NOVEL



ここは夢園荘

空の章

机の上には白い紙。
何も描いてない綺麗な紙。
悩んでいてもしょうがないので鉛筆を走らせる。
気に入らずに消す。
そしてまた描く。
そして消す。
描く。
消す。
描く。
消す。
描く。
消す。
描く。
消す。
描く。
消す。
描く。
消す。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
後に残るは汚くなった紙だけ。
「だ〜〜〜〜デザインが思い浮かばないよぉぉ〜〜〜〜!!」
紙を丸めてゴミ箱に捨てながら叫んだ。
「姉さん、うるさいです」
台所で夕食の準備をしている2つ下の妹のみなもに怒られた。うう……。
「だって……」
「だってじゃないです。いくら隣の里亜さんが美亜さんの所に入り浸りで誰もいないからって、上にはちゃんと由恵さんがいるんだからもう少し静かにしてください」
「……はい」
うう……みなも、怖い(;_;)

私の名前は陽ノ下空。
高校入学と同時にこの夢園荘−通称『ドリームガーデン』に来た女の子。趣味は裁縫とどこにでもいるごく平凡的な可愛い女の子。
現在、203号室に在住。
それでさっきから口うるさいこの娘が妹の陽ノ下みなも。隣の204号室に住んでるの。
私が高校入学と同時に1人暮らしをすると聞いて、中学校を転校してまで追いかけてきた私のたった1人の妹。
きっと私が家からいなくなると聞いて寂しくなったに違いない。もう可愛いところあるんだから。

「ずぼらな姉さんの世話をお母さんから頼まれただけです」
「え……聞いてたの?」
「姉さん、独り言がだんだんひどくなってきてるみたいですよ」
うう……みなもの言うとおりさっきのは嘘です。全部私の妄想です。
本当はいい娘なんだけど、家の中のことに厳しい娘なんです。
「姉さんが、だらしないだけです。姉さんも女性なんですからせめて部屋の掃除ぐらい自分でやって下さい」
「わ、私だってやるときは……」
「やるときは何ですか?」
「みなもちゃん、そんなジト目で見ないでぇ」
「はぁ……今に始まった事じゃないので良いですけどね。ご飯にしましょうか」
みなもは半ばあきらめモードでテーブルの上に夕飯を並べる。
「せめて料理ぐらいできるといいんですけどね」
「私だって料理ぐらい……」
「お弁当を暖めるだけ」
「それは疲れてたから……」
「レトルトをオーブンに入れるだけ」
「世の主婦だってそのぐらいの手抜きは……」
「インスタントラーメンをそのまま食べる」
「それは作るのが面倒で……」
「お米をといでと言ったのに、いきなり洗剤で洗おうとした」
「そ、それは……」
「いくらなんでも学校の家庭科でもお米の炊き方は教えますよ、姉さん」
「みなもちゃ〜ん(;_;)」
「お母さんが姉さんに料理を教えなかった理由が、ここ2年で分かった気がします」
「……裁縫は得意だから良いの。それに料理の上手な彼氏見つけるから良いもん」
私のささやかな反撃。
「当てはあるんですか?」
みそ汁に口を付けながら私に言う。
「……(;_;)」
反撃を軽く交わされた私は涙を流しながらご飯を食べる。

「ところでデザインが浮かばないってうなっていたけど、全然ですか?」
「……全然」
夕飯を食べ終わり、みなもは食器を後かたづけをしながら机の前で悩んでいる私に問いかけてきた。
「また夏樹さんにお願いしてみたらどうです?」
「う〜〜ん……」
「下手な見栄を張って自滅してるよりかはマシだと思いますよ」
「見栄ってみなもぉ」
「事実でしょ」
みなもはすぱっと言い切る。
それに反論できない自分が悲しい。
今、私が悩んでいるデザインというのは、来週の日曜日に行われる同人誌即売会で着るためのメイド服なの。
私は高校の友人と同人サークルをやっていて、その時売り子としてメイド服を着てるの。客引きの意味もあるんだけどね。
それにお手伝いとしてみなもも引き吊り込んでるというわけ。
みなもが言っていた『夏樹さんにお願いしてみたら』というのは、いつもは夏樹さんに服のデザインをお願いしてるわけ。
夏樹さんってなぜかメイド服とかのデザインが得意らしく、今まで何種類も描いてもらったの。
そのデザインから私が型紙を起こして形にする。型紙からだとだいたい1週間ぐらいで完成かな?
なぜ今回は頼まないかと言うと夏樹さんに『今回は私1人で全部出来ます』と大見得切っちゃったからなの。うう、自己嫌悪。
「時間も無いし、前回作った服にする?」
「私はそれでも良いんだけど、みなもにはどうしても新しい服を着て欲しいから……」
「姉さんが私の為に服を作ってくれるのは嬉しいけど、それで姉さんが体を壊したりしたら嫌です。だって私の大切でそして 大好きな 姉さんなんだから……」
今みなも何て言ったの?
「今、大切なのあと、何て言ったの?」
「な、何でもないです」
みなもが珍しく慌ててる。
慌てるみなもも可愛いかも(*^^*)
「とにかく、夏樹さんにお願いしてみたらどうですか。夏樹さんだって無下に断ることは無いと思います」
「そうかな……それみたことかなんて思われたら……」
「夏樹さんがそんなに心の狭い人だと思いますか?」
「……思わない」
「それでは行きましょ」
「どこに?」
「夏樹さんの所」
「今から?」
「はい」
「で、でも……」
「デザインさえあればそこから形にするのに1週間。イベントは来週なんだから時間がほとんど無いと思いますよ」
「うん、そうなんだけど……」
「とにかく行きますよ」
どこにそんな力があるのかみなもは私を半ば引きずるように部屋を出た。

