NOVEL



ファンタシースターオンライン
『未来へのプロローグ』

第八話 「機械の身体って不便だよね」


道を急ぐハルカ達はセントラルドームに続く最後の扉の前で泣きながらナツキの名を呼び続けるソラの姿を見つけた。
「ソラちゃん?」
真っ先に気づいたハルカは彼女に近づき呼んだ。
その声にソラは顔を上げハルカを見る。
真っ赤な目と頬に残る涙の後。
両手は扉を叩き続けた結果、皮膚が破け血で真っ赤に染まっている。
「あ……フローラさん……それに二人とも……」
「ソラちゃん、ナツキは?」
「この向こうです。でも向こう側からロックされて開かないんです」
ハルカの問いに力無く答えるソラ。
扉を一瞥すると「シールドか……」とつぶやいた。
扉にテクニックとフォトンに対するシールドが張られていることを見抜く。
「大佐、何とかなりますか?」
ハルカはすぐにフォクシーに聞いた。
「大丈夫です。おい!」
フォクシーは後ろに控える部下の一人に開けるよう命じた。
命じられた部下は扉の右の柱にある制御板を開けると、自分の端末と繋ぎ操作する。
その間、ハルカはソラの傷ついた両手を軽く持つとレスタを唱えた。
それは骨折はしていない物の一回のレスタでは回復仕切れないほど傷であった。
「こんなになるまで……」
「フローラさん……私、足手まといなんでしょうか……」
ぽろぽろと涙を零すソラにハルカは優しく言う。
「そんなこと無いよ。ソラちゃんはナツキがパートナーに選んだ娘なんだから」
「でも!」
反論しようとするソラをハルカは止め、厳しい表情でドームを見る。
ソラもそしてその様子を見ていたカエデやエアも一緒にドームを見上げた。
ドームからは今も銃声と爆発音が響いている。
「それよりも今はあの娘を止めなきゃいけない。たぶんあの娘は死ぬ気だと思うから……」
「「「え!?」」」
3人は一斉にハルカを見た。
「相手を殺して……そして自分も……だからその前に止めなきゃいけない」
「開きました!」
扉の開鍵を担当していたフォクシーの部下が大声で叫んだ。
そして扉はゆっくりと開いていく。
ソラはハルカの手を振り払うと、急いで扉の向こう側へ駆けていく。
その時ドームから四発の銃声が鳴り響き、その音を最後にドームから何も聞こえてこなくなった。
「まさか!!」
ハルカもソラに続いてドームへと向かう。
それに続くように他の者達も後を追った。

「ナツキさん!!」
ドームの入り口に辿り着いたソラは、大声でナツキの名を呼んだ。
ソラに続きハルカ達も入り口に着くと同時にナツキの名を呼ぶ。
だが彼女からの反応はない。
彼女達はジッと目を凝らし中の様子を伺うとほぼ中央で動く人影があった。
それは紛れもなくナツキだったが、彼女はソラの方を向くことなく、少し離れた所に倒れている者−山猫へと近づいていく。
疑問に思ったハルカ達は周囲に警戒しながらナツキに近づいていこうとした。
その時……。

”ドキューン”

後数メートルまで近づいたとき一発のフォトン弾が彼女たちの足下の地面を打ち抜いた。
「!?」
ハルカ達は驚き足を止める。
ナツキは視線を目の前の四肢を打ち抜かれ倒れている山猫に向けたまま、右手に持つ豪華に宝飾されたハンドガン−ヴァリスタの銃口をこちらに向けていた。
そしてドーム内にナツキの低く静かな声が響く。
「近づかないで……」
「ナツキ!」
ハルカはナツキを止めようと氷系テクニックを唱えようとした。
だがそれよりも早くハルカの足下の地面をフォトン弾が打ち抜く。
「何もしないで……」
「……ナツキ」
ハルカはナツキがハンドガンを右手で持っている時点でテクニックを唱えることが出来ないことを知っていた。
それでも試さずにはいられなかった。
ナツキを止めることが出来ればと……。
(でもさっきのもそうだけど今のは通常のフォトン弾とは違うような……)
ハルカが自分たちを撃った二発のフォトン弾に疑問を持っているとソラが一歩前に出た。
「ナツキさん、止めてください!」
ソラが叫ぶが、ナツキは反応を示さない。
ソラもまたナツキを止めようとテクニックを唱えようとしたが、それはすぐにハルカに止められた。
「フローラさん!?」
「ナツキがハンドガンを右手に持つのは本気の現れ……邪魔すれば私達ですら……」
「そんな……」
ソラはナツキを見つめるハルカの横顔を見た。
それはすごく悲しい目をしていた。
(利き手とは違う左手でハンドガンを持つのは、右手に持つハンドガンは形見のヴァリスタだけだから……)
ハルカは心の中で10年前にナツキの言った言葉を繰り返した。
「フローラ殿」
背後からフォクシーが声をかけてきた。
「大佐、すみませんがこのまま事が済むまで待機していていただけませんか」
「しかし、それでは……」
「邪魔をすれば、相手がたとえ私達であっても撃ってきます。動きを止めるために地面に撃った2発のフォトン弾がその証拠です」
「分かりました」
そう言うとフォクシーは背後に控える部下に絶対に動かないよう命じた。
「ありがとうございます、大佐」
ハルカの言葉にフォクシーは頷いた。

ハルカ達が自分の邪魔をしないと判断したナツキはゆっくりと、ヴァリスタの銃口を仰向けで倒れる山猫に向けた。
「あの時と立場が反対になったね」
ナツキを見上げながら苦しげに山猫は言う。
「そうだね」
「早く撃ったらどうだい。生かしておけば今度はあたしがあんたを付け狙うよ」
「安心して、このマスターの形見のヴァリスタで殺してあげるから」
山猫は覚悟を決めたのか目を閉じた。
「あんたを殺しておけば良かったのかもしれないな……」
そう言うと自嘲気味の笑みを浮かべる。
そんな山猫をナツキは冷たい目で見下ろす。
「サヨナラ」
そう言うとゆっくりと引き金を引く。

