ここは夢園荘
睦月の章
「卯月お姉ちゃん、いいなぁ……」
夢園荘の管理人の夏樹お兄ちゃんに連れられて、卯月お姉ちゃんの嫁ぎ先(本当はまだだけど)の喫茶ノルンに来た私は、カウンター席からお店を手伝う卯月お姉ちゃんの仕事ぶりを見て思わずそうつぶやいてしまった。
「え……いきなりどうしたの?」
卯月お姉ちゃんはきょとんとした顔で私に聞き返す。
「別に……」
紅茶を飲みながらつまらなそうに言う私に卯月お姉ちゃんは首を少し傾げ『?』の顔をしたけど、カウンターから高志お兄ちゃんに呼ばれてすぐに仕事に戻っていった。
私の名前は水瀬睦月、水瀬神社の三女。
卯月お姉ちゃんの駆け落ち騒動から約3ヶ月、時々こうして夏樹お兄ちゃんに連れてきてもらって様子を見に来ている。
1人でも来ることが出来るけど、一応校則に『喫茶店等は保護者同伴の元に』と書いてあるから律儀に守っている。
中2にもなってこういうのを守ってる私ってもしかして天然記念物かも……(-_-;;
「どうしたの?」
私の横でコーヒーを飲んでいた夏樹お兄ちゃんが聞いてきた。
そういえば夏樹お兄ちゃんっていつもコーヒーを飲んでるよね。
私が知ってる限りここにいると確実に4〜5杯は飲んでる感じ……コーヒーは飲み放題だからって胃は大丈夫なのかな?
「?」
ジッと夏樹お兄ちゃんの顔を見て脱線したことを考えている私を不思議そうな目で見ている。
私は気づくと慌てて視線を手元の紅茶に移した。
「別に大したことじゃないから……」
「そう……」
沈黙。
「自分でも分からないの……」
夏樹お兄ちゃんに聞こえるぐらいの小声でつぶやいた。
「胸の当たりがもやもやする、そんな感じ?」
「……うん」
そして再び沈黙。
そうしてもやもやとした気持ちのまま紅茶を飲んでいると、隣から店の静かな雰囲気とはかけ離れた着メロが流れた。
「おっと、ごめん」
夏樹お兄ちゃんは懐から携帯を取り出すと、そのまま入り口の公衆電話付近まで移動する。
「夏樹も変わった着メロを入れてるな……」
高志お兄ちゃんがぼそっとつぶやく。
「今の曲って流行り曲とかじゃないですよね……」
ふと疑問に思ったことを口に出した。
「高志さん、今の曲って何なんですか?」
卯月お姉ちゃんも疑問に思ったらしく高志お兄ちゃんに聞く。
「ワーグナー作曲、ニュルンベルクのマイスタージンガー」
「「?」」
「クラシックだよ」
二人して小首を傾げる私達の様子にあきれたように言う。
「「ああ、なるほど」」
「学校で習ってないのか?」
「習ってない」
「芸術科目は美術を専攻」
「……ま、いいけど……さ……」
即答する私達に高志お兄ちゃんは頭を抱えた。
「なぁにぃぃ!!」
入り口付近で電話をしていた夏樹お兄ちゃんの大声が見せ中に響き渡る。
着メロの時は反応しなかった他のお客さんもこの声に一斉に彼の方を振り向いた。
さすがに注目を浴びてしまって、ばつが悪かったのかこちらの方に申し訳なさそうに一礼すると、後を振り向いて今度は声を潜めて話を続けた。
「夏樹さんがあんな大声をあげるなんて珍しいですね」
卯月お姉ちゃんもちょっとビックリしているようだ。
「そうだな……」
高志お兄ちゃんは苦笑を漏らしている。
私はいつも完璧だと思っていた夏樹お兄ちゃんが、今のことでちょっと身近に感じられた……かな?
