NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

風の心(前編)


8月、夏まっただ中。
私達は夏樹さんの知り合いの田所さんの招待で軽井沢の避暑地に来ました。
何でも夏樹さんがデザイナーの仕事をしている『H.I.B』の新しい保養施設が出来たから、正式オープンの前にモニターをしてもらえないかとのこと。
なんで保養施設でモニターなんかが必要なのかは夏樹さん自身不思議がってたけど、ただで旅行が出来ると言うことでその辺はうやむやになっちゃったみたい(^^)
そしてその施設からの迎えをこの駅前の木陰で待っているです。
この旅行のメンバーは私の未来の旦那様、早瀬夏樹さんと早く結婚したい私、樋山恵理。それから鷹代高志さん、卯月ご夫妻(将来の話ね)の以上4人。
他の人はと言うと帰省だったり部活だったり仕事だったりと都合がつかなかったみたい。
あちらはあちらでよろしくやると思うから、こちらもこちらで今日から三日間楽しみだなぁ(*^^*)
「って一人で盛り上がるなぁぁぁ!」
”パッコ〜〜ン”
「う……痛い……」
「ったく」
私の背後に空が呆れたような苛ついているような表情で丸めた雑誌片手に立っていた。
「いきなり叩くこと無いじゃない」
「なんかその顔を見てるとろくでもないことを考えている気がしてね」
「そんなこと考えてないよぉ」
「どうせ夏樹さんとのことで思いを巡らせてたんでしょ」
「す、するどい……もしかして私の心を読んだの」
「読めるかぁ! その前にあんたの考えてることぐらい分かる」
「う……空ってば怖いよぉ」
「あんたがそうさせてるんでしょ!」
だんだん眉間に皺が寄っていってるよ。
30分近く炎天下の下で待たされて切れかかってるんだなぁ……これは(^^;
「二人ともいつまでも漫才してないで行くぞ」
私達を呼ぶ夏樹さんの声。
そちらの方を見ると、いつの間にか迎えの車が来たみたい。
「「は〜〜い」」
私達二人は先を行く4人の後追うようにに車に乗り込んでいった。

……と言うわけでメンバーは夏休みなのに帰省もせず暇していた陽ノ下姉妹も含めた全6人です。
本当は二人っきりの方が良かったんだけどなぁ……。


「「「「うわぁ〜〜〜〜」」」」
保養施設に着いた私達はその立派な建物に驚いた。
外観は地上6階建ての普通のリゾートホテルで、どの部屋からも素敵な景色を眺めることが出来るのは容易に分かる。
しかも車の中で貰ったパンフレットによると、露天風呂はもちろん室内プールまで完備しているらしい。
「保養施設だって言うからもっと地味な物を想像してたのに……」
「どう見てもホテルだよね」
「こんなに凄いところ、良いのかなぁ……」
「そうですよね。ところで……」
私達4人はそれぞれ思ったことを口にしながら建物を眺めている。
「そんなところでいつまでも突っ立ってないで中に入ろうよ」
「驚くのは落ち着いてからでも良いしな」
夏樹さんと鷹代さんが後から呆れたような様子で言う。
「そ、そうだね」
「じゃ、入りましょう」
「そうしましょう」
「姉さん、自分の荷物まで私に持たさないでください」
「え、あはははは」
「笑って誤魔化さない」
「空ってやっぱり」
「みなもちゃんがいないとダメみたいだね」
「二人ともぉぉぉ(;_;)」
「姉さん!」
「……はい(;_;)」
会話に参加してない夏樹さんと鷹代さんはと言うと……私達の会話に苦笑いを浮かべていた。……やっぱりね(^^;


