NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

四月(二)


放課後、私−早瀬春香は何故か室内プールの三階くらいの高さにある通路で水泳部の練習を見学していた。
それは良いんだけど、私の横には理由が分からないまま一方的に毛嫌いされている冬佳が手すりに手をかけプールを見ている。
「ねぇ……」
「ん?」
「なんで私までここにいるの?」
「今日は記録会だから楓の応援に来たんじゃない」
「いや……だからって私を連れてこなくても、和沙は?」
「和沙はアルバイト。あの娘の休みは月曜日と木曜日だよ」
「あ、そうか……でも前から思っていたんだけど……その日ってゴミの日だよね」
「言われてみれば……今度言おうっと」
「それで遊ぶの? まったくあんたってそう言うの好きだよね」
「スキンシップって言って欲しいな」
「はいはい」
冬佳の返事に肩をすくめながら答えると、楓が下から大きな声で私達を呼ぶ。
「と〜〜か〜〜〜! はるかさ〜〜ん!!」
それに私達は手を振る。
「つぎ〜?」
冬佳は身を乗り出すように楓に聞く。
「うん!」
「じゃあ、がんばってね〜〜〜!!!」
「うん!!!」
楓は笑顔でスタートラインまで歩いていった。
それを見送るように冬佳もずっと手を振っている。
「……シスコン」
私の言葉に反応して冬佳は顔をこちらに向けた。
その顔は別に怒ってないからいいけど……。
「そうだよ、私は誰よりも楓が大切だもん」
「あ、そう……」
メガネの奥に光る真剣な瞳に私はそれ以上何も言えなかった。
私は話の方向を変えようと楓を見た。
「あ、そろそろスタートするよ」
「ホントだ、がんばれ〜〜」
冬佳もパッとそちらを見て笑顔になる。
そしてスタート。
同時に八人が飛び込み水しぶきを上げる。
最初は潜水で8M辺りでみんな水面に上がってきてクロールで泳いでいく。
25M地点で楓は四番目。
なかなか厳しいみたい。
ふと冬佳を見ると、手すりを血がにじむほど強く握りしめ見ている。
「楓ぇ!!」
そして体育館中に響く大きな声で楓の名を呼ぶ。
その声が聞こえたのか楓はスピードをあげてラスト10M地点で二番目になった。
そしてそのままゴール。
結局、楓は二位だった。
楓がゴールした瞬間、冬佳は脱力したかのように手すりにもたれ掛かる。
「冬佳……楓が手を振ってるよ」
「うん」
笑顔でこちらに手を振る楓に冬佳も笑顔で手を振り返す。

