NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

六月(一)


まだ梅雨入り宣言はされていないけど、たぶんあと数日もしたら間違いなく梅雨入りしそうな、澄み渡るほど晴れた平日。

今日は私−早瀬楓の通う学校の体育祭。
前日まで準備で慌ただしかったけど、それもこれもすべて今日の為の物。
この日ばかり私も気合が入っているの。
だって最後の競技で冬佳と戦えるんだから……。

グラウンドの周辺に10の旗が立っている。
全ての学年をクラスで縦割りして一つのチームとしているので全部で10チーム。
優勝チームには豪華景品……が出るわけはないけど、文化祭の時に少し多めに予算が取れるという特典付きの為、否応無しに盛り上がる。
本当によく考えてると思う。

「ねぇねぇ、楓」
自分のチーム−5組の陣地で座っている私を誰かが後ろから呼んだ。
振り向くと同じチームの春香さんだった。
「冬佳見た?」
「見たって……どうかしたの?」
「まだ見てないんだ。応援合戦の時すごい物を見られそうだよ」
春香さんはそう言いながら私の隣に座った。
「あ〜なんか無理矢理3組団長を押しつけられたって愚痴っていたけど……『なんで2年の私が団長をしなきゃいけないの!!』って同じチームと言うだけで和沙に当たってた」
「和沙も大変だ。でもそれって春の騒ぎが一番効いてると思うな」
「あはは……でも嫌だ嫌だって言っても結局引きうけちゃうのは冬佳の良いところだけどね」
「調子が良いのかお人好しなのか」
「本人が聞いたら怒るよ」
「良いよ、冬佳には嫌われてるから」
そう言うと憮然とする。
「嫌っては無いと思うけど……」
「それじゃなんでいつも喧嘩しなきゃいけないわけ?」
「それは分からないけど、本当に嫌っていたら無視するよ。冬佳ってそう言う娘だから」
「とは言ってもね……」
「本人に理由を聞いてみたら?」
「素直に教えてくれると思う?」
「思わない」
「さすがは双子姉妹。即答ですか」
「てへ」
「『てへ』じゃなくて……」
春香さんは呆れた顔をする。
でも教えてくれないのは本当だと思う。
以前私もそのことを聞いたことがあるけど、結局はぐらかされたから……。