「夏樹おぼっちゃま、お久しゅうございます」
ロビーで待っていた初老の男性が夏樹さんの姿を見るたび、寄ってきて手を取りながらそう言った。
でも『おぼっちゃま』って……?
他の人を見ると鷹代さん以外は私と同じ反応みたい。
「もしかして小島さん? なんでここに……?」
「おぼっちゃま、私のことを覚えていていただきありがとうございます。しかしこんなに立派になられて、先代も生きていらっしゃったら凄くお喜びになられたことでしょう」
「あ、あの小島さん……」
あ……夏樹さんが狼狽えてる……。
「なんでしょうございましょうか」
「その『おぼっちゃま』って言うの止めてくれないかな。そう言うガラじゃないし……」
「いえ、しかしそれでは……」
「お願い」
「はぁ……それでは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「夏樹で良いよ」
「分かりました、それでは夏樹様とお呼びします」
「まぁ、それならいいけど……それよりもどうしてここに?」
「昨年、定年退職をしたおり、保養施設の総合管理をなさっている田所さんよりこちらの管理をしてもらえないかと言われまして」
「あの人ってそんなことまでやってたんだ……(^^;」
「はい、それで夫婦でこちらの管理をさせていただいております」
「奥さんも一緒なんだ」
「はい。ただいま家内は孫と一緒に買い出しに行っておりますので、戻りましたら紹介いたします」
「それはどうも……」
なんか夏樹さんの調子が狂っている感じ(^^;

この後、しばらく話し込んでからそれぞれの部屋へと案内された。
全室二人部屋で空とみなもは問題なかったんだけど、夏樹さんと鷹代さん、私と卯月と言う風に部屋割りをしようとしたので、半ば強引に私は夏樹さんと同じ部屋にして貰った。
そうすると自動的に鷹代さんと卯月が同じ部屋になるわけだけど、問題なしと言うことで押し切った。
小島さんが困惑していたのは分かる気がするけど、なんで鷹代さんまで困惑してたんだろう。

そして部屋に入るなり夏樹さんはベッドに倒れ込んだ。
「夏樹さん?」
「まさかこんなところで爺さんの秘書だった人に会うなんて思っても見なかった」
「ああ、それで夏樹さんのことを『おぼっちゃま』なんて呼んだんだ」
「まぁね……三代目と言う立場上そう呼ばれてもおかしくはないんだろうけど……おかしいよな」
「そうだね、夏樹さんってそう言う柄じゃないもんね」
「そうそう」
「ところで、部屋割りの時に小島さんが私の『夏樹さんと同じ部屋』と言ったとき困惑したのは分かったけど、それで卯月と同じ部屋になれた鷹代さんまで困惑したのはどうして?」
「たぶん、夜はそれぞれの部屋で寝てるって聞いたことあるから、そう言う事じゃないかな?」
「え……だって同棲してるのに?」
「タカって結構真面目だからな」
「それは知ってるけど……そうなんだ……」
「とは言ってもあいつも男だから手を出してないとは思えないけどな」
「案外、卯月の方が主導権を握っていたりして」
「それあるかも」
私達はお互いにおかしくなって笑い出してしまった。

”トントン”
ドアをノックする音にドアを開けるとそこには鷹代さんと卯月が仲良く立っていた。
さっきまで二人のことで盛り上がっていたので何となく笑い出しそうだったけど、それを何とか押さえ込んでごく普通の笑顔で出迎えることが出来たみたい。
「どうしたんですか?」
「この辺を散歩しようと思って誘いに来たんだけど……」
「?」
鷹代さんの表情に『?』が浮かんでいる。そしてその視線は私の後の方に……。
そこでは夏樹さんが笑いを堪えて悶え苦しんでいた(-_-;
「何かあったのか?」
「夏樹さん、苦しそう(^^;」
二人が不審がってるよ……。
「たぶん、思い出し笑いだと思うんですけど……(^^;」
「そうなの?」
「まあ、怒ってるとか泣いてるとかに比べたら遙かに良いけど、それにしても……おい、夏樹!」
まだ悶えている夏樹さんに少し大きめの声で呼びかける。
呼ばれた夏樹さんは涙目でこちらの方に顔を向けた。
「な、なに?」
「なにを思い出してるかは知らないけど、端から見てると妖しすぎるぞ」
「そうか?」
「「「うん」」」
あ……思わず私も一緒に頷いちゃった。
「……タカと卯月はともかく恵理まで頷かなくても(^^;」
「ごめんね。ついつられちゃって」
「まぁ良いけど……散歩のお誘い?」
「どうせ時間はあるんだし、ごろごろしてるのは勿体ないだろ」
「そうだな、じゃ、行くか」
夏樹さんはそう言うとベッドから立ち上がった。
それから私達は空達の部屋へ行き二人を誘うとそのまま散歩に出かけることにした。


