NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

風の心(後編)


薄暗い林の奥。
私は未だに木の根本で膝を抱えうずくまっている。
日が傾いてきてさらに暗くなって来た。
それでも私はそこから動けなかった。
心が痛くて、息が詰まりそうで、自分でもどうすることが出来ない。

……助けて……。

その時、左手の薬指にはめている夏樹さんから貰った指輪の青い石が光り出した。
と同時に私の目の前に小さな竜巻(?)が巻き起こる。
「な、なんなの……」
驚きのあまりただただ呆然として、目の前で起きている出来事を眺めることしかできなかった。
小さな竜巻は人の身長ぐらいまで舞い上がると、中から眼鏡をかけた女の人が姿を現した。
年に頃は15、6歳ぐらいで、髪の毛は背中の中程まである。
服装はいかにもラフな感じ。
そしてその顔はどこかで合ったような気が……。
「やっほ〜、恵理ちゃん、ひさしぶり〜」
その人はまるで私に事を知っているかのように陽気に話しかけてくる。
「あ、あの……」
突然のことにとまどう私に、その人は心配そうに顔のぞき込んで来た。
と言うよりちょっと悲しそうな顔をしている。
「もしかして私のこと覚えてないの?」
「え?」
「う〜〜〜夢の中で一度会ってるのに」
「夢の中で?」
「そう!」
「え〜〜っと……」
なかなか思い出せない私に彼女は少し苛ついている様子。
「もう私だよ。冬佳だよ」
「え……冬佳……さん?」
「そうだよぉ。まぁ確かにあの時は眼鏡まで実体化できなかったからはずしてたんだけど、忘れてるなんて酷いよぉ」
冬佳さんは口をとがらせて抗議する。
確かにあの時、夏樹さんが退院したときに夢の中で合ったけど、だけど何で?
「あ〜〜〜信じられないって顔してる」
「そ、それはそうですよ。だって冬佳さんは……」
そこまで言って私はハッと口に手をやって言葉を飲み込んだ。
なんとなく言ってはいけないような気がしたから……。
「確かに私は死んでるし、今の私は幽霊みたいなものだよ。でもどうしてここにいるかと言うと、その指輪の力のお陰」
「この指輪?」
私は手元の指輪を見ると、いつの間にか輝きが消え元の状態になっている。
「その指輪の詳しいことはお兄ちゃんから聞いてくれれば良いから、私からは簡単に言うけど、その指輪に風の精霊が宿っていて私も死んだときにその精霊さんと一つになったの。で今回出てきたのは恵理ちゃんの事が心配だったからなの。だってあのままじゃ恵理ちゃんが壊れそうだったんだもん。もう心配で心配で」
ややオーバーアクション気味で『いかにも私は心配でどうしようもないのよ』的なポーズをしている。
……冬佳さんってこういう人なの?(^^;
「つまり私のために……」
「そう! そういうことなの!!」
冬佳さんは嬉しそうに私の手を取ろうとした。でもするっと通り抜ける。
「ありゃ……実体化と言っても物理的な物じゃないんだ。もう、後で楓さんに言わなきゃ」
なにやら独り言のようにつぶやく。でも幽霊さんというのは本当みたい。
確かに言われてみればかすかに向こう側が透けて見えるような気がするし……。
「それは置いておいて……恵理ちゃん」
「は、はい」
なんか……立ち直りが早いと言うかテンポの早い人……(^^;
「心配しなくても大丈夫だよ」
「?」
「お兄ちゃんはいつだって樋山恵理、あなたと言う女の子を見ているんだから」
「冬佳さん……」
「それにあんな雪ちゃんの言うことを真に受けちゃダメだよ。全くあの娘はろくでもないことばかり……ぶつぶつ……」
「あのお知り合いなんですか……」
「一応ね、事あることに私に突っかかってきてたから。ま、あの娘もお兄ちゃんの事が好き故の行動だって言うのは分かってたから、私も軽くあしらっていたけどね。うふふふふ……」
思い出したように笑みを浮かべている。
その笑みになにかイヤ〜〜な物が含まれているのは私の気のせいかな?(^^;
「あ、脱線しちゃった……。とにかく、お兄ちゃんのことを信じてあげてねって私が言うまでもないか。あなただってお兄ちゃんのこと愛してるんだもね」
その言葉に私は真っ赤になってしまった。
「なんか可愛いなぁ。こういうの初って言うのかなぁ」
「からかわないでくださいよぉ」
「ふふふ……」
「う〜〜〜」
