NOVEL



ここは夢園荘LastStory
BEGINNING

第17話


『石』は夏樹の手で最初の持ち主に渡され、そしてそれぞれの持ち主へと渡された。
直接手渡せば良いのだが、それは何となく儀式のようなものなのかもしれない。
そして『風の石』は夏樹の手で恵理の左手薬指へはめられた。
夏樹自身はちゃんとした婚約指輪を考え始めていたのだが、恵理が「これで良い」と言うのでそのままにしているようだ。
でも結婚指輪はきちんとした物を渡さないとうるさそうだ。
こうして彼らにとって今までの人生の中でもっとも大変な1週間は終わり、平和ないつもの日常が戻ってきた。

そして11月も終わろうとしているある日、夏樹達は冬佳の墓参りに来た。
先日の事もあり、場が暗くならないように高志や亜沙美、澪が妙に盛り上げている。
夏樹にしてみれば普通にしていれば良いのにと苦笑を漏らすしかないようだ。
墓の掃除をして花を飾り、しばらく雑談を交わすと、先日夏樹達が帰りに寄った喫茶店に行ってみようと言うことになった。
喫茶店を経営している高志に言わせていれば「何故わざわざ」と言った感じだったが、卯月に「他のお店のことも知っておくのは良いことだと思う」と言われて、渋々ついていく事にした。
「夏樹、恵理ちゃん、先に行ってるぞ」
高志がまだ墓の前でたたずむ二人に声を掛けた。
「ああ、分かった」
夏樹の返事を聞くと、高志達はぞろぞろと霊園近くの喫茶店へと向かった。
その後ろ姿を見送ると夏樹は再び墓の前に座る恵理の背中へと視線を移す。
「恵理……」
「私ね、何かあると義姉さんに相談してたの。すると心の中でちゃんと答えてくれたの。
その時優しく私を包み込んでくれる、そんな感じがしてた。
私、ひとりっ子だからお姉さんってこんな感じなんだろうなぁって思ってた」
「そうか……きっと冬佳にとって恵理は可愛い妹だったんだろうな」
「うん。でももういないんだよね」
「ああ。だけど月並みなセリフだけど忘れない限り心の中で生き続けるよ」
「そうだね。それに悲しんだら義姉さんに怒られちゃうよね」
恵理は立ち上がりながら夏樹に明るく微笑んだ。
「そう言うこと。みんなの所に行くか」
「うん」
歩き出そうとすると恵理が夏樹の腕に自分の腕を絡めてきた。
「?」
「たまには、ね」
「って二人で歩く時っていつものような気がするけど」
「う〜〜〜」
「あはは」
「いいじゃん、組みたいんだもん」
「だったら離れないようにしっかりと組めよ」
「もっちろん!」
恵理は自分の胸を夏樹の腕に押しつけるようにしっかりと抱え込む。
二人とも歩きにくそうだがあまり気にしていないようだ。
「恵理……」
「なに?」
「大きくなったか?」
それが何を意味するかすぐに分かった恵理は顔が少し赤くなった。
「ちょっときつくなってきたから……たぶん。でもそれは夏樹さんのせいだから……」
「俺のせいって……否定はしないが、そこに育ち盛りというのは無いのか?」
「あるかも知れないけど……やっぱり……」
どんどん語尾が小さくなっていく。
いつまで経ってもこう言う所は変わらないなと思わず苦笑が漏れる。
「そだ……夏樹さん……」
「ん?」
「あのね今日、いっぱいいっぱい……して欲しい……」
「は?」
いきなりのお願いに夏樹は思わず聞き返す。
恵理は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「だから……その……」
「それはいいけど……いきなりどうしたんだ?」
「それは……やっぱり義姉さんがいなくなったから……えっとその……」
しどろもどろに答える。
この手の質問にきちんとした答えは期待してない夏樹であったが、冬佳がいなくなって寂しいと言う気持ちだけは分かった。
「わかったわかった。
あ、でもそろそろじゃなかったっけ?」
「え? ……それは大丈夫だよ」
「そう?」
「うん」
断言する恵理に夏樹は、そう言うならと納得したようだ。
「しかし昼間っからする話じゃないな」
「そ、そうだね……あはは……」
恵理は照れ笑いをした。
夏樹もそれにつられて微笑んだ。
「さて。あいつら待たせると悪いから行こうか」
「うん」
二人はしっかりとくっついたまま高志達が待つ喫茶店へと向かった。
店に着くと真っ先に冷やかされたが、夏樹が逆に見せつけるようにしたため、それ以上何も言えなくなったようだ。
その中で卯月は恵理のその姿が少し羨ましくなり、横に座る高志の方に寄って二の腕をくっつけていた。


そして時は流れ、もうすぐ卒業と言う二月のある晴れた日。

一年生のみなもと二年生の唯菜は通常通りだが、三年生の人たちにとってはいろいろと大変な時期であった。
受験生の由恵は大学受験の為、朝早くから受験会場に向かった。
今頃、試験の最中だろう。
城田姉妹はエスカレーター式の学校の為、こちらは平常通り。
むしろ他の三年生の面々が二月は休みだというのに、何故学校に行かなければいけないのかと愚痴をこぼしている。
永久就職が決まっている恵理は論外である。
そんな中、203号室の陽ノ下空は朝から時間を気にしながら何か準備をしていた。
これから会社の面接なのかきちんとした身なりをしている。
「あっと、そろそろ行かないと」
時間を確認すると空は大きな荷物を持つと急いで外に出た。
「えっと忘れ物無いよね」
部屋の鍵を掛けながら身の回りを確認し、夢園荘を出た。
駅への道の途中、こちらの方に来る恵理の姿が見えた。
向こうも気づいたのか手を振って近づいてくる。
「大きな荷物を持ってどうしたの?」
恵理が不思議そうに聞く。
「あ、もしかして夜逃げ……とか」
「どうしてそう言う発想するかな?」
「いや〜ただ何となく……」
「違うよ。今日はこれからH.I.Bに行くの」
「H.I.Bって……そうか、今日なんだ」
「うん」
「それじゃ、頑張ってね。結果楽しみにしてるから」
「ありがとう……でも不安なんだよね」
「やるだけのことはやったんでしょ」
「そうなんだけど……。ねぇ一緒に行って、お願い」
「う〜〜ん……」
「お願い、一人だと不安なの」
「仕方ないなぁ。友人の頼みとあらば付き合いましょう」
「ありがとう、恵理ぃ」
「いいよ。私も夏樹さんに用事があるし」
「そうなんだ」
「うん。……あ、時間大丈夫? 早く行かないと」
「そうだね、急ごう」
それから二人は駅へと向かい電車を乗り継いでH.I.B本社へ向かった。



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<あとがき>
恵理「飛びますね」
絵夢「何が?」
恵理「いきなり卒業シーズンなの?」
絵夢「まぁね、この空白期間はSSに譲るとして、このLSはここ夢全体のラストストーリーだからね」
恵理「ん〜〜そっか……」
絵夢「それに事件と思える事件も無いし、これを書きたいが為にこのLSを書き始めたんだから」
恵理「なるほど」

恵理「久々に空登場だね」
絵夢「うむ」
恵理「で、空は何の用事があってH.I.Bに行くの?」
絵夢「……本気で聞いてるのか?」
恵理「え?」
絵夢「忘れてるなら、大分前のここ夢を読み返してみよう」
恵理「え!?」

絵夢「では次回第18話(恐らく最終回)まで」
恵理「おたのしみに〜(って聞いてないよ!)」
絵夢&恵理「まってね〜」