NOVEL



ここは夢園荘LastStory
BEGINNING

第4話


恵理の両親の墓参りの翌日、夏樹はとある場所にいた。
それはH・I・B本社内にあるデザイン部の一室。
入り口には『NAC ROOM』と書かれたプレートが張られている。
さらにその下に赤い大きな手書き文字で「入るな危険」と書かれた紙も貼ってあるが、あまり気にしない方が良いかも知れない。
部屋の中は、壁に数点の服のデザイン画が張られていて、本棚を見ても比較的整理整頓されている。
本棚の本は資料本が主だが中には全く関係ない雑誌もあるようだが、ここでは関係ないので個人のプライバシーを守る観点から伏せておく。
そして部屋の一番奥に設置されている机の前で、この部屋の主である夏樹がペンと色鉛筆を交換しながら新しい服のデザインを描いていた。
夏樹は普段はこういったデザインは家でやるのだが今回は違っていた。
依頼されていたデザインをいつものように届けに来たところ、明日までに案を提出しなければいけない仕事が舞い込んでいた。
しかもご丁寧に夏樹を指名して来たもの。
初めは断るつもりだったが、クライアントが夏樹の亡き祖父の友人だと言うことで泣く泣く受けることになった。
しかも明日まで仕上げなければいけないと言うこともあって缶詰状態である。

時間は夜7時……。
机の上の時計を確認してため息をついた。
「しかし恵理に昼の内に電話しておいて正解だったな……」
スケッチブックにいくつかのラフを描いては消して、また描いては破って捨てるをずっと繰り返している。
”トントン”
ドアをノックする音。
夏樹はそれを無視することにした。
だがノックした人物はお構いなしにドアを開け中に入ってきた。
入ってきた人物はスーツをしっかりと着こなした渋めの中年男性。
「ノックしたんだから返事ぐらいしても良いんじゃないのか?」
「じいさんの友人の依頼で忙しいんだよ」
夏樹は彼が誰だか分かっているらしく、振り向かずに答える。
「そう言えば、あの人今度レストランをやるとか言っていたが……その絡みか」
「そう。メイド風の制服を要求してきた」
「大変だなぁ」
「とか言って、この仕事廻したの親父じゃないのか?」
夏樹は描く手を休め、男性−父・真治の方を向いた。
「なんだ知っていたのか?」
「そんな気がしてた」
「相変わらず勘がいいな」
「そのお陰で缶詰だよ」
「いや〜ただ待たせるんじゃ可哀想だと思ってな」
「余計なお世話だ」
「わははははは」
真治の高笑いに夏樹はただただ呆れるばかりであった。
「それで話って何?」
空いている椅子を真治に渡しながら聞く。
「いつもなら電話で済ますのに、直に会って話がしたいなんてさ」
「ああ、実はな……」
真治は椅子に座りながら神妙な面もちになった。
その瞬間、室内に緊張感が走る。
「実は……孫はまだかと思ってな」
椅子から落ちる夏樹。
「あ……あ……ああぁぁぁ?」
「いや〜〜親として早く見たいのだよ。
同棲を始めてもうすぐ1年だろ。
だからそろそろかなぁと思ったんだが……その様子だとまだのようだな」
「当たり前だろ!
恵理が高校を卒業するまで待て!」
「意外と律儀なんだな」
「まあな……」
落ちた拍子に倒れた椅子を立てて再び座ろうとした。
「冬佳とああいう関係でありながら……」
”ガッシャン!”
「な……な……」
再び、いや先ほどよりも派手に転ぶ夏樹。
そして信じられないと言った様子で真治を指さす。
「こらこら、人を指さすもんじゃないぞ」
「し、知ってたのか……」
「当たり前だ。これでもお前の親だぞ」
「と言うことはお袋も……」
「当然」
「ははは……」
顔を引きつらせながら乾いた笑い。
今まで知らないと思っていたのだから仕方ないだろう。
「よくそれで何も言わなかったな」
「なるようになると思っていたからな。出来た時は出来たときだと思ってたし……」
「ははは……」
夏樹は何も言えずに椅子を元に戻し座り直す。
「でも勘違いするなよ」
「?」
「お前達兄妹がそれぞれの心の弱さを、お互いに補完しあっていることを知っていた。
無理に引き裂けば二人の心を壊してしまうということも……。
だから私達は黙認していたんだよ。
結果的にああいうことになってしまったが……」
「ありがとう、親父」
夏樹は父の告白に素直に頭を下げた。
「それから恵理に巡り合わせてくれてありがとう」
「親としてこのぐらいしかできないからな」
「一つ聞かせてくれないか」
「?」
「どうして恵理を引き取ったんだ?」
「一つはお前に似ていたから。
そして、むしろこっちの方が理由としては大きいのだが……」
「うん」
「娘が欲しかったんだ」
「………」
「なんだその顔は?」
「いや、やっぱりあんたは俺の親だと思ってね」
「なんだ、わざわざ再認識しなくても良いだろう」
「まぁね」
複雑そうな表情で答える夏樹であった。
「ところで、まさか『孫はまだか』と言いたいが為に来た訳じゃないだろう」
「鋭いな」
「当たり前だろ。そんな用事で呼び出されたらかなわないよ」
「それでは本題に入ろうか……」
「ああ」
「実はな、お前に妹が出来るんだ」
「…………」
先ほどのように派手に転ぶことはなく溜め息を一つ付いた。
「嬉しくないのか?」
「老いてなお盛んは構わないが、高齢出産にだって限度があるだろ」
「そんなこと無いぞ。夕子はまだ50前だ」
「いや、十分だって」
「で、本当に嬉しくはないのか?」
「めでたいことには違いないが……それでか」
「?」
「いつも一緒にいるのに今日は一人という理由は」
早瀬夫妻のおしどり夫婦ぶりは有名で。何処に行くのも二人一緒であった。
だが今回は一人で帰国しているので夏樹はずっと疑問に思っていた。
「うむ。夕子も来たいと言ってたんだが、妊婦に飛行機はやはりな……。
だから今回は涙をのんで貰ったのだ」
真治は悔しそうに拳を握り、芝居がかったポーズで熱く語る。
「それは良いんだけど」
「良くない!」
「良いの!」
「う……。
夏樹ってばそんな風に言わなくてもいいのに……お父さん、悲しい……」
部屋の隅でいじけ始める真治。
こめかみに指を当てながら夏樹は切れそうになる自分を押さえる。
「頼むから大の大人がいじけないでくれないか」
「それは良いんだが、一つ心配があってな……」
急に立ち上がって、真剣な表情で夏樹に詰め寄る。
「立ち直りは……早いな……」
「当然だ」
「心配事って? 
やっぱり口ではなんだかんだ言いながらも高齢だと言うことが……」
「その娘が生まれすぐに『おばさん』になってしまうことが……」