私は冬佳さんに抗議の目を向けるけど、全然利いてないみたい。当然か……。
「それじゃここから本題ね」
と言いながら冬佳さんはまじめな顔になる。
「恵理ちゃん、逃げてばかりいちゃダメだよ。辛いことから目を背けてたら先には進めないよ」
「でも……自分でも分からなくなるんです……」
「その原因が過去にあることは恵理ちゃんには悪いと思ったんだけど、少しだけ記憶に触れたから知ってる」
「……!」
思わぬ告白に私は言葉を失う。
「お兄ちゃんに頼ってばかりいたらダメだよ。恵理ちゃんもまたお兄ちゃんから頼られる存在ならないと」
「私が……?」
「そう、それがお互いに愛し合うと言うことだと思うんだ。お互いに足りない部分を補いながら互いに成長していく。それが『愛をはぐくむ』と言うことじゃないかな? 私は少なくともそう思うよ」
「でも私は……弱いから……だから逃げることしかできなくて……」
「自分の弱さを知ってる人はそれだけで強くなれるんだよ」
「え?」
「お兄ちゃんだってそうでしょ。私の死を乗りこえたからこそ今は精神的にも強いでしょ。だから恵理ちゃんも強くなれるよ、絶対に」
「そう……かな……」
「『そう……かな……』じゃなくてそうなの! 私が言うんだから間違いないの!!」
冬佳さんが突然大声で私を諭すように言う。
「ん〜〜大声出してごめんね。だけど大丈夫だよ」
「……うん。頑張ってみる」
「よし、その意気だよ。それに私がいつも側にいるからね」
「側にって……あ、そうか。指輪の中にいるんですよね」
「そうそう。もし今回みたいに困ったことがあれば私に事を呼んでくれれば絶対に相談に乗るから。大船に乗った気でいてよ」
冬佳さんはドンと右手で自分の胸を叩く。
しかも自信満々に……この自信の少しでも私にあればいいなぁと思ってしまう。
「ありがとうございます。これからお願いします、冬佳さん」
私は立ち上がると深々と頭を下げてお礼を言う。
「そうそう恵理ちゃん。これから私のことを『お義姉さん』って呼んでね」
「はい?」
冬佳さんの申し出に頭の上に?マークが浮かぶ。
「だってお兄ちゃんのお嫁さんになるんだから当然でしょ」
「え、そ、そんな……」
再び顔が真っ赤に染まる。
「違うの?」
「違うこと無いけど……その、まだ私、高校3年生だし、結婚なんて……」
「でも結婚するんでしょ」
「まぁ、そうなったらいいなって……」
「それなら問題なし。私もあなたのこと『恵理』って呼ぶから『お義姉さん』って呼んでね」
「はい、分かりました。冬佳さん……」
「『お義姉さん』!」
「あ、ごめんなさい……お義姉さん」
「うん、よろしい。恵理」
『お義姉さん』と呼ばれたことが凄く嬉しかったのかニコニコとしている。
ここまで来て分かったこと……冬佳さんって強引な人だったんだ(^^;
「さぁてと、そろそろ愛しの王子様が来るみたいだから消えるね」
「王子様って……夏樹さん?」
「そうだよ。今ね、お兄ちゃんがもうすぐここに来るって風が教えてくれたから」
「大丈夫かな……私……」
「何、まだ心配事でもあるの?」
私は無言で頷く。
「だったらお兄ちゃんに『私は冬佳さんの代わりなの』って聞いてごらん。すると絶対に真剣に怒って『俺は今ここにいる樋山恵理が好きなんだ』って言うから」
(え!?)
「だから心配しないで大丈夫だから」
「うん、ありがとうございます。とう……じゃなくてお義姉さん」
「うん、よろしい」
なんか奇妙な再会(?)だけどこうして冬佳さんと話が出来て良かった。
心の中にあったもやもやがすっきり取れた感じ。
「そろそろ来る頃かな?」
「?」
「それじゃ私は引き上げるね。さすがに今は会うわけにはいかないから」
「えっと……」
もっと話がしたかった私は冬佳さんの別れの言葉に戸惑いを感じた。
「耳を澄ましてみると分かるよ。お兄ちゃんの声が聞こえるから」
「ホントに!?」
私は立ち上がると耳を澄まして周りを見回す。
「そう言うわけだから、またね」
「え?」
慌てて冬佳さんの方を見た。
その時、私の左手の指輪が輝きだし、同時に小さな竜巻が冬佳さんの身体を包み込んだ。
そして竜巻が消えると指輪の輝きも消え、冬佳さんの姿も消えた。
思わず落胆のため息がこぼれる。
「……でもいつでも会えると言ってたからいいかな……」
さっきまで冬佳さんがいた辺りと眺めながらそうつぶやいた。

