NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

最初の一歩



 ここから始めよう

 きっと出来るから

 一歩ずつ進んでいこう

 ゆっくりと焦らずに

 信じていれば想いは叶うから

 心のままに まっすぐに


これは私が大好きな涼風 鈴(すずかぜ りん)さんの初めての詩集『ここから』の最初の詩。

私は水瀬睦月。今年高校受験の中学3年生。
去年の秋頃、国語の時間に図書室で「読書」をやった時、偶然見つけた詩集……それが涼風さんの詩集だった。
その中に書かれていたたくさんの詩、それは恋のこと、友達のこと、将来のことetc……。
それらの詩は、当時卯月お姉ちゃんの駆け落ち騒動とかあっていろいろと混乱していた私の心のもやもやをすっきりさせてくれた。
私はその日の放課後、帰宅途中に本屋によって涼風さんの詩集を全3冊を全部買った。
図書館で借りれば良かったんだけどどうしてもずっと手元に置いておきたくて(^^;

そして今日、4冊目の新刊が発売された。
前回から数えて2年ぶりらしいけど、私から見たら数ヶ月ぶり(^^)
私は新刊「思い出」を本屋で購入して、学校帰りの日課になっているノルンに来ていた。

「睦月、またその人の本買ったんだ」
カウンターで紅茶を飲みながらさっき買ったばかりの詩集を読んでいる私に、お客さんが少なくてちょっと暇している卯月お姉ちゃんが話しかけてきた。
「またって、まだ4冊目だよ」
「良いんだけどね……そんなに良いの、その人?」
「うん!」
「私には詩なんて分からないからなぁ……」
卯月お姉ちゃんはあまり関わりたくないみたいな感じで言う。
まったく卯月お姉ちゃんには葉月お姉ちゃんみたいに教養ってものが必要だよね。
「詩って言えば、夏樹がそう言うの得意だったな」
カウンターの向こうで私達の話を聞いていた高志お兄ちゃんが思いだしたように言った。
「「夏樹お兄ちゃん(さん)が? 意外だなぁ」」
私達は思わず声があってしまった(^^;
「本人聞いたら、気を悪くするぞ」
高志お兄ちゃんが苦笑いを浮かべている。
「でも夏樹お兄ちゃんには悪いけど、やっぱりイメージが……」
「夏樹さんって詩を書くイメージ無いもんね」
「でもあいつ洋服デザインもするぞ」
「それは知ってるけど……それすら……」
「夏樹お兄ちゃんのイメージからかけ離れすぎてる」
「お前ら……夏樹のことどう見てるんだ?」
呆れたように質問をしてくる。
私達は互いに顔を見合わせて少し考えると……。
「「夢園荘の暇そうな管理人!」」
「暇そうで悪かったな」
突然背後から少し怒ったような聞き覚えのある声がした。
正面の高志お兄ちゃんは、あ〜あと言った表情をしている。
私達はおそるおそる後を振り向いた。
「「夏樹お兄ちゃん(さん)こんにちわ(^^;;」」
「はい、こんにちわ」
夏樹お兄ちゃんが片手に紙袋を持って笑顔を引きつらせて立っていた。
「あのさ、これでも忙しい身なんだよ」
「そう、なんですか?」
「でも夏樹さん夕方のこの時間になると毎日来てるから……」
「だから暇だと……」
「この時間に終わるように終わらせてるの」
「「そ、そうですか……(^^;」」

この夏樹お兄ちゃん−早瀬夏樹さんは夢園荘と言うアパートの管理人で、現在樋山恵理お姉ちゃんを同棲してるんです。
高志お兄ちゃんと卯月お姉ちゃん達とどっちが先に結婚するかと言うので夢園荘の人たちを賭をしているのは内緒の話です。

