ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age
第六話 <睦月 II>
「はぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」
ノルンのカウンターでオレンジジュースに浮かぶ氷を眺めながら思わず深い溜め息。
「睦月ちゃん、どうしたの?」
カウンターの中でカップを拭いている高志お兄ちゃんが私に声を掛ける。
高志お兄ちゃんは私−水瀬睦月の義理の兄に当たる人で二つ上(私早生まれだから三つでも良いか)の卯月お姉ちゃんの旦那さんなの。
「別に何ともないです」
「そう」
高志お兄ちゃんは首を傾げながらもそう短く答えると、別のカップを手に取り拭き始める。
時間は夜7時前。
そろそろ店じまいの時間で、店に残るは私と高志お兄ちゃんの二人だけ。
今、卯月お姉ちゃんは夢園荘まで一人娘の和沙ちゃんを迎えに行っている。
どうもあそこを保育園代わりに使っているとしか思えないな。
まぁ夏樹お兄ちゃんも恵理お姉ちゃんも全然気にしてないみたいだし、楓ちゃんと冬佳ちゃんがいるから良いのかな?
”カランカラン”
入り口のカウベルが店内に響き、卯月お姉ちゃんと和沙ちゃんが店内に入ってきた。
「ただいま」
「ただいま〜〜〜」
そして二人は私達に帰宅の挨拶をした。
私達も「「おかえり(なさい)」」と返した。
「睦月お姉ちゃ〜ん!」
和沙ちゃんがパタパタと掛けて来ると、私の隣の椅子(カウンター席だから和沙の背丈と同じぐらいの高さがあるの)を器用にのぼり座った。
そして私の顔を見てニコリと笑う。
私もつられてニコリと微笑み返すと、次の一言で凍り付いた。
「睦月お姉ちゃん、かれしまだ?」
この一言は私の胸にぐさっと来る。
高志お兄ちゃんと卯月お姉ちゃんは苦笑を浮かべているだけで何らフォローしてくれる気配はない(;_;)
「ねぇ和沙ちゃん……意味分かってる?」
とりあえず確認の意味も込めて聞いてみる。
もし分からずに言っているのであるならいくらでも言い方があるし、それに3歳(冬には4歳になるけど)なんだからね……。
すると和沙ちゃんはきょとんとする。
(これは意味も分からずに言ってる)
私がそう思っていると……。
「すきな人いるの?」
言い方を変えてきた。しかもさっき以上にストレートに……。
私は心で泣きながら観念する。
「いないよ……」
「そうなんだ。じゃ、私とおなじだね」
ニコリと罪のない笑顔を私に向ける。
「そ、そうだね……」
なんとかそう言うけど3歳児と同じにされても困る(泣)
「睦月」
そこへ卯月お姉ちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。
「何、卯月お姉ちゃん?」
「帰るなら送っていくけどどうする?」
「あ、うん。ありがとう」
「え〜かえっちゃうのぉ」
横で和沙ちゃんが不満の声を上げる。
「ごめんね。お姉ちゃんやることがあるから(本当は無いけど)……」
「そっか……」
和沙ちゃんは寂しそうな顔をする。
「和沙、お姉ちゃんを困らせちゃ駄目でしょ」
「うん……お姉ちゃん、ばいばい〜」
「またね」
私は席から立つとそう言った。
そして店を出ると、少し離れた駐車場に止めてある卯月お姉ちゃんの赤い軽自動車に乗り込んだ。
「ごめんね、睦月」
エンジンを掛けながら卯月お姉ちゃんがそう言った。
「え?」
「ほら和沙のこと」
「ああ……事実だからいいよ……」
「でも傷ついたでしょ」
「………大分ね」
「後でちゃんと言って聞かせないとね」
卯月お姉ちゃんは肩をすくめながら言う。
「行くよ」
「うん」
駐車場からゆっくりと車を出すと夢園荘に向けて走り始めた。
「卯月お姉ちゃん、和沙ちゃんって冬佳ちゃんの影響をすごく受けてない?」
