NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

八月(一)


「生き返る〜〜〜〜〜〜」
私は喫茶ノルンのクーラーに一番近いテーブルを陣取りぐた〜としている。
絶対にこんな真夏のしかもぴーかん晴れの日に外に出る物じゃない。

時間は午後1時。
私−早川麗奈は大学の図書館まで借りていた本を返しに行き、また新たに5冊借りて帰ってきたところなの。
簡単に5冊と言ってもどれも郷土史ですごく厚い本なので持って運ぶだけでも一苦労。
ホント、腕が太くなりそうで鬱が入りそうだよ。
そんなわけでここで休憩していると言うわけなんだ。

「大丈夫ですか?」
家の手伝いをしている和樹君が水とお手ふきをテーブルに置いて心配そうに聞く。
「あ〜大丈夫、大丈夫。ちょっとばてただけだから」
私は力無く笑いながら言う。
「それならいい……の……です……が………」
和樹君は何故か俯いてしまっている。
私は首をかしげると、ふとノースリーブのシャツの隙間から下着の肩ひもが出ていることに気づく。
そしてもう一度和樹君を見てにたりと笑うと、少しだけ胸の谷間が見える程度にボタンを外す。
「ねぇか〜ずき君」
「はい?」
パッと顔を上げると和樹君は再び固まってしまった。
視線は谷間を見たままなのは一目瞭然だ。
う〜〜可愛い!!

”パコ〜〜ン!!”

店内に乾いた金属音が響く。
他のお客さんが一瞬こちらを見るが、また自分たちの時間に戻る。
この店ではこういう光景が日常となっているため常連は気にしていない。
そして私はと言うと後頭部を押さえてテーブルに突っ伏した。
涙目で顔を上げるとそこには額にこめかみに血管を浮かばせた高志さんがお盆を持って立っている。
「お客さん、あまり息子を誘惑しないで頂きたいのですが」
「誘惑してないですよ〜〜!!」
私の抗議に高志さんはフッと笑うと「冗談だと言うことは分かっている」と言ってカウンターに戻っていった。
そしてそこでは今日はメイド服に身を包んでいる奥さんの卯月さんがクスクスと笑っている。
「私……遊ばれてる?」
「遊んじゃいないさ。ただだんだん澪に似てきたなぁって思ってな」
カウンターから高志さんは私の疑問に答えてくれたけど、よりによって母に似てきたなんて……。
私はショックで再びテーブルに突っ伏した。
「あの……ご注文は?」
まだテーブルの横にいた(と言うか存在を忘れてた)和樹君がおずおずと聞いてくる。
「えっと……アイスコーヒー」
「はい、分かりました」
和樹君は伝票に書き込むと高志さんの所へ持って行く。
そのあと卯月さんと一言二言言葉を交わすと奥へと入っていった。
おそらくお昼の時間も過ぎて客も少なくなったので遅めの昼食を取りに行ったのだろう。

数分後、クーラーの冷気にあたって身体の中に溜まった熱を放出していると卯月さんがアイスコーヒーを持ってきた。
「お待たせしました。どうぞごゆっくり」
決まり文句を言いテーブルに置いたところで、私はふと気になったことを聞いてみた。
「和樹君はどちらに似たんでしょうか?」
その質問に卯月さんは一瞬きょとんとしてクスクスと笑う。
瞬間、私は変なことを聞いてしまったと後悔して慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいわよ。そうねどちらに似たかと聞かれれば和樹は私かな?」
「え、でも……」
私は困惑する。
だってこんなに明るくはっきりと話す卯月さんに和樹君が似ていると言われても……。
「私がこんなにはっきりと話すようになったのは恵理に会ってからなの。それまでの私ってすごく内気で無口で大変だったんだよ」
その言葉に私はいつ会っても元気が有り余っているとしか思えない恵理さんの姿を思い浮かべて納得した。
「あ、今すごく納得したって顔をしてる」
私は慌てて表情を改める。
そんな私の様子に卯月さんはまたクスクスと笑う。
「すぐに顔に出るところ、本当に澪さんにそっくりよ」
「うう……そうですか?」
「あら、お母さんに似ていると言われるのは嫌?」
「嫌というか……ちょっと……」
「でもこればっかりは仕方ないと思うわよ」
「そうですか?」
「ええ。ところで和沙、元気でやってる?」
卯月さんは急に声のトーンを変えて和沙ちゃんのことを聞いてきた。
「はい、元気にやってます。冬佳ちゃんに振り回されているようですが……」
冬佳ちゃんに振り回されていると言うところで卯月さんは苦笑を漏らす。
「まぁ仕方ないわね……うん、ありがとう。それではごゆっくり」
そう言い残すと卯月さんはカウンターの方へと戻っていく。
私は卯月さんの後ろ姿を眺めながら、和沙ちゃんは高志さん似なんだろうなぁと考えていた。


