
そしてこの地で二人は生まれる。
しばらく四人で暮らしてきたのだが、五年ほど前に梺の村の者達の手によって両親を殺された。
母親の特異な力のせいで……。

四人でが梺に降りたときに、川で溺れている村の子供を風の力で助けた。
それを目撃した村人達が母親を妖怪とし殺そうとし、そしてそれを庇おうとした父親が殺された。
母親は二人を連れ命からがら山の奥へと逃げたが、子供二人を連れた女の足ゆえに追いつかれ殺された。
その時、樹と佳乃は力に目覚め、両親を殺した村人を殺した。

それから二人はこの地で生活をしている。
そして山に誰かが踏み込もうとすると先ほどのように撃退してきたらしい。


一通り彼らの話を聞き終えたとき、佳乃が気持ち悪くなったのか口を押さえた。
「佳乃、横になってないと」
樹が心配そうに佳乃に肩に触れる。
その様子を見ていたエアが半眼で二人……性格には樹を見る。
「樹君……佳乃ちゃんね、病気じゃないから」
「え?」
「妊娠してるよ」
「え?」
「相手は樹君だと思うけど……まぁいいけどね」
エアの言葉に樹は固まり、佳乃は頬を染めている。
「よく分かったな」
「同じ女ですから」
「なるほど」
分かったような分からないような答えに無理矢理納得した。
「で、でも……」
再起動した樹がエアに反論しようとする。
「心当たりが無いとは言わないよね」
「……はい」
「そんなわけでお二人さん、おめでとう」
エアがそう言うと、二人はどう反応して良いか分からないでいる。
ま、当然と言えば当然だな。
「それから青風、佳乃ちゃんが持っていたものなんだけど……」
そう言いながら俺に首飾りを差し出した。
それは青い円形の石で中に柊の葉が描かれている。
「これって……」
「母親の形見だそうよ」
「そうか……君達は柊の子供達だったのか……」
その言葉に樹と佳乃は俺達を見た。
「「母を知っているんですか?」」
「君達の母親はカムイの里で風の巫女の一人として風の守護者であった俺に使えていた者だ」


それは20年近く前の話。
俺が風の守護者を楓に譲った直後だった。
これからどうしようかとエアと思案に暮れていたとき、風の巫女の一人柊が暇を願い出た。
「理由は?」
「青嵐様と空様の話を聞いているうちに私も外の世界をこの目で見てみたいと思いました」
「とは言え、君は『煌玉の破片』を持つ風の巫女。新たな守護者である楓を助けていく役目があるはず」
「そうですがそれは椿、榎(えのき)、楸(ひさぎ)がいます。青嵐様より頂いた『煌玉の破片』はお返しします。そして私よりも優れた者に……」
柊は胸元の青い石で出来た首飾りを外し、自分の前に置いた。
「柊……俺や空の話を聞いただけでどうしてそこまで思う。他に理由があるのではないのか?」
「それは……」
柊は顔を伏せたまま言葉を詰まらせた。
そんな彼女にえあが助け船を出す。
「青嵐、良いんじゃない? 守護者も世代交代したわけなんだから、巫女も交代しても」
「そうだな……柊、外はお前が思っているほど生やさしい世界じゃない。それを肝に命じておくように、いいな」
「はい、ありがとうございます」
そういうと彼女は床に額が付くほど深く頭を下げた。

それから一月後、柊は東に向かって旅立っていった。
その際『煌玉の破片』を持たせた。
理由は『煌玉の破片』は風の力と所有者の血から作った物だからだ。
それ故に柊以外に使える者はいない。
その事実を知らない彼女も持っていくことを拒んだが命令することで渋々持っていかせた。

その後、楓の為に巫女になろうという者も現れることなく椿、榎、楸の三人に負担をかけることになったのは言うまでもない。



(恐らくこいつが柊の肉体を変化させてしまい、それが二人に受け継がれたのかも知れないな……)
俺は受け取った『煌玉の破片』を見てそう思った。
そして裏返したりしながら思いに耽っていると、正面から二つの視線を感じた。
俺はゆっくりと顔を上げ視線の主達に『煌玉の破片』を返した。
受け取った樹はそれを佳乃の首に掛ける。
佳乃は形見の首飾りに手を当てた。
そんな二人を見て俺は二人に提案した。
「君達さえよければ、母親の生まれ故郷であるカムイへ来ないか?」
それにエアは隣で頷いている。
だが二人はきょとんとした顔で俺達を見ている。
「でも……」
「無理にとは言わない。だけど……」
佳乃の腹部を見る。
「その子の為にもここで生活するよりも良いと思う」
「それにカムイはあなた達を受け入れてくれるわ。もともと風使いだけじゃなく水や火や地を使う者達がいた場所だから」
その提案に二人は顔を見合わせて少し考えさせて欲しいと言った。