「夏樹、はいコーヒー」
高志お兄ちゃんがカウンターの上にコーヒーを差し出す。
「まだ注文もしてないのに……」
さっきの引きつった顔から呆れた顔に変わった。
「他の頼むつもりでいたのか?」
「実はなコーヒーを頼むつもりでいたんだ」
夏樹お兄ちゃんはそう言うと特等席のカウンターの真ん中の席に座る。
「そうか……そいつは悪いことをしたな、俺はてっきりいつものコーヒーだと思っていたんだが……」
「いや、気にするな。今日はコーヒーが飲みたかったんだが、仕方ないからお前が勘違いで出したコーヒーを貰うことにするよ」
「そうしてくれると助かる」
「………(-_-;;」
「ん、どうしたの睦月ちゃん」
「い、いえ何でもないです」
「そう」
夏樹お兄ちゃんは何もなかったかのようにコーヒーに口を付ける。
いつも思うけど、お兄ちゃん達ってどこまで本気なのかな(^^;;
ふと卯月お姉ちゃんを見ると(いつものことだからほっといてあげて)みたいな顔をしていた。
こういう光景を見ると、卯月お姉ちゃんって高志お兄ちゃんの何処が好きになったのか分からなくなるよね(^^;

”カランカラン”
「こんにちわ〜〜〜」
いつものように悩みのない元気な人が……。
グリグリグリ……。
「痛い痛い痛い痛い〜〜〜」
素早く私の背後に来ると両方のこめかみに拳を当ててグリグリしてきた。しかも笑顔で(;_;)
「睦月ちゃ〜〜〜ん、酷いこと考えてるでしょ」
「考えてないですぅ」
「ん〜〜そう、ならいいけど(^^)」
そして一言「ごめんねぇ」と言って夏樹お兄ちゃんにべったりとくっついた。
本当にこの人は……ってこれ以上考えるとまた同じ目に会うからやめとこ(-_-;

この人が樋山恵理お姉ちゃん。夏樹お兄ちゃんの同棲相手です。
でも相思相愛なのは良いけど、人前でべたべたするのはどうかと思う。
「だって好きなんだもん」
「はぁ……(^^;」
恵理お姉ちゃんってやっぱりテレパシーが使えるよね。さっきの動きから考えるとテレポートも……。
「だから超能力者じゃないって」
「……はぁ……(-_-;」

「それって涼風鈴の新刊?」
夏樹お兄ちゃんが私が手に持っている詩集に気づいた。
「はい! 夏樹お兄ちゃんも知っているんですか? 涼風鈴さんのこと」
「ま……一応ね」
なんか奥歯に物が挟まったような言い方ですね……気のせいかな?
「私、涼風鈴さんって凄く素敵な女性だと思うんですけど、夏樹お兄ちゃんはどう思いますか?」
「女性?」
「はい、それが何か?」
「いや、そう思ってなかったから……」
「そうですか? 私はずっとそう思っていたんですけど……」
「あれ、今日発売だっけ?」
突然、夏樹お兄ちゃんの向こう側でオレンジジュースを飲んでいた恵理お姉ちゃんが言った。
「はい、恵理お姉ちゃんも知ってるんですか?」
ちょっと驚き。そう言うのに興味ないと思ってたのに……。
「私だって知ってるよ。ちゃんと過去3冊持ってるんだから」
意外……。
「今、意外だって思ったでしょ」
「お、思ってないです」
さっきの痛みがこめかみに走る。
「恵理、あまり睦月ちゃんをおもちゃにして遊ぶなよ」
「おもちゃって、スキンシップだって」
「はいはい」
「夏樹さ〜〜ん」
だんだん話が逸れていく……(^^;
「でも今日発売だったんだ」
夏樹お兄ちゃん、強引に話を戻した。
これも才能かな?
「チェックしてるわけじゃないんですか?」
「本屋で見かけたらって感じだから」
「そうなんですか。でしたら読みますか?」
「良いよ。後でGETできるし」
「そうですか。でも読んでいて思うんですけど私もこういう風に詩が書けたら良いなって……」
手元の詩集に目を落とす。
すると恵理お姉ちゃんが興味津々な目を向けてきた。
「書いたらどう?」
「そんな無理ですよ。書いたこと無いし……」
「でも最初から書ける人なんていないよ」
夏樹お兄ちゃんが真剣な目で私を見る。
「詩って、大切なのはその瞬間の心や気持ちだと思うんだ」
「心……気持ち……。そう言えば夏樹お兄ちゃんも書いているってさっき高志お兄ちゃんから聞いたんですけど……」
「趣味の範囲だけどね」