散歩と言うだけで特に目的も無かった私達はホテルから湖まで続く遊歩道を歩くことにした。
「都会の雑踏を離れ、自然を満喫する。気持ちいいよなぁ」
「タカ………その後『極楽』なんて言うなよ」
「言うと思うか」
「言いそうな気がした。というか風呂入ると言ってそうな気がしたから」
「………」
「………」
「………」
「………」
目で語り合う二人……にらみ合ってるわけじゃないんだけど、半眼でそれをするのは止めて欲しいなぁ(^^;;
「夏樹さん達は相変わらずだなぁ」
「喧嘩するほど仲が良いと言うから大丈夫ですよね」
この姉妹も状況を流すというテクを身につけてるから、そのままにしておくつもりなんだね。
そんな中で卯月だけが何か考え事というか何か思い出そうとしていた。
「ん〜〜」
「卯月、どうしたの?」
「お店が忙しかったときとか言ってる気がして……」
そして一瞬の沈黙。
「そうか……俺達、三十路近いもんな」
夏樹さんはそう言いながら鷹代さんの方を2回ポンポンと叩いた。
「その同情の目は止めろぉ」
「気にするな。さぁ行こうか」
「「「「は〜〜い」」」」
私達4人は夏樹さんと一緒に歩き始める。そして鷹代さんは……。
「あの……ほったらかしっスか(;_;)」
鷹代さん……なんか心で泣いてるみたい(^^;

遊歩道を歩いているとあちらこちらから鳥のさえずりが聞こえてくる。
そして私の横には夏樹さんがいる。
このまま時間が止まってくれればいいのに、なぁんて考えちゃったりして(*^^*)
二人っきりの空間。二人だけの世界。
私の心はバラ色。
「夏樹……恵理ちゃん、ちょっと変だぞ」
「自分の世界に浸ってるだけだから大丈夫だと思うよ」
「恵理だもんねぇ……みなももそう思うでしょ」
「あはははは……(^^;」
最初の鷹代さんの言葉で一気に現実に引き戻された私。
さらに口々に言いたいことを言ってくれてる人たちだなぁ。
せっかく幸せ気分を満喫してるのに……(-_-;
でも夏樹さんはそんなこと思って無いよねとそちらを見ると………その顔はもしかして呆れてる?
「……夏樹さんまで(;_;)」
「へ? 俺は何も言ってないぞ」
「でも呆れてなかったか?」
「タカ、俺は……」
「夏樹さん、『俺は』何ですか?」
「う、卯月まで……」
あ……夏樹さんが狼狽えてる。
「さっきもそうでしたけど夏樹さんでも狼狽えることがあるんですね」
「滅多に見られないものかも」
やっぱり空とみなもちゃんも私と同じ事を思ったのね。
さらに鷹代さんや卯月まで頷いてる。
「お前ら……俺で遊んでるだろ」
「夏樹、気のせいだ」
「ったく」
夏樹さんは軽い溜め息をついた。
本当は二人の方が良かったけど楽しいから良いかな?
と思いながらも私は夏樹さんにそっと近づくと彼の右腕に自分の腕を絡めた。
「ん、どうしたの?」
「ダメ?」
「構わないけど……」
「恵理……あんた、私達の存在無視してるでしょ」
「無視してないよ。ただ腕を組んで歩きたくなっただけ」
「あんたねぇ〜〜」
「恋人なんだから当然でしょ」
「だからって……」
「姉さん!」
「な、なに?」
「……いい加減にして下さい」
「……はい」
「それから恵理さんもあまり姉を刺激しないでください」
「ごめんね、みなもちゃん」
みなもちゃんって絶対に苦労するタイプだよね、ってその原因はいつも空か(^^;
「恵理……」
「何です、夏樹さん?」
「今、記憶改竄したろ」
「え……やだなぁ、そんなわけ無いじゃないですか」
夏樹さん、もしかして……。
「こつを掴むと簡単なもんだな」
「あははははは……」
やっぱり(^^;
「それはさておき、これからどうする?」
「湖の方にボートがあるみたいだからそれに乗るというのは?」
「「賛成」」
「………」
「姉さん、どうしたんですか?」
「聞かないで……」
「分かりました。では私も賛成です」
「みなもちゃ〜〜ん(;_;)」
みなもちゃんってきっと分かっててやってるんだろうな(^^;
「ではタカの意見を採用と言うことで行きましょう!」
「「「「お〜〜〜」」」」
返事したのが何故4人かというと空は心で泣きながら周りに合わせて手を挙げただけだったから。ちょっと可愛そうかな?
でも夏樹さんとボートに乗るのは私なんだから、うん。