「あ、楓とその他一名」
私達の後ろで冬佳の声がした。
私はパッと振り向くと、そこには冬佳がこちらを向いていた。
冬佳は体操服の上からやや大きめの学ランを着てお尻の下ぐらいまである長い鉢巻きを巻き、右小脇に黒い長ズボンを無造作に持っている。
「うわ……どうしたの、その格好」
「どうしたのって……私達3組の応援合戦の格好だよ」
「いろんな意味で似合ってるけど……ズボンは良いの?」
「ズボンってこれでしょ? なんか歩きにくいから向こうでこの上から履くから良いの」
「普段着はほとんどズボンなのに?」
「ジーンズとこれとは違うよ」
そう言いながら黒の長ズボンを見せてくれた。
しかし似合っているというか、格好いいというか……冬佳には悪いけど、学ランって胸がない方が似合うのかも。
でも体操服に短パンの上からぶかぶかの学ランってちょっとエッチっぽい?
「でも短パンの上から履くの?」
「そうだよ。当たり前じゃない」
冬佳はいつも制服の下に短パンを履いている。
スカートが短いので、激しく動くとすぐに見えてしまうからだって。
私が冬佳の格好をまじまじと見てると、横から春香さんが顔を出した。
「冬佳ちゃん? その他一名って誰のことかな?」
「誰のことでしょう?」
「あんたねぇ……」
「まぁまぁ起こると血圧が上がっちゃうよ。春香お・ば・さ・ん」
「おばさんって言うな!!」
「お父さんの妹なんだからそう呼ぶのが筋でしょ」
「あんた、最近おとなしかったのに、また突っかかってくるのね」
「当たり前でしょ」
また始まった。
周りは遠巻きに見てて、止める気なさそうだし……本当に困った二人だよ。
「二人ともストップ!!」
私が溜め息をつくと、これまた聞き覚えのある声が一色触発の状態の二人の間に入った。
二人の間に入ったのは和沙だった。
和沙は二人の間に入り、両手でそれぞれが前に出ないように押さえている。
彼女が進んで二人を止めるのは非常に珍しいことで……きっとチームの人に急かされて来たような気がする。
でも……手の位置が少し問題ありかな?
「冬佳、早く来ないとみんなが待ってるよ。それから春香も冬佳を刺激しないで」
「和沙……迎えに来てくれたのは分かるんだけど……」
「和沙、止めてくれてありがとう……でもね……」
「え?」
和沙は冷たい空気が双方から自分に対して出ていることに気づいた様子。
そしておそらく両手に感じる感覚にも……。
「あ……いや、そのこれは……」
「まぁ偶然の事故だし、和沙は同じ女の子だから別に構わないんだけど……」
「でも同じ女の子でも力一杯握るのはどうかと思うのよ」
「おや、春香さん、意見が合いますね」
「冬佳さんこそ。小さくても握られれば痛いんですね」
「当然ですよ。春香さんも小さいのに痛かったようですね」
「ふふふふ」
「ふふふふ」
そして再びにらみ合いが始まる。
そんな二人に和沙は私に救いを求めてきた。
「かえでぇ〜、なんとかしてよ」
「え〜っと……つかみ合いの喧嘩はしないと思うから放っておきましょう」
「かえでぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
冬佳と春香さんの激しい罵倒が聞こえる気がするけど気にしないことにする。

その後、午前中最後の種目としてチーム事に繰り広げられた応援合戦は3組の圧倒だった。
何と言っても応援団長冬佳の格好良さが際だっていた。
双子の姉の私から見てもすごく格好良くて素敵だと思ったもの。
たぶんこれでまたファンが増えるのは間違いなし。
ラブレターの数も鰻登りかな?
本人はすごく嫌がりそうだけど……。


お昼の休憩になり、それぞれ好きな場所で昼食を取ることになった。
そして私と冬佳と春香さんと和沙の4人は校庭の芝生の所でシートを広げてお昼ご飯を食べることにした。
体育祭のお弁当と言うことでお母さんと卯月おばさんの合作。
サンドウィッチをメインに唐揚げやサラダ、卵料理にスパゲティ等々様々な料理が五つの重箱に詰め込まれている。
卯月おばさんは分かるんだけど、お母さんが朝早くに起きてこれだけの料理を作れること自体が信じられない。
でも朝起きたとき、台所にはお母さんと卯月おばさんだけで、お父さんは高志おじさんと話してたから……。
あ、ちなみに卯月おばさん達は和樹君と一緒にお弁当を作ると言うことで前日から泊まりに来てたの。
そう言えば、いつもなら夕飯を食べに来る和沙が来なかったっけ……。
折角ご両親が来たのにね。
理由を聞いても答えてくれないし、つまんない。

「もう応援団長なんてたくさんだよ!」
冬佳はサンドウィッチを食べながら愚痴ってる。
「口に物を入れたまま喋るのは行儀が悪いよ」
「そう言うけど楓……」
「結構ノっていたくせに」
「春香、うるさい!」
「二人ともご飯を食べるときぐらい喧嘩はやめようよ」
にらみ合う二人を和沙が溜め息をつきながら止める。
二人とも午前中の一件の事もあり、今回は和沙の言葉に耳を傾けた様子。

あの後、二人を止めて冬佳を連れて行きたかった和沙は半分泣きながら止めた。
あと1分続いたら本当に泣いていたような気もするけど。
でも二人を止めるには涙が一番だとはっきりしたかも知れない。