「いいよ」
私達が訪れたとき、ちょうどテレビを見てくつろいでいた夏樹さんは私達のお願いに二つ返事でOKしてくれた。
「でも私、大見栄きってあんなこと言ったのに……」
「いいって」
夏樹さんは優しく微笑んでくれた。
この微笑みってある意味犯罪かも。彼女持ちで無かったらアタックするのに。
「今回断ったのも、みなもちゃんに自分のデザインした服を着てもらうと言う夢を実現したかったからだよね」
「そうだったの、姉さん?」
「夏樹さんに隠し事出来ないですね(^^;」
「自分の納得のいく物をじっくり時間をかけてやっていけばいいと思うよ。その際アドバイスはするし」
「ありがとうございます」
やっぱり夏樹さんって大人だなぁって思う。惚れ直しちゃった。
彼女持ちであることが残念だよぉ。
「と言っても今からデザインを起こすとなっても時間がないな……」
「迷惑かけちゃってますね……私……」
「そうだ高校時代に文化祭でやった喫茶店の時のデザインがあるけどそれを使ってみるか?」
「へ?」
「デザイン的にオーソドックスなものだけど、その時以外発表してないし大丈夫だと思うけど。見てみる?」
「はい!」
思わず大きな声で返事をしてしまった。
夏樹さんもみなももちょっと苦笑を漏らしてる。うう……恥ずかしいよ……。

そうして夏樹さんが見せてくれた2点のデザイン、両方とも甲乙付けがたいほどの出来で凄く良かった。
なんでも片方は当時多数決で没になったデザインらしく、私はそちらのデザインを借りることにした。
発表の場が文化祭とは言え、やはり未発表作品の方を使いたかったからだ。
この夜から私は服づくりをはじめた。
昼間は学生故に学校、夜は3時4時まで服の制作と忙しくも寝不足な1週間。
むろん学校では完全に熟睡してたんだけど(^^;

日曜日の夜明け前、服は完成した。
時間が無くて1着しか作れなかったけど、みなもが着てくれるんだからそれで良いと思う。
「姉さん、おはよう」
ちょうどその時、みなもがドアを開けて入ってきた。
「おはよ、みなも」
「完成したんですね」
窓際に掛けてある新しい服を見て、みなもが喜びの声をあげる。
その顔を見たらこの1週間の苦労が報われた気がした。
「着てみる? みなものサイズには合わせてあるけどやっぱり実際に着てみて微調整しないとね」
「はい」

「ねぇみなも……」
エプロンの紐を後で結びながら言う。
「なんですか、姉さん?」
「ありがとう」
「え……?」
「みなもでしょ、夏樹さんにデザインを起こして欲しいって言ってくれたの」
「私……知らない……けど……」
「みなもはホントに嘘つくの下手だよね。それにあのデザインが描かれた紙、真新しいんだもん。分かるよ」
「ごめんなさい……私……」
「これでよしっと。きついところ無い?」
「うん、大丈夫……です……」
みなもはいたずらがばれた子供のように俯いて私の方を見ない。
私はみなもを後からそっと抱きしめた。
「だからありがとう」
「姉さん……」
「やっぱり私ダメなお姉ちゃんだね。いつもいつもみなもに苦労させちゃって……ごめんね……」
「ううん、そんなこと無い。私、お姉ちゃんの事大好きだから……」
「久しぶりに『お姉ちゃん』って呼んでくれたね」
「あ……」
みなもは慌てて口を押さえる。
「良いの、私もみなものこと大好きだよ」
「ありがとう、姉さん」
「もう『お姉ちゃん』って呼んでくれないの?」
「きっと、そのうち、です」
「そのうち……ね……」
「はい。そろそろ朝食作りたいので脱ぎますよ」
「あ、うん。分かった」
今まで抱きしめていたみなもを解放する。

2時間後……時計は8時を差した頃。
私達は駅前で大きな鞄を持ってサークル仲間を待っていた
「私ね、高校出たら服のデザイナーを目指そうと思う」
「いきなり……」
みなもは私の突然の発表に目を丸くしている。
「いきなりってわけじゃないんだけどな……(^^;」
「だって今まで一度もそんなこと言ったこと無いですよ」
「どうしても夢を実現したから」
「え……」
「今回のことでその思いがいっそう強くなったの。だから出来たとき、真っ先に着てくれる?」
「ハイ、私も姉さんがデザインした服を着てみたいです」
その時、みなもの嬉しそうな笑顔がまぶしかった。同時にやっと夢の第一歩が踏み出せたそんな気がした。


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<あとがき>
恵理「空ちゃん、可愛いよね。妹思いで……ところで本当にこの『早瀬夏樹』さんって何者なの」
絵夢「少なくとも私でないことは確か」
恵理「1話の二つ名のことと言い、今回の服のデザイン能力と言い、彼女持ちと言うこと言いってこれはどうでも良いか。でもなんかまだまだ出てきそうだよね」
絵夢「彼は他のキャラ以上に裏設定が豊富だからね」
恵理「その都度その都度つっこむから良いか……ところで今回私の出番は?」
絵夢「無し」
恵理「なんで〜〜〜」
絵夢「だって陽ノ下姉妹と共通点が無いだろ」
恵理「そうなんだけど……私の登場を楽しみにしてるってファンもいるし」
絵夢「時期が来たら、としか言えないな」
恵理「けち」
絵夢「何か言った?」
恵理「それでは皆さん、次回までお楽しみに〜〜」
絵夢「ごまかしに逃げたな」