「恵理!!」
暗い木々の間から私を呼ぶ声。
そこには私を見つけ安堵の笑みを浮かべた夏樹さんがいた。
「夏樹さん……」
私も自然に笑みが漏れる。
「良かった……」
夏樹さんはそう言いながら私の側に来ると、引き寄せ抱きしめてくれた。
「本当に良かった……」
私の耳元で優しくささやく。
「夏樹さん、心配をかけてごめんなさい。本当にごめんなさい」
「そうだな……みんなにも謝らないとな」
「うん」
こうして夏樹さんに抱きしめてもらえて、なんか幸せって感じ。
「お二人さん、無事を確かめ合うのはいいんだけど、俺はいつまでこうしてればいいんだ?」
「あ、すまん」
夏樹さんは私を離すとその声の主の方を向き謝る。
雰囲気を台無しにした声の主に私はちょっと睨んでしまった。
「ま、いんだけどさ……恵理ちゃん、睨むのはやめて」
「う……ごめんなさい、鷹代さん」
「な〜〜んかお邪魔みたいだから先に戻ってようか」
「変な気を使うなって。俺たちも戻るから」
「O.K.」
夏樹さんと鷹代さんは互いにフッっと笑い合う。
こういうところが時々なんだかなぁと思ってしまうんだけど、私にしても卯月にしてもこういう人たちを好きになったんだから仕方ないか(^^;

鷹代さんが先行するようして、私たちは林の奥から林道に出た。
時間にして20分程度かな?
無意識だったとは言え、結構奥まで入っていったんだなぁと我ながら驚いてしまう。
でも良く私にいるところが分かったよね……。
私がそう疑問に思っていると夏樹さんが鷹代さんに声をかけた。
「借りが出来ちまったな」
「ば〜〜か、こんなのが貸しの内に入るかよ。それに俺の方がお前に返さなきゃいけないんだから」
「お前に何か貸しなんてあったっけ?」
「きっとそう言うと思ってたよ。ま、俺が勝手に思いこんでるだけだから気にするな」
夏樹さんは頭に?マークを浮かべている。
そして私の頭にも二人の会話の内容に?マークが浮かんだ。

私達が保養施設に戻ると、入り口で空と卯月が出迎えてくれた。
空は「全く心配かけさせて!」と怒り、卯月は「無事で良かった」と言ってくれた。
私は二人のその対応が嬉しく感じ思わず笑顔になりそうだったけど、空が怒っているので顔に出さないようにしてとにかく二人に謝った。
すると空が私をそっと抱きしめてくれた。
「ったく……」
「?」
空の顔は凄く安心したような笑顔をしている。
ホント、ごめんね……。
「こんなところで立ち話もなんだし、中に入ろうよ。ところで二人とも、みなもちゃんは?」
いつまでもこうしている感じだったところで夏樹さんがそう促してくれた。
そしてみなもちゃんがここにいないことも夏樹さんに言われて気づいた。
「……えっと」
「その……」
二人とも様子が変。
「どうしたの二人とも?」
「「あははははは」」
やっぱり変。
私と夏樹さんと鷹代さんは二人の奇妙な態度に首を傾げつつ、中に入っていった。
そのロビーで私達は二人の様子が変だった理由を分かった。
ロビーの隅の柱の影でみなもちゃんが雪さんをロープで縛り上げていた。
しかも普通の縛り方じゃなく、右手と右足、左と左足をそれぞれ縛り、さらに胸をまるで締め上げる感じで強調するような縛り方をしていた。
さらにタオルで猿ぐつわ(と言うらしい)してしゃべれないようにしてるし……。
夏樹さんと鷹代さんは二人とも顔を引きつらせているし、後では空と卯月がどうしようもなく笑ってる感じ。
たぶん、私達5人は同じ気持ちでいるに違いない。
『この娘だけは怒らせてはいけない』と……。
でも良くこの状態で小島さん達に見つからなかったなと別に意味で関心もしてしまうけど……。
「あ、恵理さん、無事だったんですね! 良かったです!!」
私の姿を見つけたみなもちゃんはそれはもう嬉しそうだった……だったけど……ねぇ。
雪さんのこの姿を見たらなんか怒る気力が失せていくって……。
「みなもちゃん……」
「はい!」
「ほどいてあげて」
「え〜〜、せっかく逃げられないように縛ったのに……」
みなもちゃんはすごく不満そうな顔をしている。
だけどこのままってわけにもいかないからね。
「お願い」
「恵理さんがそう言うなら……」
そう言うとポケットからハサミを取り出しロープを切り始める。
ハサミで切らないとほどけない縛り方って……でもちゃんとほどくことも考えて用意してたんだよね……だけど、違うことで使うために用意していたような気がするのは何故?