「またラブレターの数が増えちゃうね」
「女の子に持てるというのはどういう感じなんだろうね」
「私は普通の彼氏が欲しいな……」
上から私、春香さん、和沙。
ちょっとダウン気味の冬佳をよそに好き勝手話す私達。
「もう人事だと思って……」
「だって人事だもん」
「春香……言いたい放題だね」
「まっね〜」
冬佳は溜め息とついた。
「人気のない部室の一室に下級生から呼び出されて行ってみたらいきなり服を脱ぎだして『お姉様』と迫られたり、放課後忘れ物を取りに教室に戻ったら下着姿の同級生の娘に唇を奪われそうになったり、特別教室の前を歩いていたら突然教室内に連れ込まれてやられそうになったり、保健室にリップクリームを貰いに行ったら先生にベッドに押し倒されそうになったり、一度そう言う経験してみたら?」
そう言いながら冬佳は半目で私達を見る。
「ず……ずいぶんと具体的だよね」
「同性に人気があるというのも問題ありかも」
「やっぱり普通の彼氏が欲しいよぉ」
口々に言う私達の感想に冬佳はあきれ顔だった。


午後になり順調に競技をこなしていき、最終種目を前に1位は冬佳達の3組、そして2位は私達5組という順番だった。
得点差は2点という僅差。
最後の種目−スウェーデンリレーで全てが決まる。
5組のアンカーは水泳部のホープの私。
そして3組のアンカーは人気・実力共にトップだけど帰宅部の冬佳。
他のクラスは3年生がアンカーを務めるけど、ここは実力で順番が決まった。
アンカーで冬佳と戦うことになったことを知ったのは数日前。
その時、私は驚きと嬉しさで一杯だった。
それはやっと冬佳と真剣勝負が出来るという気持ち。
冬佳と競争したのは中学時代以来やっていない。
そして全て私は負けていた。
でも高校に入って2年、私は中学から続けている水泳をやってきて、その半面冬佳は何もやってない。
それがハンデになるかどうかは分からないけど……。
アンカーのポジションで柔軟体操をしている冬佳に話しかけた。
「冬佳……」
「?」
「負けないからね」
「楓のその顔、久しぶりに見たよ。そう言う顔をされたんだ、私も真剣にやらせて貰うからね」
「うん」
その返事に冬佳は軽く笑みを零すと背を向けて柔軟の続きをする。
私も負けじと準備運動を開始した。

そして数分後スタートの合図が鳴った。
第一走者は100mで1年生が走る。
正直団子状態のまま第二走者にバトンが渡る。
第二走者は200mで2年生が走る。
ここら辺で大分ばらつきが出始めた。
ちなみに5組は春香さんで3組は和沙が走っている
この時点で5組は2位、3組は6位。
順位そのままでバトンが第三走者に渡る。
5組は2位をキープしたままだったが、和沙がバトンを渡し損ねて落としてしまった。
3組の順位は一気に10位まで落ちた。
第3走者の走る距離は300m。
3組が何処まで挽回出来るか分からないけど、アンカーの走る距離は400mで距離はあるけどこれだけ離れていれば勝てるかも知れない。
「ずいぶんと差がついちゃったな……全く和沙のドジ」
冬佳の小声だけどはっきりと聞こえる声に私は彼女を見た。
(笑ってる!?)
「楓さ〜〜ん!!」
その直後2位で走ってきた先輩が私を呼ぶ。
私は助走を付けてバトンを受け取ると、今は前を走る10組のアンカーの背を追いかける。
10組のアンカーは陸上部の短距離ランナーらしいけど、私から見たら全然遅い。
最初のコーナーを真ん中のあたりで追いつき抜いた。
そのまま残り約300mを独走態勢に入る。
そして最終コーナーを抜け直線に入ったところで、突然ギャラリーから驚きの歓声が上がる。
その瞬間私の右側を冬佳が走り抜けていった。
「え!?」
私は追いつこうと懸命に走るが引き離されていくだけで追いつくことが出来なかった。
そして先にゴールしたのは冬佳で私は2位で終わった。
その結果はチームの順位へと繋がり、優勝は冬佳のいる3組で体育祭は終わった。