翌朝。
外でエアと組み手をしていると、樹と佳乃が神妙な面持ちで近づいてきた。
「青風さん、エアさん、両親との思い出があるこの家を離れるのは心苦しいのですがよろしくお願いします」
樹がそう言うと二人は俺達に頭を下げた。
そんな二人の様子にエアと顔を見合わせると微笑みあい、二人に頭を上げるように言った。
「俺達は初めから家ごと運ぶつもりでいたんだけどな」
「「え!?」」
二人は驚きの声を上げる。
「一体、どうやってですか!?」
そして樹が当然の質問をぶつけてくる。
「無論、俺とエアの風使いとしての力を使ってだよ。普通に歩いていったら一月以上かかるよ」
「身重な佳乃ちゃんに負担を掛けるわけにはいかないでしょ」
「は、はぁ……」
至極当然のように言う俺達に二人はきょとんとしていた。

それから二人を家の中に入れると、俺とエアが家の左右に分かれて家全体を結界に包み込んだ。
そして、あとは空を飛ぶ要領で家ごと空中へと持ち上げ、カムイへと向かって飛び始めた。
ゆっくり飛んでいたとは言え一刻程度で着いた。
そして家を水瀬に社を建てておくよう頼んだ山の麓の空いている場所に置いた。
するとたまたまその近くにいた見覚えのある男が駆け寄ってきた。
「青嵐様、空様、お久しゅうございます」
「君は確か……」
「はい、水瀬の子で与太です」
「そうか、ずいぶんと大きくなったんだな」
「はい、ところでそちらの方々は……」
与太が後ろに立つ樹と佳乃を見る。
「ああ、そのことで水瀬に用事があるんだが……」
「はい、分かりました。ご案内します」
俺達は与太の案内で山の山頂に作られた神社へと案内された。
「またずいぶんと立派な物を作ったんだな……」
社を見た感想がそれだった。
「青嵐様、空様!」
そこへ聞き覚えのある声が俺達を呼んだ。
「水瀬……久しいな」
「はい、『煌玉』は……」
「すまん、それはまだ見つからない。だが柊の子供達を見つけたよ」
「なんと柊殿の! 言われてみれば柊殿の面影がありますな」
水瀬は樹と佳乃の手を取り、懐かしそうに顔を見る。
そんな彼に二人は戸惑いの色を隠せないでいた。
「それで、二人のことを頼みたいのだ。二人は柊の形見の『煌玉の破片』の影響で風を使うことが出来る」
「なるほど……分かり申した。お二人のことはこの水瀬にお任せください」
「頼むぞ」
「はい」
水瀬の力強い返事を確認するとエアが二人を見て「よかったね」と微笑んだ。
まだ二人は戸惑っているが大丈夫だろう。

その夜、俺達が戻ってきたことと新たな村人となる二人のために宴会が催された。
そして次の日の朝早く俺達は、樹と佳乃、水瀬を初めとする村人達に見送られカムイを後にした。






「青風、こんな所にいたんだ」
芝生に寝ころぶ俺の元にエアが駆け寄ってきた。
俺は上半身を起こすと彼女の方を見る。
「こんな所ってずっとここにいたけどな」
「ふ〜ん……考え事?」
「いや、昔のことを思い出してたんだよ。樹と佳乃のこと覚えてるか?」
「ばっちり覚えてるよ〜」
エアはやや幼さの残る(?)笑顔で答える。
「あまりに良い陽気だったもんでな」
「ふ〜ん……ねぇ今思ったんだけど樹君って夏樹君に似てると思わない?」
「そうだな……言われてみればそうかもな」
「もしかしたらあの二人の遠い子供とかね」
「それはありえない話じゃないな」
樹と夏樹君を合わせてみてふと笑みがこぼれる。
「ところで何か用事があったんじゃないのか?」
「あ、そうだ。名波君が守護法師達が騒いでるから来て欲しいって言ってたよ」
「守護法師が? 分かった、すぐ行こう」
俺は立ち上がるとエアと共に霊法堂へと向かった。



Fin


<あとがき>
絵夢「はっきり言って疲れた」
恵理「今回ずいぶんと掛かったね」
絵夢「青風とエアの話だけあって色々とね」
恵理「お疲れ様〜」

恵理「この二人って何処にいるの?」
絵夢「内緒」
恵理「……何故?」
絵夢「その内分かるよ」
恵理「(汗)」

絵夢「そんなわけで」
恵理「また次回も見てみてくださいね」
絵夢&恵理「まったね〜」