「やっぱり分かる?」
「うん」
「できれば楓ちゃんの影響を受けてくれると良いんだけどね」
「それはそれで問題があるような……」
思わず苦笑が漏れる。
「でも親としては元気なのが一番なんだけどね」
そう言う卯月お姉ちゃんの横顔は笑っていた。
きっとこれが親として正直な気持ちなんだろうな。
「ところで睦月」
「うん?」
「正直、まだなの?」
「なにが?」
「だから、か・れ・し」
わざわざ強調するように一音ずつ区切って言う。
卯月お姉ちゃんってこんな性格だったかな……(^^;
「姉さんだっていつになったら彼氏ができるのか心配してたしね」
「そんなこと言っても、いないんだから仕方ないよ」
私はシートに座り直しながら言う。
卯月お姉ちゃんの車って狭いから……。
「……もしかして睦月って理想が高いとか?」
「そんなこと無いよ」
「そう?」
「うん」
「参考までに理想を聞かせてくれる?」
「えっと、優しくて強くて、どんなことがあっても私を守ってくれて、私をしっかり包み込んでくれるような包容力があって、私だけどちゃんと見てくれる人」
「………理想高いよ」
「え?」
卯月お姉ちゃんのぼそっと言う一言に私は思わず聞き返した。
「睦月の理想の男性像ってどう考えても高志さんや夏樹さんでしょ」
ずばり言い当てられ言葉に詰まり、笑って誤魔化す。
そんな私に卯月お姉ちゃんは軽く溜め息をついた。
「高志さん達みたいな人ってなかなかいないと思うよ」
「それはそうだと……思うけど……」
「でも私の場合、高志さん以外の人と付き合った事なんて無いから何とも言い切れないけどね」
「あれ、そうだっけ?」
「そうよ。私が駆け落ちするまで誰かと付き合ってるとか言う話しってあった?」
「ん〜ない」
「でしょ。第一、私の学生時代の世界なんて狭かったからね。その狭い中で高志さんと出会えたんだからすごく幸運だと思うよ」
後半(『高志さん〜』のあたりから)すごく嬉しそうに言う。
卯月お姉ちゃんがどれだけ幸せなのかがよく分かる。
「それを考えたら睦月なんて私よりもはるかに広い世界で動いてるんだから、もしかしたら理想の人が見つかるかも知れないよね」
「え?」
その時丁度信号で止まると、卯月お姉ちゃんは私の方を向いた。
「だから焦らずに頑張りなさいよ。私が言いたいことはそれだけ」
「卯月お姉ちゃん……」
「自分で動くことも大切だけど、焦っては駄目」
「うん」
私が小さく頷くと信号が青になり再び走り始める。
「その代わり、チャンスだと思ったら一気に走ること。私がしたようにね」
「あは」
「ふふ」
私達は互いに微笑みあった。
それから数分して夢園荘に着く。
私が自動車から降りると、卯月お姉ちゃんがドアの窓を開けた。
「おやすみ」
「寄っていかないの?」
「高志さんと和沙が待ってるからね」
「そっか。それじゃお休みなさい」
「うん」
そう言うと卯月お姉ちゃんは自動車を発進させる。
私はその後ろ姿を見送ると夢園荘の敷地に入ろうとした時、自動車とすれ違うように由恵さんが歩いてきた。
「睦月ちゃんも今帰ってきたところなんだ?」
「はい」
「今のって卯月の車だよね」
「送ってもらったんです」
「そっか……駅からここまでって結構距離あるもんね。自転車買おうかな……駅前の駐輪場は無料だし」
「言われてみれば、誰も自転車を持ってませんね」
「そうなの、不思議でしょ」
「そうですね」
この瞬間、私達は夢園荘の不思議の一つに触れたのかも知れない。
そして私達は一緒に夢園荘に入るとそのまま201号室に向かった……。
「ってなんで由恵さんがここまで来るんですか?」
「だって今日ってまなみちゃんが料理作るんでしょ」
「だから?」
「いや〜一人で食べるご飯って美味しくないから」
「はぁ」
