NOVEL



ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age

第十話 <しん I>


私は大学受験に失敗した。
今の立場がいわゆる浪人生だ。
家の中がまともな環境であったなら受験に失敗することも無かったであろう。
だが……あまり人のせいにするというのは好まないが、あの二人の姉がいたのでは落ち着いて受験勉強など出来はしない。
新しい服(女性物)を買ってきたと言っては無理矢理着せ、新しい化粧品を買ってきたと言っては無理矢理化粧をする。
反抗しよう物なら恐怖の折檻が待っている。
一番上の姉が結婚をした時は半分だけ安心した。
しかし家を出たにもかかわらず事あることに家に戻ってきては二番目の姉と共にそれまでと変わらない事を私にしてくる。
可愛がってもらっているのはよく分かる。
だがしかし……私は男なのだ。それなのに……。
そんな生活の中でもここ数年幸いだったのは二人の姉と共に私を迫害する従姉が遊びに来なかったことだろう。
とは言え喧嘩の技術などは全てその従姉から教わったのだが……。
そう言うわけで受験の為にあの姉達がいる実家を離れ、一人この街に来て早1週間。
少しずつだが女性ばかりの夢園荘の生活にも馴れ始めている。
初めはどうなることかと思ったが、それなりに勉強に適した環境だと言うことが幸いであった。

そして今日、外に出ると非常に天気が良かったので、気分転換も兼ね参考書を買いに駅前まで出た。
駅まで出るのにバスかローカル線を使わねばならないのはやや不便ではあるな。
商店街の本屋で買い物を済ませ帰ろうと思った時、商店街の入り口に『ノルン』と言う名の喫茶店を見つけた。
「ほお、北欧神話に出てくる女神の名の喫茶店か。なかなかおしゃれではあるな」
私は看板を見てそうつぶやくと、中に入ることにした。
カウンターの中にいるマスターと思わしき青年(?)と女性店員が私の姿を見て『いらっしゃいませ』と出迎えてくれた。
中は間接照明で暗過ぎず、明る過ぎず丁度良い明度を保っている。
通り側の壁一面の大きなガラスには白いカーテンが掛かっている。
そしてそこにはテーブルが4つ。
それに背を向ける形でカウンターに椅子が15脚。
こぢんまりした感じだがなかなか悪くない店だ。
午後二時を回った頃にも関わらず客もサラリーマンや買い物途中の主婦などがテーブル席を陣取っている。
それを横目に私はまっすぐカウンター席に座ると紅茶を頼む。
マスターは私の注文を受けると『ハイ』と簡潔に答えると紅茶を淹れ始めた。
その間に女性店員が水とおしぼりを持ってきた。
「ありがとう」
そう言うと女性はニコリと微笑む。
彼女は私よりもやや上ぐらいに見えるが落ち着いた雰囲気のある人だと思った。
「お待たせしました」
マスターが紅茶を直接出してくれた。
「ありがとう」
「ごゆっくり」
マスターもまた笑顔で答える。
この人は20代の中頃から後半に見える。
(もしかしたらこの二人は夫婦なんだろうか……だとしたらお似合いだな)
そう思いながら紅茶に口を付ける。
その時、マスターと女性店員の視線を感じた。
「あの何か……」
「もしかして新しく夢園荘に来た人?」
「ええ、そうですが……」
いぶかしむ私に二人はやっぱりといった風な顔をする。
「ごめんなさいね。夏樹さんや恵理から聞いていて、もしかしたらと思ったから」
「なるほど、そう言うことでしたか」
女性店員の説明で納得した。
「と言うことは夏樹さんは良くこちらへ?」
「良くと言うよりもほぼ毎日来るな」
マスターが答える。
「そうなんですか」
「仕事帰りとか、娘を送ってきてもらったりとか……」
「お子さんですか?」
「夢園荘で見たこと無いかな。和沙って女の子」
いつの間にか横に座る女性がそう言う。
「ああ、あの娘がそうなんですか」
「うん」
彼女のその笑顔を見た時、やっぱりこの二人は夫婦なんだと確信した。
「夏樹とは中学時代からの付き合いでこの店の最初の客でもあるんだ」
「と言うことはマスターは夏樹さんとは同級生?」
「ああ」
「ちなみに私と恵理も同級生なの」
「では4人は同級生でそれぞれと……」
そう言うと女性は首を激しく振って否定する。
「違う違う。高志さんと夏樹さん」
「そして卯月と恵理がそれぞれ同級生と言うこと」
「そうなんですか、それは失礼しました」
マスターは高志さん、女性は卯月さんと言うのか……。
「まぁ向こう側は年齢不詳だからな」
「それは言えてる」
二人は顔を見合わせて笑う。
そんな二人の言葉に内心言えてるかもと思ってしまった。
特に恵理さんは中学生にしか見えない。
”カランカラン”
入り口のカウベルが鳴る。
そちらを見ると夏樹さんが入ってきた。
「「いらっしゃ〜い」」
「よっ」
夏樹さんは片手を上げて二人に声を掛けた。
そしてまっすぐに私の横に座る。
「しん君も来てたのか」
「はい。先ほどお二人からよく来ていると伺ってました」
「まぁ毎日来てるよな」
「そうだな」
高志さんがコーヒーを夏樹さんに出しながら言う。
……あれ、まだ注文してないのに……?
「今日はどこかに出かけてたのか?」
「今日は出版の人との打ち合わせ」
「ああ、そろそろ出すのか?」
「一年ごとって決めてるからな」
二人にしか分からない会話。
「出すって?」
そこに卯月さんが加わった。
「あれ、卯月って知らなかったっけ?」
「知らないはずだぞ、お前だって言ってないだろ」
「ん〜そっか」
「だから何の話なの」
「言っちゃっても良いのかな……」
「別に構わないよ……睦月にばれなければ」
「?」
「いや、こいつが涼風鈴だってこと」