「そんなことかぁぁ!」
「夏樹、うるさい」
「ったく、誰のせいだよ」
すこし肩で息をしているようだ。
「男子たるともいつの時も冷静でないとな」
「親父、自分で言っていて矛盾を感じないか?」
「全然」
胸を張って自信を持って答える真治に、もはや夏樹に反論する力は残っていなかった。
「遊びはこのぐらいにして、本題に入ろうか」
「……やっとか」
真治はすっきりした顔で持ってきた鞄の中から1冊のファイルを取り出した。
「本当の用件はこれだ」
そう言いながら差し出されたファイルを夏樹は受け取る。
表紙には『樋山恵理の親族に関する報告書』と書かれている。
それを見て夏樹は言葉を失った。
「この1年で調べたものだ」
「……親父、何考えてるんだよ」
夏樹は怒りを抑えつつ声を出す。
「そう言うな。
恵理の親族があの娘にどういう仕打ちをしたのか、それを考えたらやらなければいけなかったんだ」
「その辺は恵理から話を聞いたけど……」
「それなら話は早い。とにかくそう言うことだ」
「………」
夏樹は父の行動を頭で理解し納得もしていたが、どうしても感情が納得できずにいた。
だからこそここは沈黙を守ることにした。
「調べた結果、それは杞憂に終わったよ」
「?」
「読めば分かる」
言われるままにファイルを開きを読み始める。
「…………!?」
「そう言うことだ」
「そっか……」
そう短く答えた。
室内を何とも言えない空気が流れる。
夏樹は一字一句読み落とさないよう読んでいき、真治は読み終わるのを目を閉じ待っていた。
そして10分後、夏樹はファイルから視線を上げた。
「一つ聞いて良いか?」
「なんだ」
「最後の署名が親父の名前になってるんだが……」
「俺が自分の足で調べたからな」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……親父、もしかして暇か?」
「ふ、これから本当の娘になる可愛い娘のためだからな」
夏樹の指摘に真治は何故か遠い目をしていた。
「言いたいことは分かるけど……(-_-;」
「まぁ細かいことは気にするな」
この時、夏樹は思った。
相変わらずそこの見えない人だと……。
「それで夏樹。そいつはお前の好きにして良いぞ」
「好きにって」
「コピーなど存在しない、唯一の物だ。だからこそお前の好きにして良いと言っている」
「そっか……」
夏樹は立ち上がるとそのファイルを机の横の機械に差し込みスイッチを入れた。
機械はファイルを細かく裁断しながら飲み込んでいく。
「シュレッダーにかけるか……予想通りだな」
「当然だろ。今更ほじくり返してもしょうがないことだ」
「そうだな」
ファイルをすべて飲み込んだ頃、真治は足下の鞄を持って席を立った。
「行くのか?」
「ああ、今夜最終の便で帰るんでな」
「恵理に会わないのか? 今なら家にいるぞ」
「それは次の機会にしておこう」
「次の機会って……」
「それはもちろん、お前達の結婚式だよ」
「やっぱり」
「イヤなのか?」
「そうじゃなくて、その前に一度ぐらいお袋と一緒に会いに来たらどうだ」
「考えておくよ」
真治は少しおどけた調子で言う。
そして部屋から出ていこうとドアノブに手をかけたとき動きを止めた。
「夏樹、幸せか?」
「ああ、もちろん」
「そうか……。
ま、今のお前の様子を見れば、聞く必要も無かったかもな」
「親父……」
「またな」
真治はそれだけを言い残すと部屋を出ていった。
「まったく、相変わらずだな」
閉じたドアに向けてそうつぶやくと、背伸びを一つして夏樹は再び机に向かった。
目の前の無理矢理押しつけられた仕事を片づけるために。



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<あとがき>
絵夢「親子の会話」
恵理「というか……夏樹さんが二人いるみたい」
絵夢「そりゃ親子だから当然でしょ」
恵理「う〜〜ん……でもお父さんの方が上手か」
絵夢「うむ」
恵理「でも夏樹さんと冬佳さんのこと、知ってたんだね」
絵夢「と言うよりも知らない方が不自然だと思うが」
恵理「そっか」
絵夢「そうそう」
恵理「なんか……すごいご両親(^^;」
絵夢「ああいう家庭環境が、夏樹や冬佳のような性格を生むんだろうね」
恵理「奥が深い」
絵夢「いい加減なことを言っただけだよ」
恵理「おい!」

絵夢「と言うわけで、次回からようやく物語が進みます」
恵理「今までなんだったの?」
絵夢「導入部と言う」
恵理「(^^;」
絵夢「それではまた次回までお楽しみに〜」