私は半眼で深い溜め息をつき、自室のドアを開けた。
「ただいま〜。由恵さんもい……っしょ……ってみなもさんも来てたんですね」
リビングの夕飯が並べられたテーブルの所でまなみと一緒にみなもさんがくつろいでいた。
「「おかえりなさい」」
二人が私達に気づいて帰宅の挨拶をする。
「「ただいま」」
私達も声を揃えて返す。
テーブルにはしっかり4人分が用意されている。
この夢園荘で暮らし始めた頃、私とまなみで交互に夕飯を作ると言うことに決めた。
一人で食べるよりも二人で食べる方が美味しいからと言う理由から。
それは良かったんだけど、それを聞きつけた由恵さんが何故かまなみが料理当番の時だけ来るようになり、さらにみなもさんまで空さんが残業で遅い時など来るようになってしまったの。
まぁみなもさんは私が料理当番の時でも来るけど、由恵さんは来ないな……どうせ私は料理は下手ですよ(涙)
「そう言えばみなもさん、新しい仕事は見つかりました?」
4人で食卓を囲んでご飯を食べていると、まなみが思い出したように聞く。
「まだなの。さすがに元の仕事なんて出来ませんから……」
「「「確かに」」」
3人同時に頷く。
風俗の仕事をしていたことがばれて実家に強制送還されたんだから当然かも。
その上でまた同じことをしたら二度と出てこれないよね(^^;
「貯金はたくさんあるのでしばらくは大丈夫なんで、ゆっくりとね」
「どのぐらいあるんですか?」
思わず身を乗り出して聞いてしまった。
「えっと……これぐらいかな?」
とみなもさんは指を二本立てた。
「200万か……私もそのぐらい貯金があればなぁ」
それを見て由恵さんが感想を言う。
「由恵さん、一桁違う」
「へ?」
「20万?」
「まなみちゃん、それは古典的すぎるよ」
「「「………」」」
短い沈黙……そして……。
「「「え〜〜〜〜〜〜!!!!!」」」
「私って人気があったから……」
みなもさんは照れ笑いしながら言う。
私とまなみは何と言っていいか分からず呆然とした。
でも由恵さんは何か考える仕草をしている。
「由恵さん、風俗は止めた方が良いですよ。親が泣きますから」
そんな由恵さんにみなもさんは非常に重みのある言葉を投げかける。
「う……やだなぁ、私がそんなこと考えてると思ってるの?」
「一瞬、そう思ってしまいましたよ」
「あははははは」
由恵さんは笑う。
どう見ても誤魔化しているように見えるけど……。
夕食後小一時間ほどくつろぐと由恵さんとみなもさんはそれぞれの部屋に戻っていき、部屋には私とまなみだけになった。
「一つ聞くけど、まなみって彼氏いるの?」
「いないよ」
即答(汗)
「私、そう言うのに興味ないから」
「そ、そうなんだ」
「うん。でもどうして?」
「何となくかな?」
「ふ〜ん……」
まなみは首を傾げたがそれ以上そのことについては何も言ってこなかった。
本当に自分のことだけでなく人の恋愛事には興味ないんだな。
その夜、布団の中で卯月お姉ちゃんの言葉を思い出した。
「焦っちゃだめか……のんびりと待ってみようかな……」
私はそのことを何度も繰り返しながら眠りについた。
<あとがき>
絵夢「ようやく睦月の話が書けました(笑)」
恵理「シリーズヒロインって言われてたのに今まで放置(^^;」
絵夢「次回はまなみかな?」
恵理「順番的にはそうなるだろうけど……」
絵夢「けど?」
恵理「1stシリーズとはまた形式が違うんだなぁって思って」
絵夢「あれはあれ、これはこれ」
恵理「おいおい」
恵理「そう言えば、FAになってから夏樹さんの姿がほとんど無いね」
絵夢「忘れてる訳じゃないんだけど忘れてるな(笑)」
恵理「どっちやねん」
絵夢「ん〜ナイス突っ込み」
恵理「(^^;」
絵夢「それでは次回まで」
恵理「お楽しみに〜」
絵夢&恵理「まったね〜」