”カランカラン”
入り口の扉が開き店内にカウベルの音が響き渡る。
その音にパッと顔を上げると、ひじょ〜〜に見覚えのある男が入ってきた。
ハンカチで汗を拭いながら「生き返る〜」とか高志さんに「アイスコーヒー一つ」と言う彼をじ〜っと私は見る。
その視線に気づいた彼は私の顔を見るなり少し怯えた表情になる。
私は無言で向かいの空いている席を指差すと彼は肩を落としてこちらに歩いてくるとそこに座った。
「久しぶりだね〜」
私はニコリと笑いながら言うと、彼は私と目を合わさないように口をひらく。
「なんで麗奈がここにいるんだよ」
「あら〜いちゃいけないわけ? 孝義こそ私服で喫茶店に来てるじゃない」
「いや、俺は今日は非番だから……」
「ふ〜ん」
「本当だよ……」
少し涙目になっているので私はそれ以上攻めることを止めようかなぁと思った。

彼は私より3歳年上の兄で早川孝義。
職業は警察官で現在駅前の交番で市民の為に頑張っている。
昔から私がいじめ抜いたことから警察官になった今でも私にだけは頭が上がらない。
まぁトラウマと言う奴だと思うけど、正月に帰省したときに柔道のまねごとをして一本背負いで勝っちゃったんだよね。
現役警察官が女子大生に負けるかな……ちょっと考えちゃう。

その後、卯月さんが孝義のアイスコーヒーを持ってきたが、私達は言葉を交わすことなく自分の分を飲んでいた。
私は自分の分を飲み干すと身を乗り出し孝義に接近する。
「な……なに?」
孝義は私の突然の行動に戸惑っているようだ。
と言うかなぜそこで戸惑うんだろう?
私は軽く溜め息をつくと、小声で話し始める。
「前に頼んでいた事分かった?」
その言葉で私が何を望んでいるのか理解したようだ。
「ああ……古い所で13、4年ぐらい前かな。空を飛ぶ人の姿が目撃されていると言うのが……」

”ガチャンッ!!”

孝義が「あったよ」と言うと同時に店内に鳴り響いた音。
それはカウンターの中で高志さんがコップを落とした音だった。
高志さんと卯月さんは一緒になってお客さんに謝っているけど、コップを落とすなんて珍しい光景だなぁと思う。
しかし、それよりも孝義の話の続きが気になる私は気を取り直して孝義を見た。
私が孝義に頼んだことと言うのは、この街で起こる不可解な事件や記録を調べてきて欲しいという物。
もしかしたらその中に私が調べているカムイの伝承に繋がる物があるかも知れないと踏んでいるからだ。
「で、それって本当に人なの?」
「いや、100番通報の記録だけだから……実際警察の方でも鳥の見間違いと言うことで片づけられたみたいなんだ」
「ふ〜ん……」
孝義は笑いながら言うが、私は気にすることなく腕を組み少し考える。
カムイの伝承の中に風の力を封じ込めた石を持つ者は空を自由自在に飛ぶことが出来ると言う話が書かれている。
もしかしてその『石』が現在まで伝わっているとしたら……。
私はパッと顔を上げ孝義に礼を言う。
「ありがとう。それ良い情報だよ」
「良い情報って、また『カムイ』とか『四つの石』とか言う奴か?」

”ガチャンッ!!”

今度は卯月さんがコップを落として割ってしまった。
今日は2人とも考え事でもしてるのかな?
それはともかく……。
「これは私の卒論のテーマと決めてるし、もしかしたら生涯のテーマになりそうだし、面白そうじゃない?」
「まぁ麗奈のやることだから俺や親に迷惑をかけない限り別に構わないけど……」
「そう言うわけで、また何かあったら教えてね」
「まだかよ!」
「当然じゃない。警察ほど情報が集まりやすい所は無いんですからね」
「だからってなぁ……」
「その代わり、当然のことだけど両親には迷惑をかけないから大丈夫」
「そう言う問題じゃ……」
「な〜に〜〜」
はっきりしない孝義を睨む。
「いえ、なんでもないです」
「よろしい」
何故か孝義は肩を落としてうなだれるが気にしないことにする。
……理由は分かっているけどね。
「それじゃ、私は行くわね」
私は自分の荷物と2人分の伝票を持つと立ち上がった。
「それ、俺の……」
「情報料よ」
そう言い残すと颯爽と歩き出す。
う〜ん、私って格好いいかな?



「カムイの謎、絶対に解いてやる!」







<おまけ>
「おい、夏樹」
「ん?」
「睦月ちゃんとまなみちゃんを助け出したとき飛び回ったろ」
「それ、何年前の話だよ」
「見られていたらしいぞ」
「………まじ?」
「警察の記録に残っていたらしい」
「まぁあれから空を飛ぶ用事も無いから大丈夫だろ」
「それならいいが……」
「ところで夫婦で仲良く指を怪我してどうしたんだ?」
「これは……まぁ色々と」
「ええ……色々とあったのよ」
「色々ねぇ……」
「「うん」」



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<あとがき>
絵夢「約半年ぶりの復活〜〜」
恵理「長すぎるわ!!」
絵夢「いや〜モチベーションが上がるまでに時間が掛かるんだよ」
恵理「だからってね……主人公の冬佳達が全然出て無いじゃない!」
絵夢「たまにはそう言う話もありだろう」
恵理「きっと怒るよ」
絵夢「次は出るから大丈夫」
恵理「本当に?」
絵夢「さぁ?」
恵理「(汗)」

絵夢「それでは次回もどうぞお楽しみに〜」

恵理「大丈夫かなぁ」
絵夢「気にするな」