ロープで縛られた後を押さえながら雪さんは私を睨んでいる。
私は軽いため息を付き一度目を伏せると、ジッと彼女の顔を見た。
そして互いに無言のまま時間が流れる。
他の5人はその行方をただ見ているだけ……夏樹さんが制止しているみたい。
ありがとう、夏樹さん。
さてここから私自身でけりを付けないといけない。
冬佳さん……ううん……お義姉さん、見てて。
「『何よ、人の顔をジッと見てきもちわるい』」
「!?」
私は精神を限界まで高めた上で、彼女の表情の動きから思っていることを読みとっていく。
さすがにこれには驚いているみたい。だけど容赦はしない。
「『なんで私の考えてることが分かるの』」
「あ、あなた……」
「『まるで化け物……寄らないで……』」
彼女のその表情に恐怖の色が浮かび、混乱しているのがよく分かった。
この辺で種明かしぐらいしておこうかな。
「私は人の表情からその人の考えてることが分かるの。洞察力が鋭いだけかも知れないけど」
「それにしたって……」
「『限度を超えてる』」
「!!」
雪さんは私に対する恐怖からそこで黙ってしまった。
「この力は私の精神状態に由来するから、さっきまでの不安定だった私には無理。だけど今は大丈夫。冬佳さんと……お義姉さんと約束したから、強くなるって約束したから。だから、もうあなたに何を言われても平気!」
「冬佳……ちゃん?」
「『何を言ってるの? あの娘はもう……』」
私がそう言うと、彼女は悔しそうに口を閉ざす。
何か言おうとすれば続きを私が言ってしまうので彼女は口を閉ざすしかないみたい。
「あなたがどう思うと勝手だけど、私は事実しか言わないから……」
「恵理」
私を止める夏樹さんの声。
「そのぐらいにしておこう」
「うん……」
ここでふと我に返った私……やりすぎたかもしれない(-_-;
「そう言うわけだ。俺も何か言おうと思ったけど、恵理が自分でけりを付けたから言うこと無くなったよ」
「……」
「さぁみんな晩ご飯にしよう!」
「「「「「は〜〜い」」」」」
「夏樹くん!」
「ん?」
「そんな人の心を読めるような、そんな気持ちの悪い娘の何処が良いの!」
「そんなの、樋山恵理だから好きになったに決まってるだろ。人を好きになるのに其れ以上の理由が必要かよ」
「それは……」
「あと……今の言葉聞かなかったことにしておいてやるよ」
夏樹さん怒ってるなぁ……。やっぱり『気持ち悪い娘』って言うところで切れたんだろうなぁ……私もちょっとキてるけど……。
でもお義姉さんの言うとおり『樋山恵理だから好き』って言ってくれた。凄く嬉しいよぉ(感涙)
「あんた、しつこいよ!」
突然、空が怒鳴った。
「私達は恵理がなんであれあの娘のことが好きなの。だからあんたがこれ以上恵理に何かするつもりなら私達全員を相手にするつもりで来なよね」
そこで雪さんは頭をうなだれてしまった。
う〜〜ん空ってばなんか格好いいなぁ。
だけどこんなところで告白だなんて……私には夏樹さんがいるからあなたの愛には応えられないのよ。
「恵理……」
「ん?」
「あんた、むちゃくちゃくだらない事を考えてたでしょ」
「何で?」
「今のあんたの行動が凄く変だったから……身体をくねらせてさ……」
「……空ちゃんってば可愛い!」
私はとりあえずその場を誤魔化すために空に抱き付いた。
「なんでそう言う結論になる!?」
「ん〜〜気にしちゃダメ」
そして周囲に笑いがあふれる。
やっぱりこういう雰囲気じゃないとダメだよね〜。
シリアスなんて私達には似合わないの(^^)


続く


<あとがき>
絵夢「ごめんなさい、また終われませんでした!」
恵理「まだ続くの?」
絵夢「あと1回、次回『エピローグ』と言うことでこれで終わります。今度こそ終わります」
恵理「あははは(^^;」

絵夢「さて今回ついに登場、ここ夢最強キャラ早瀬冬佳。あの恵理ですら手玉状態!」
恵理「だね……何と言っても夏樹さんの妹だと言うのが最大の理由なのかな?」
絵夢「それもあるし、それ以外の所でもいろいろとね(謎)」
恵理「なんだかなぁ(^^;」

絵夢「では次回『ここは夢園荘サイドストーリー 風の心(エピローグ)』」
恵理「お楽しみに〜〜」






恵理「ところでと言うことは冬佳さんの出番ってこれからあるって事?」
絵夢「内緒」
恵理「………(^^;」