「え〜〜〜〜〜〜!!」

「卯月、声大きすぎ」
突然大声をだした彼女に高志さんがたしなめる。
卯月さんは慌てて口を押さえ周囲を見回すと全てのお客さんの視線を集めていた。
「申し訳ありません」
顔を真っ赤にして謝り、その場をなんとか納めた。
お淑やかだと思ったんだが……ちょっと違うようだな……。
でも涼風鈴と言えば、出す詩集すべてベストセラーと言う売れっ子。
その人がまさか夏樹さんとは……。
「驚かせて悪かったけど、出来れば睦月には黙っててくれるかな」
「どうして? あの娘大ファンなんだよ」
「でも睦月は涼風鈴は女性だと信じてるんだよ。夢は裏切りたくない」
「うん……わかった」
夏樹さんの言葉に卯月さんは渋々頷く。
「あとしん君も良いね。他言無用だよ」
「あ、はい!」
私がしっかりとした口調で返事をすると夏樹さんは笑顔を見せた。
「睦月で思い出したけど、彼女、君が目指してる大学の2年生だよ」
「そうなんですか!?」
「機会があったら受験のコツとかを聞いてみると良いよ」
「有益な情報ありがとうございます」
「いいって」
夏樹さんはそう言うとコーヒーを一口飲んだ。
「……ぬるい」
「当然だな」
「タカ……すばらしい突っ込みありがとう」
「どういたしまして」
高志さんはそう言うと夏樹さんのカップを下げ新しいコーヒーを淹れ始めた。
「そういえばさっきなしん君、面白いこと言ってたぞ」
「ん?」
「俺と夏樹と卯月と恵理ちゃんの4人が同級生って」
「それって……」
夏樹さんは笑いを堪えている。
「……すいません」
「それは構わないけど、それは俺達が若く見られたって事かな?」
「まぁそうだろうな」
「しん君、俺達幾つぐらいに見える?」
「えっと……25歳ぐらいでしょうか」
恵理さんが23歳だと言うことはあの日聞いていたことから、それよりも年上だと推測する。
でもいくら何でも30歳は越えてないだろう。
「はずれ」
「もう32歳になるよ」
その答えに私は言葉を失う。
いくら何でも若すぎる。
高志さんは言われてみればそうかも知れないが、夏樹さんは……大学生、へたしたら高校生でも通用する。
先ほど高志さんが年齢不詳と言っていた意味がよく分かった。
しかし32歳というと確か……。
”カランカラン”
「やっほ〜! 最新情報もってきたよ〜!」
カウベルの音と同時に聞き覚えのある女性の声。
私はまさかと思い恐る恐る振り向いた。
すると……。
「あ、しん」
「み、澪姉さん」
そこには二人の姉と並ぶ恐怖の対象、従姉の早川(旧姓:榊)澪の姿があった。
「澪としん君は知り合いだったのか」
「意外な繋がりだな」
「そうなんだ」
三者三様の反応をする。
「なんで、あんたがここにいるの?」
「先週、夢園荘に引っ越して……」
「男のあんたがなんて夢園荘に入居するわけ? いい加減なこと言うんじゃない」
「ホントだって、夏樹さんに聞いてみてくれれば分かります」
「ホントなの夏樹?」
澪姉さんはコーヒーを飲みながらこちらを見る夏樹さんに聞く。
「ああ、303号室に入ったよ」
「でも女の子専用じゃ……」
「たまたま今まで男がいなかっただけだよ」