楓が部員が集まっている場所に行くと、冬佳は手すりの柵に背を預け座り込んだ。
「そういえば冬佳は水泳はしないの?」
「うん、私は見てるだけで良い」
「でも去年水泳大会で水泳部のエースを抜いて勝ったじゃない」
「たまたまだよ」
冬佳はつまらなそうに答える。
「でも中学の時に世界タイ記録を出したんでしょ」
「なんで知ってるの?」
「向こうで新聞に載ってたよ」
「そう……アメリカでもニュースは聞けたんだ」
「あのね、先進国入りまであと一歩だけど海外ニュースは流れるよ」
「そっか……」
冬佳は立ち上がり、窓に背を預け私を見る。
「でもやる気は無いよ。あれは風邪の楓の替え玉で出たからもちろん失格だよ」
冬佳は苦笑を浮かべながら言う。
「だから当然記録も無効のはずなのに……記録だけが一人歩きしちゃったの。おかしな話でしょ」
「でもそれと部活をしないのは……」
「けじめだよ。楓の代わりに出たのは先生に頼まれたからだけど、それを受けたのは私。だから二度と部活としては泳がないの」
冬佳はにこっと笑う。
私の知らない時だから、冬佳の話だけでは一体どういう経緯でそうなったのか分からないけど、それでも辛いことがあったように感じられる。
「ごめん……」
「?」
「いや、だから変なこと言って……」
「ああ……春香でも謝る事あるんだ」
「な、私だって悪いと思ったら謝るよ!!」
「そうなんだ」
「まったく……あんたに一瞬でも気を許した私が馬鹿でした」
「ふふ……」
「なによ!」
「別に……いい天気だなぁってね」
冬佳はそう言いながら窓の外を見ていた。
その様子に呆れて肩をすくめると私の「そうだね」と同意し空を見る。
しばらく二人で空を眺めていると、突然冬佳の表情が厳しくなった。
「ど、どうしたの?」
「黙って!!」
冬佳は私を見ずにそう言うと、すぐに窓を開けると頭を外に出した。
「向こう……運動部の更衣室………………こっちに来る!!」
そう独り言をつぶやくと、窓から外へと身を乗りだした。
「ちょ、ちょっと冬佳! ここ三階だよ何をやってるの!!!」
「下まで回っていたら間に合わない!」
「何が……きゃっ!!」
冬佳はごめんと謝りながら私を軽く蹴り飛ばすと窓を越えて外へと出た。
「冬佳!!!」
私は慌てて窓から顔を出すと、冬佳は地面に片膝をついた形でしゃがみ何か一点を見ていた。
周囲にいる人達はビックリして目を白黒しているのが手に取るようにわかる。
突然上から人から降ってきたんだから当然だと思うけど……。
「ここ……三階だよね。なんで何ともないの?」
私が驚きで我を忘れかけていると、遠くの方から何か悲鳴のような物が聞こえてきた。
そちらを見ると、男が何かを左小脇に抱えて、右手には包丁らしき物を持っている。
私はぱっと冬佳を見る。
冬佳はゆっくりと立ち上がり、男を見据えている。
そして男を見ると進行方向にいる冬佳に対して走りながら包丁をまっすぐ向けている。
「冬佳!!!」
私は思わず叫んだ。
私だけじゃない、その場にいる誰もが冬佳が刺されると思った。
だが、次の瞬間信じられない物を見た。
冬佳は男の包丁とは反対側に身体をずらし避けると、左の蹴りをその腹部辺りに入れる。
そして男が前のめりになったところをその顔面に左足で蹴り飛ばした。
その結果、男は数メートル吹き飛び仰向けで倒れた。
その場にいた全員、一瞬言葉を失ったが、すぐに拍手が巻き起こる。
冬佳はそれに右手を挙げ答えるとすぐに男が小脇に抱えていた物を拾った。
「せ、先輩!」
運動部らしき後輩と思われる娘が冬佳に近づいた。
冬佳は制服を着ていて襟元のリボンですぐに二年生だと分かったんだろう。
「あなたの?」
「はい。ありがとうございました」
彼女は冬佳からそれを受け取ると何度も頭を下げる。
そして彼女の後に続いて六人ほど同じユニフォームを着た娘達が来て一緒に頭を下げている。
冬佳はなんか照れている感じ。
私は安心して、急いで外に出た。
確かに階段とかを降りていたら間に合わなかっただろうけど……それにしても窓から飛び降りることも無いと思うんだよね。
一分ぐらいかかって外に出ると、冬佳はその場にいた全員に囲まれていた。
「ちょっとしたヒーローだね」
「冬佳だもん」
いつの間にか私の隣にウィンドブレーカーを着た楓が立っていた。
他の水泳部の部員も外の様子を見ている。
あれだけの騒ぎだけに当然か……。
「ずっと見てたの?」
「ううん。見たときにはあの状態だよ」
「そっか……上から飛び降りたのは知ってる?」
「それは知ってる」
「むちゃくちゃなんだから」
「でも冬佳らしいよ」
「そんな物なの?」
「うん」
少しだけ溜め息が出てしまう。
三階から飛び降りてナイフを持った男を一瞬で倒してしまう冬佳とそれをごく普通のように言う楓……恐らくこの二人にはどうあがいても勝てないんだろうな。
その時、男がナイフを持って立ち上がった。
「このあまぁぁぁぁぁ!!!!」
その声に冬佳を取り囲んでいた娘達は一斉に離れた。
そして冬佳はと言うと、男をジッと睨み付けている。
「あのまま、寝ていれば良いのに……」
小さいがはっきりとした口調で言う。
「このぉぉぉぉ!! しねぇぇぇぇぇぇ!!!」
男はでたらめにナイフを振り回し冬佳に迫る。
だが冬佳は全く動くことなく男を見据えていた。
そしてあと少しでナイフが冬佳に刺さると思ったその瞬間、冬佳の姿が消えた。
「え?」
恐らくその場にいた全員が目を疑っただろう。
次の瞬間、男は白目を剥き仰向けで倒れ、冬佳はと言うと先ほど立っていた場所に何もなかったかのように立っていた。
見た目、男は冬佳に襲いかかったが勝手に仰向けに倒れたようにしか見えなかっただろう。
だけどあの瞬間、間違いなく冬佳は消えた。
その瞬間に何があったのか確かめる術は……私は横にいる楓に聞こうと彼女を見た。すると……。
「さっすが冬佳。やったね!」
楓は明るい声で冬佳に声をかける。
冬佳もその声に対してピースサインで応えた。

その後、先生達によって男は拘束され警察に引き渡された。
容疑は窃盗。どうやら制服泥棒だったらしい。
冬佳は先生と警察相手に事情を説明することになり、私と楓はそれを待つはめになった。
私は帰るつもりだったんだけど、楓が「一緒に帰ろう」と無理矢理引き留めたのだ。
だけど渡りに船という感じでその待っている間、さっき何があったのか楓に聞いた。
だが楓は首をかしげ「わからない」と答える。
結局、冬佳は強いの一言で結論づけられた……。
そして冬佳が解放されたのが八時近くだった。

「お疲れ様〜」
「もう疲れたよ〜〜〜」
楓の労いの言葉に冬佳は口を尖らし不満を漏らす。
「お父さんに迎えに来るように電話したから」
「それは助かるよ」
冬佳は心底疲れたのが、グタ〜としている。
これは事情説明だけじゃなく説教もあったのかも……。
「あ、そうだ。冬佳」
「ん、なに? くだらないことだったら答えないよ」
「あのね、男がナイフに斬りかかったときに冬佳は消えたように見えたんだけど……」
「目の錯覚でしょ」
「でも……」
「とにかく私はお腹は空いてるし疲れて苛ついてるんだから、くだらないことを聞かないで!」
冬佳はそう言い放ち、私はそれ以上聞くことが出来なかった。

10分後。
お兄ちゃんが銀色の自動車で迎えに来て、私達は無事家に帰り着いた。



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<あとがき>
恵理「冬佳ちゃんって夏樹さんにそっくりだね」
絵夢「そりゃ親子だから」
恵理「いや、そう言う事じゃなくて、戦い方とか……」
絵夢「そりゃ親子だから」
恵理「だから、風の石とか持ってないんだよね。それであれって……」
絵夢「そりゃ親子だから」
恵理「………」
絵夢「そりゃ親子だから」

……ばきぃ!!

恵理「人形なんか置いて何処に逃げた」
恵理「しょうがないな……そんなわけでまた次回も見てください。またね〜」





恵理「さて探してこなきゃ………」