 愛しき人を待っている

 コーヒーの薫りを感じながら

 これからの時間を思い浮かべて


今、夏樹お兄ちゃんが即興で作ってくれた詩。
私は思わず言葉を失ってしまった。
卯月お姉ちゃんも感心したような驚いたような複雑な表情を浮かべている。
高志お兄ちゃんと恵理お姉ちゃんは前から知っていたのか普通にしてるけど……恵理お姉ちゃんはなんか照れているみたい。
「まぁ即興だから、こんなもんかな? 一応恵理が来るまでの自分の気持ちを詩にしてみたんだけど」
もしかして惚気? それはともかく……。
「なんか凄いです」
素直な感想。
「とにかくさっきも言ったけど大切なのはその瞬間心が感じたこと、ありのままを表現することだと思うんだ」
「ありのまま……」
「そう」
「私にも書けますか?」
「きっと出来るよ」
夏樹お兄ちゃんの優しい笑み。
その笑みは私にもしかしたら出来るかも知れないと言う自信をくれた。
「私、書いてみます」
「うん……あ、そうだ。出来たらこれに応募したらどう?」
足下に置いていた紙袋から一冊の雑誌を取りだした。
「これは?」
「詩の投稿雑誌」
「投稿?」
「そう。こいつに掲載されるのはなかなか大変だけど、それでも面白いと思うよ」
夏樹お兄ちゃんから雑誌を受け取りその表紙をジッと見つめた。
「自信がない?」
「うん」
「涼風鈴、最初の詩集『ここから』の最初の詩、覚えてる?」
「うん………」
私はゆっくりと言葉に出す
「ここから始めよう
 きっと出来るから
 一歩ずつ進んでいこう
 ゆっくりと焦らずに
 信じていれば想いは叶うから
 心のままに まっすぐに」
私は軽く息を吐くと夏樹お兄ちゃんを見た。
「書いてみようと思います」
「頑張りなよ」
「はい!」
私はこの日最高の笑顔で返事をした。

その夜ベッドの上で夏樹お兄ちゃんから貰った雑誌を読んだ。
あの後、実は私の好きな涼風鈴さんもこの雑誌からデビューしたと言う話を聞く。
「夏樹お兄ちゃんって物知りなんだ。もしかして涼風鈴さんの友達とか……そんなわけ無いか」
天井を眺めながらつぶやく。
「私にも書けるよね……きっと……」
そして静かに眠りについた。



<おまけ>
「本当のこと言わなくて良いの?」
「向こうは涼風鈴が女だと思っているんだぞ。わざわざ夢を壊す必要はないだろう」
「そうだけどね……後で知ったら傷つくかもよ。涼風鈴先生」
「その時はその時だよ」
「ま、仕方ないか」
「そうそう」
「ところでこのペンネームってどうやって考えたの?」
「考えてるときに涼しそうな風鈴の音が聞こえたから」
「………知らない方が幸せなこともあるよね。夏樹さん」
「そうだな、恵理」



Fin


<あとがき>
絵夢「と言うわけで早くもサイドストーリーの登場です」
恵理「最終回記念でCG描くようなこと言ってなかった?」
絵夢「暇が無くてのぉ、ごほごほ」
恵理「はいはい。しかし本編では影が薄かった睦月ちゃん、少しは影がついたかな?」
絵夢「謎だな。相変わらず動かないからやりにくい娘なんだよ」
恵理「泣き言言わない、ところで今回夏樹さんの副業が出てきましたね」
絵夢「これは副業と言うよりは副副業だね」
恵理「と言うことはまだあるって事?」
絵夢「それはおいおいということで」
恵理「なるほど……本編『睦月の章』で夏樹さんが電話をしていた相手って言うのは編集の人とか?」
絵夢「それもおいおいと言うことで」
恵理「……あくまでもノーコメントなのね」
絵夢「その通り!」
恵理「ま、いいか……」(溜め息)
絵夢「ではそう言うわけで」
恵理「『ここは夢園荘』サイドストーリー」
絵夢「これからどうなっていくかわかりませんが」
絵夢&恵理「どうぞよろしくお願いします!」