「こんにちわ〜〜」
いつも悩みが無さそうな恵理お姉ちゃんが明るく挨拶をしながらお店に入ってきた。
本当に羨ましい……。
私がそう思っていると、恵理お姉ちゃんはニコニコしながらスタスタと私の所まで来ていきなり頭をげんこつでグリグリしてきた。
「痛い痛い痛い(;_;)」
「私だってちゃんと悩みあるんだからねぇ」
そう言うと私を解放してくれた。
「にこやかな顔していきなりしないでくださいよぉ」
「だって夏樹さん電話中で暇なんだもん」
「暇でそう言うことしないで下さい!」
「まぁまぁスキンシップスキンシップ」
いくら抗議してもこの人は軽く受け流してしまう(;_;)
「恵理、うちの妹で遊んでないで(^^;; ところで何にするの?」
私達のやりとりに見かねた卯月お姉ちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。
「オレンジジュース!」
「はいはい」
そのまま卯月お姉ちゃんは高志お兄ちゃんに注文を伝えた。
そして、恵理お姉ちゃんは夏樹お兄ちゃんが座っていた席の隣に座る。
そうこうしていると電話を終えた夏樹お兄ちゃんが戻ってきた。
「恵理、来てたんだ」
「今来たところだよ〜」
嬉しそうに答える。恵理お姉ちゃんって本当に夏樹お兄ちゃんの事が好きなんだなぁって思う。
「そうか、でも悪いけどちょっと急用で行かなきゃいけないんだよ」
「え、そうなの……」
恵理お姉ちゃん、なんか寂しそう……。
「ああ……タカ、この二人の分もまとめて置いていくから」
夏樹お兄ちゃんは財布から2千円を出すとカウンターに置いた。
「それじゃ、またな」
そう言い残すと急いで店を出ていった。
「行っちゃった……」
恵理お姉ちゃんは差し出されたオレンジジュースをストローでかき回しながらつまらなそうにつぶやく。
”カランカラン”
「「こんにちわ〜」」
恵理お姉ちゃん同様に元気良く挨拶しながら二人……空お姉ちゃんとみなもちゃんが入ってきた。
この二人は姉妹で、空お姉ちゃんは卯月お姉ちゃんや恵理お姉ちゃんと同い年、みなもちゃんは私より1つ年上。
恵理お姉ちゃんと空お姉ちゃん、みなもちゃんの3人は夏樹お兄ちゃんが管理人をしている夢園荘の住人さんなんです。
「どうしたの恵理、暗い顔して」
「ん? 私が来た途端夏樹さんどっかに行っちゃったから」
「そうなんだ……」
急に二人とも暗くなる。
「みなもちゃん、二人ともどうしたの?」
「二人とも目的が夏樹さんだからね」
「あ、空お姉ちゃんも夏樹お兄ちゃんのことが好きだったんだ」
”ガタン”
私の言葉に空お姉ちゃんがこけた。
「ちょ、ちょっと私は違うからね!」
空お姉ちゃんが慌てて否定する。
「私は服のデザインを見せに来ただけなの」
「そうなの?」
「そうなの!」
「慌てて否定するとことが怪しいですね」
「みなもちゃんまでぇ」(;_;)
みなもちゃんに言われて、泣きが入ったようだ。
「空」
今までじっとこちらを見ていた恵理お姉ちゃんが空お姉ちゃんの名前を呼ぶ。
「何?」
「負けないよ」
じっと空お姉ちゃんを見る恵理お姉ちゃん。
「だから違うって……」
「それならいいんだけど……」
そう言うと再びジュースの中で半分溶けた氷をストローでかき回しはじめる。
「ねぇ、睦月ちゃん。恵理どうかしたの?」
空お姉ちゃんが聞いてきた。
「分からないです。夏樹お兄ちゃんが出て行っちゃってからあんな調子で……」
「はぁ……」
ちょっと小首を傾げる。
「恵理、本当にどうしたの? 暗いよ」
「ん……ちょっとね。夏樹さんに用事あったんだけど来た途端行っちゃったから意気消沈してるの」
「でも夢園荘に戻ったら……」
「それでもいいんだけどね……タイミングが……」
「はぁ」
空お姉ちゃんは曖昧な返事をする。
でもこんな恵理お姉ちゃん初めて見るな。
よっぽど重大な決心をして来たんだろうなぁ……ついに告白する気になったのかな?