「なるほど」
夏樹さんの言うことなら簡単に納得するのか……。
「しん……なんか言いたそうだね」
「いえ、滅相もないです」
「まぁいいわ。でもなんで玲も明日香も教えてくれなかったんだろう」
「たぶん驚かせるつもりだったんじゃ……」
「あの二人ならあり得るわね」
すると高志さんが澪姉さんに声を掛けた。
「それはともかく最新情報って何?」
「ああ、ごめんごめん。実は亜沙美がこっちに戻ってくるんだって」
「「……はぁ?」」
夏樹さんと高志さんが声を揃えて言う。
その亜沙美という人が戻ってくると言うことはそんなに驚くことなんだろうか……。
「あいつ、結婚して北海道に戻ったんだろ」
「もう離婚したのか……」
「早かったな……」
「二人ともいくら友達でもそれはちょっと……」
「あんたら、亜沙美が聞いたら怒るよ」
夏樹さんと高志さんの反応に澪姉さんと卯月さんは呆れていた。
「だから、離婚でも何でもなく旦那さんがこっちに栄転なんだって」
「なんだ、そうなんだ」
「だとしたらまたにぎやかになるな。それでいつ頃だって?」
「それはまだ分からないけど、冬までには来るって」
三人は互いに嬉しそうに頷きあう。
そしてその傍らで卯月さんも嬉しそうにしている。
なんかここにいるのはお邪魔のようだからそろそろ帰るとしますか。
私はそう思うと席を立ち上がった。
すると私の腕を澪姉さんががしっと掴む。
「しん、何処に行くの?」
「そろそろ帰ろうと思って……」
「逃げるの?」
「逃げるって……違います。帰って受験勉強をするんです」
「ふ〜ん。折角数年ぶりに再会したのに冷たいんだね」
「いえ、そう言うわけでは……」
「だったらもう少し遊ぼうよ」
「で、でも……」
「……玲と明日香を呼ぶよ」
「分かりました」
その言葉に私は素直に澪姉さんの横に座った。
今すぐにでも逃げたい気分だったがそのことを顔に絶対に出すことなく、この場素直に従うしか無いことを身をもって知っているから……。



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<あとがき>
絵夢「しん君の話でした」
恵理「歩君もそうだったけどそれ以上に悲惨だね」
絵夢「まぁトラウマになってるところもあるからね」
恵理「一体どんなことをされてたの?」
絵夢「まぁいろいろ……冒頭に書いてあるのはその一部」
恵理「……強く生きるんだよ」
絵夢「手遅れでしょう(笑)」
恵理「(^^;」

恵理「ところで亜沙美さん、復活なの」
絵夢「復活というか何なんだろ? いつ頃出すかは話の流れを見てからだけど」
恵理「ふ〜ん、そうなんだ」
絵夢「彼女、一児(二歳)の母になってます。ちなみに澪は二児(七歳と五歳)の母」
恵理「子供達が将来出てくる予定は?」
絵夢「状況による」
恵理「わくわく」
絵夢「期待するなよ(-_-;」

絵夢「そう言うわけで次回は誰にしようかな?」
恵理「決めてないの?」
絵夢「迷ってるの」
恵理「なるほど」
絵夢「であまた次回まで」
恵理「お楽しみに〜」
絵夢&恵理「まったね〜」