”ドキューン”

その銃口からフォトン弾が発射された。
だがフォトン弾は山猫の身体を貫くことなく、光となってわずかな時間だがその身体全体を包み込んだ。
すると彼女の身体が一瞬ビクッと反応し、それっきり動かなくなった。
それを見ていたナツキは信じられないと言った顔をして、銃を構えたまま固まった。
そしてうわごとのように「なんで……」と何度もつぶやいている。
その状態が1分ほど続くとハルカは山猫の確認をするようにフォクシーに頼み、ハルカ達はナツキに近づいた。
フォクシーも山猫の確認を部下に命じるとハルカに続いた。
フォクシーの部下がナツキの脇を恐る恐る通り過ぎ、山猫に近づく。
だが、その間もナツキはぴくりとも動くことなくつぶやき続けている。
そして山猫に近づいた部下達から彼女の生存が告げられた。
その報告にソラ達は驚いたが、ただ一人ハルカだけはホッと胸を撫で下ろした。
「大佐、山猫をよろしくお願いします」
「はい、ご協力感謝します」
フォクシーはそう言うと、部下に命じ山猫を拘束しそのままパイオニア2へと帰還した。

「ナツキ……」
山猫が連れて行かれた後もその場から動かないナツキにハルカは後ろから声をかけた。
「……なんで……」
「うん?」
何度もうわごとのように言うナツキの言葉にハルカは優しく聞いた。
「なんでエクストラなの……なんでこんな時にエクストラショットなの……」
「やっぱりそのヴァリスタにはセフティーシステムが組み込まれていたのね」
それは誤射を防ぐために生命反応に反応するシステム。
これにより通常攻撃からエクストラショットと呼ばれる特殊攻撃に自動的に切り替わる。
エクストラショットは主に相手を行動不能にするだけのものがほとんどで、ナツキが使用したヴァリスタのエクストラ効果は麻痺であった。
「こんなんじゃマスターの敵を取る事なんて出来ないよ……」
ナツキは右手に持つ主人の形見のヴァリスタを胸に抱きしめその場に座り込んだ。
ハルカはナツキの顔が見えるように彼女の前に屈んだ。
「ナツキ、これで良かったんだよ」
「良くないよ! 私はこのために10年間生きてきたんだよ。それなのに……私のこの10年って何だったの?」
「きっと、スライダーさんはあなたに人を殺めて欲しくなかったんだよ」
ハルカはナツキが胸に抱くヴァリスタの銃身にそっと触れ言う。
「たとえどんなことがあっても……。
だからそのヴァリスタにはセフティーシステムが組み込まれていたんだよ」
「でも……でも私は……」
「『ハンターズはどんな理由があっても人を殺めてはいけない』……20年前、まだハンターズに成り立てだった私にそう教えてくれたのはあなたなんだよ」
「ハルカ……」
「それにナツキ、あなたのこれまでの10年は決して無駄じゃないよ」
「?」
ハルカは今にも崩れそうなナツキをそっと抱きしめた。
「この10年はあなたが生まれ変わるために必要な時間だったんだよ。あなたがあなたとして、ナツキ・スライダーとして生きるために」
「私が……私として……」
「そうだよ。この10年であなたはいろんな人たちと出会ったでしょ。そして今もあの娘達があなたを慕って、ここまで迎えに来たんだよ」
ナツキはゆっくりと後ろを振り向くとソラとカエデとエアの3人が優しく微笑んでいる。
「私、たとえナツキさんがどんな人でもナツキさんの事が好きです」
ソラは少し照れたように言う。
それに続いてカエデとエアも口を開く。
「私も好きです。いつも怒ってて怖いけど……」
「カエデってば……。ナツキさん、私も同じ気持ちです」
「3人とも……」
「ほらね」
ナツキは再びハルカを見る。
「私……」
ナツキはそこで言葉を詰まらせ、身体を小さく震わせた。
「ナツキ?」
「ハルカ……機械の身体って不便だよね」
「?」
「泣きたいのに……涙を流すことが出来ないんだもん」
「いいよ、思いっきり泣いて……ずっと我慢してたんだから、今だけは泣いて良いんだよ」
ハルカのその優しい言葉にナツキは堰を切ったように彼女の胸に抱かれ泣いた。
その声は広いセントラルドームにいつまでも響いた。



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<あとがき>
絵夢「ようやく決着が付きました」
恵理「最後の最後で……ナツキってば可哀想」
絵夢「最初から持っていたハンドガンは弾切れ、両肩の装甲にはセイバーとWセイバーが収納されていたけどこだわりから出すことすらしなかったからね」
恵理「もしセイバーを出していたら?」
絵夢「最初の一撃で決まってる」
恵理「ほわぁ、だったら何で?」
絵夢「それが『こだわり』ってやつなんだよね」
恵理「う〜ん、そういうの私にはわからないよぉ」
絵夢「これはナツキ本人にしかわからないだろうね」
恵理「そっか……」

恵理「質問!」
絵夢「はい、恵理君」
恵理「ハルカが20年間にナツキに『ハンターズは人を殺めてはいけない』と教えられたとあるよね」
絵夢「うん」
恵理「でもナツキは10年前まで普通(?)のメイドをしてたんだよね」
絵夢「うん」
恵理「なんか計算が合わない気が……」
絵夢「さ〜て次回はエピローグです」
恵理「お〜い」
絵夢「みなさん、おたのしみに〜」(脱走)

恵理「……逃げたな」