だとしたら応援しなきゃ。
「恵理お姉ちゃん!」
「な、なに?」
「応援するからね」
「へ?」
「だから、夏樹お兄ちゃんに告白するんでしょ」
「誰が?」
「恵理お姉ちゃんが」
「ち、違うよ。そんなんじゃないって」
「違うの?」
「ちょっとね……遊園地の券が余ってるから一緒にどうかなぁって……」
だんだん語尾が細くなっていく。
恵理お姉ちゃんが照れてるのがよく分かる。
「つまりそれってデートのお誘いじゃん」
横から空お姉ちゃんが目を輝かして会話に加わってくる。
「そ、そんなんじゃないって。ただ券が勿体ないだけだよ」
「恵理さん、またくじ引きか何かで当てたんですか?」
「え……」
今まで会話に加わらなかったみなもちゃんの言葉に恵理お姉ちゃんが言葉をつまらせる。
「う、うん」
「恵理さんってくじ運が良いんですね」
「あ、あのみなもちゃん……これは……」
しばらく二人の間で沈黙。
そしてその数瞬の間に恵理お姉ちゃんの表情が元に戻っていく。
「そのくじ運、少し分けて欲しいです」
「だめ〜」
沈黙の間に二人に何があったのかは分からないけど、きっと心で会話してたんだろうな。
私と空お姉ちゃんは互いに顔を見合わせるとうなずきあった。
私達4人がそうやって騒いでいる間も卯月お姉ちゃんはお店のお仕事を一生懸命にやっている。
私が卯月お姉ちゃんの姿を目で追っていると目があってしまった。
そして私にニコリと微笑んでくれた。
その笑みを見たとき、私は寂しかったんだと言うことに気づいた。
そんなことあるわけないのに私はずっと姉妹4人一緒だと思っていた。
だけど卯月お姉ちゃんは家を出て好きな人の所に行ってしまった。
そのことが凄く寂しかったんだ。
「卯月お姉ちゃん……」
「睦月、どうしたの?」
卯月お姉ちゃんは仕事の手を止め、私のそばに寄ってきてくれた。
「お姉ちゃん、幸せ?」
「え?」
「だから、高志お兄ちゃんと一緒に暮らせるようになって幸せ?」
私はもう一度聞く。
卯月お姉ちゃんは優しく微笑むと「うん」と頷いた。
「私は幸せだよ」
「そう……」
「睦月……私がいなくなって寂しい?」
卯月お姉ちゃんは私の気持ちを分かってくれていた。
「……そうかも知れない」
「そう……ごめんね。ホント私って自分のことばかり考えてるダメなお姉ちゃんだね」
「そ、そんなこと……そんなこと無いよ。私、お姉ちゃんのこと大好きだもん」
「ありがと、睦月。私もたまには家に帰るようにするから、ちゃぁんと姉さんの言うことを聞くんだぞ」
「ちゃんと聞いてるし、まなみのこともちゃんとしてるもん」
「じゃ、大丈夫だね」
「うん」
私は笑顔で答える。
「さてと、仕事の続きしなきゃね。あ、今日一緒に帰ってあげようか」
卯月お姉ちゃんが意地悪そうな笑顔を見せる。
「ホームシックもといシスターシックにかかった可哀想な妹のためにね」
「お姉ちゃん!」
「冗談冗談、あははは」
卯月お姉ちゃんは笑い声を残して仕事に戻っていった。
「良いお姉ちゃんだね」
「恵理お姉ちゃんまで私のことをからかうんですか?」
「違うよ。ただ姉妹って良いなぁって思っただけ」
「?」
「分からなかったらいいよ」
恵理お姉ちゃんは残ったオレンジジュースを全部飲み干すとそのまま店を出ていった。
「恵理お姉ちゃんは一体何が言いたかったんだろう?」
「羨ましかっただけじゃないの? 恵理って一人っ子だから」
その疑問に空お姉ちゃんが答える。
「なるほど」
私は思わず納得してしまった。
でも姉妹って普段からこんなに仲良くないんだよ〜〜、恵理お姉ちゃん。
<あとがき>
恵理「今回は卯月と睦月の美しい姉妹愛ですね」
絵夢「卯月が出ていって一番寂しがっているのはやっぱり睦月だろうと言うことでやってみたんだよ」
恵理「で、まなみちゃんは今回も名前だけですか?」
絵夢「次回主役の予定」
恵理「予定って(^^;」
絵夢「まなみちゃんをやると、恵理にとって辛い過去を語るシーンが絶対にあるからね」
恵理「それってあの話?」
絵夢「たぶんその話。そのあたりまでの流れがまとまらないと書けないと言うことにもなるけど」
恵理「う〜〜〜ん、マスターファイトぉ!」
絵夢「あのなぁ(-_-;」
恵理「話変わりますけど夏樹さんの用事って何だったんですか?」
絵夢「内緒。簡単に言えば仕事がらみだと思ってくれ」
恵理「仕事って、管理人以外にも何かやっているって事?」
絵夢「企業秘密」
恵理「ずるい」
絵夢「これは後日語れる……かな?(^^;」
恵理「曖昧ですね(-_-)」
絵夢「恵理、怖い……夏樹の副業は物語上重要なファクターじゃないからどうでもいい事になってるの」
恵理「そうなの?」
絵夢「この話題についてはいつか機会があったらということで」
恵理「うまいように誤魔化された気がする」
絵夢「気にしたら負けだよ」
恵理「気にしても負けだよぉ」
絵夢「まあまあ、そう言うわけで」
恵理「納得行かないけど、次回も」
絵夢&恵理「おたのしみに」