湖の上にはいくつかのボートが浮かび、その上でそれぞれの時間を過ごしているみたいだった。
そしてこれから私と夏樹さんもあの中の一つに……(*^^*)
私は腕を組んでいるというか、すでに抱きしめている形になっている夏樹さんの腕を思わずぎゅ〜〜と抱きしめた。
「恵理……」
「え、何?」
「痛いんだけど……」
「え……あ、ごめんね」
失敗失敗(^^;
それでも離したくないので抱きしめる力をちょっとゆるめるだけ。
「恵理……あんた浮かれすぎ」
う……空の視線が痛い(-_-;
「だって〜〜〜」
「だってじゃない!」
「でも〜〜〜」
「でもじゃない!」
こめかみに青筋が見える勢いだ(^^;;
「私、昔見たアニメで二人の様な台詞のやりとりを見たことがあります」
場の雰囲気を無視した様なみなもちゃんの言葉。
「みなもぉ、気をそぐようなこと言わないでよぉ」
「でもあのままだと止まらないでしょ。ね・え・さ・ん」
「……はい」
私はこの時確信した。みなもちゃんには逆らうまい(-_-;;
そういえば全く会話に参加してこない鷹代さんと卯月はどうしたんだろう。
二人がいる当たりを見ると……あっちだって二人の世界に浸ってるじゃない!
「空! 私ばかり言わないでよぉ。鷹代さんと卯月だって同じじゃない!」
「向こうは良いの」
「あのねぇ……」
「二人とも仲良いのは良いけど、そのぐらいにしたらどうだ」
夏樹さんが呆れたように苦笑いしながら口を挟む。
「「は〜い」」
「しかしみなもちゃんも空の保護者大変だね」
「慣れましたから」
「みなもちゃ〜ん」
「事実、だよね」
泣きつこうとする空にジト目ですぱっと言い切るみなもちゃん。やっぱり怖いかも。
「お〜〜い、ボートに乗るなら乗ろうぜ」
「早く乗ろうよ」
自分たちの世界にいると思っていた鷹代さんと卯月が促してきた。
何となく諦め気分で呆れているように見えるのは気のせいかな?
気のせいじゃ無いよね……やっぱり(^^;
「ごめんごめん」
「いつものことだから構わないけどな」
「「あははは」」
どうしてここで笑うのかな?
でも夏樹さんと鷹代さん、二人が息が合っていると思う瞬間。
「あの……」
その時、私達に女の人が声をかけてきた。
「「「「「「はい」」」」」」
そして一斉に返事をする私達。
あ、ちょっと引いてる?
「あれ、もしかして……」
夏樹さんが少し懐かしそうな顔をする。
顔見知りなのかな?
「やっぱり、夏樹くんだ!」
そう言うとその人は突然、夏樹さんに抱き付く。
私達は全員、言葉を失った。
夏樹さん……この人は一体誰なの……。


続く


<あとがき>
絵夢「今回はwindomさんのリクエスト「夏樹と恵理のバカンス」をヒントに書きました」 恵理「ねぇ」 絵夢「しかし難産でした(;_;)」
恵理「ねぇってば」
絵夢「よもやこんなに掛かってしまうなんて……」
恵理「マスター!」
絵夢「しかも続き物になってしまうなんて……」
恵理「最後に夏樹さんに抱き付いた女って誰なの!」
絵夢「続きは年明け確定ですが、お楽しみにと言うことで……」
恵理「マスター!!」
”ボカッ!”
恵理「ったく、人の話を……あれ?」
絵夢「………」
恵理「マスター? ………あはははは(^^; それではまた次回をお楽しみに」