放課後。
着替えをすませた私はグランドにある掲揚台に座り夕日を眺めていた。
「楓」
その声に視線を動かすと冬佳が私を見上げている。
「また、冬佳に負けちゃった」
「和沙がバトンを落としてラッキーと思ったでしょ」
「う……うん」
「それが楓の敗因だよ。私の足の速さは楓が一番知ってるはずでしょ」
「だからって200mの差を300mで0にしちゃうのは冬佳だけだよ」
「当たり前でしょ。他の誰でもない楓に勝負を挑まれたんだもの、いつも以上に真剣にやるよ」
「そこが冬佳の良いところだけど」
私はそのまま冬佳目掛け掲揚台から飛び降りる。
そして冬佳は私はふんわりと受け止めてくれた。
「ね、また機会があったら勝負しよう!」
「その代わり私は絶対に手を抜かないからね」
「当然だよ」
その時、私はふと思った。
「でも……胸の重さで私の方が不利だよね」
私の言葉に冬佳は私を引き離し方を震わせている。
「それは私の胸が小さいと言うことかな?」
「事実でしょ」
「あのねぇ〜〜〜!!」
私は冬佳の手を振り払って逃げ始める。
冬佳も私を追って追いかける。
放課後のグラウンドに残る他の生徒達は物珍しそうに私達を見るけど、私はそれでも構わなかった。
冬佳とこうして楽しい時間を過ごすことが出来るのだから。

「楓〜冬佳〜帰るよ〜〜」
その声にそっちを向くと私達の鞄を持った春香さんと和沙が立っていた。
私は春香さんの方へ駆け寄ると、冬佳から隠れるように彼女を盾にした。
「春香さん、ごめんなさい!」
「え? ちょっと楓?」
「春香〜〜覚悟〜〜〜〜!!」
「え、冬佳? なんで〜〜〜〜〜〜〜〜〜???」

ぽっこ〜〜ん!!

とてもいい音がグランドに響く。
見ると春香さんが頭を抱えうずくまっている。
「あ〜いい運動した」
「冬佳、やりすぎだよ」
「だって楓が春香の後ろに隠れるからだよ」
「えへへへ」
「二人ともむちゃくちゃだよ」
私達に和沙が呆れた声を出す。
すると春香さんが小さく呻く。
「あ……」
「「「あ?」」」
「あんた達、何をかんがえてるの!!!」
「春香さん、本気で怒ってる〜」
「ちょっとやりすぎたか……逃げるよ二人とも!」
「了解!」
私と冬佳は鞄を持つと空いている手で和沙の両脇から掴んだ。
「え……な、なんで私まで?」
「「いいから!!」」
半分笑いながら私達は春香さんから逃げる。
そして本気で怒っている春香さんは「まて〜〜〜〜〜!!!!!」と叫びながら私達を追いかけた。

追記:その追いかけっこは夢園荘に着くまで続いた。



→ NEXT


<あとがき>
絵夢「ということで体育祭でした」
恵理「体育祭って普通秋にやるもんじゃないの?」
絵夢「うちの高校は春にやった。秋は文化祭とか修学旅行があるからいろいろとたいへんなんだよ」
恵理「あ〜納得」

恵理「楓ちゃんの意外な一面が発現したね」
絵夢「意外というかあの家族の一員である以上当然かと」
恵理「なるほど……冬佳ちゃんが相変わらず人間離れしてるけど」
絵夢「いつものことだし」
恵理「そんなあっさりと(汗」

絵夢「そんなわけで次回「六月(二)」よろしく〜」
恵理「時期的に梅雨の話かな?」
絵夢「さてさていかにたこにこうご期待」
恵理「まったね〜〜」