NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

雨の日


どんよりと曇った金曜日の夕方。
今にも雨が降りそうな天気。
私−葛城唯菜は正門で偶然一緒になった由恵さんと一緒に家路を急いでいた。

「なんとか雨が降る前に着いたね」
私達が暮らす夢園荘が見えてくると由恵さんは嬉しそうに言った。
「そうですね。良かったです」
「うんうん」
そして私達はお互いに笑みを零すと夢園荘の敷地内に入った。
「二人ともお帰り」
庭で空の様子を見ていた管理人の夏樹さんが私達に声をかける。
「「ただいま」」
私達は声を揃えて挨拶を返す。
そして中に入ろうとしたとき、夏樹さんが私を呼び止めた。
「なんですか?」
「ご両親が来てるよ」
「え?」
私は自分の表情が強ばるのが分かった。
「一応、部屋に通しておいたから」
「そ、そうですか……」
「どうしたの?」
由恵さんが私の変化に気づいて声をかけてくれた。
「いえ、何でもありません」
「そう?」
「では夏樹さん、由恵さん。先に部屋に戻りますので失礼します」
「ああ」
「うん」
首を傾げる二人に背を向けると私は自分の部屋に急いだ。

部屋のノブに手をかける。
そしてゆっくりと廻しドアを開け中に入った。
するとお父さんとお母さんがこちらを向く。
「お帰り」
「お帰りなさい」
と私に帰宅の挨拶を言う。
それに私は一拍置き、いつものように笑顔を作ると「ただいま」と返した。
「連絡も無しでここに来るなんて、どうしたんですか?」
私は靴を脱ぎながら尋ねた。
「唯菜にとてもいい話を持ってきたんだ」
「いい話?」
私は上に上がるとテーブルを挟んで二人の正面に座った。
「そうなの。これを見て」
お母さんが布袋から薄い冊子のような物を取り出し私に手渡した。
それを受け取り開くと、見たことのない男の人の写真が左右に1枚ずつ張ってある。
「これって……」
この直後、私は嫌な予感がした。
「実は見合いの話を持ってきたんだよ」
「その人はねお母さんの知り合いの息子さんで、名前は坂本良樹さんと言って呉服屋の跡取りなの」
「それで私に見合いをしろと……」
「先方もお前のことを気に入ったと言っていたそうだ」
「一度会ってみるのも良いと思うの」
二人は口々に私に見合いを勧めてくる。
だけど私には……。
「……嫌です」
「今、なんて……」
「唯菜?」
私は見合い写真を閉じるとテーブルの上に置き顔を上げ二人と見た。
「嫌ですと言ったんです」
「唯菜、いったいどうしたんだい」
「どうして……会ってみるだけ会ってみても……」
二人は私の拒絶の言葉に動揺している。
この姿を見るのはこれで二度目……一度目はここに入る時だった。
あの時は自殺未遂で無理矢理自分の意見を押し通した。
だから今回も同じ手でと言うわけにはいかないだろう。
それに私もあんな痛い思いはしたくはないし、彼に……彰くんに心配も迷惑もかけたくない。
「とにかく嫌なものは嫌なんです」
「唯菜、訳を言いなさい」
私の強い拒絶の意志にお父さんはやや強めに言う。
「訳は……」
ここまで言って言葉に詰まった。
もしここで彰君の名前を出したら迷惑をかけてしまう……。
「……言えません」
目を逸らしそれだけを言う。
「唯菜、どうして嫌なのかちゃんとはなしてちょうだい」
「………」
「黙っていてはわからない。怒らないから理由をいいなさい」
「理由は言えません。だけどとにかく嫌な物は嫌なんです」
「唯菜!」
「唯菜……」
3人の間に沈黙が流れる。
時間にしてどれくらいか分からないけど、しばらくしてお父さんが深い溜め息をついた。
「こんなところで1人暮らしさせることはどんなことがあっても反対すべきだったようだな」
「そうね。管理人さんも若い方だし、住んでいる人達は学生さんばかりのようだし」
「……どういう意味ですか?」
私は抑揚の無い声で聞いた。
「つまりこんな悪い環境に唯菜を住まわせたことは失敗だったということだよ」
「唯菜、今すぐ家に帰りましょう。そうしないと不良に……」

バン!!

私は力の限りテーブルを両手で叩いて二人を睨んだ。
「私のことはいくら言われても構いません。だけど、夢園荘のみんなを悪く言うことはたとえお父さん達でも絶対に許さない!」
二人はビックリしたように言葉を失った。
「ここに来て私はたくさんの友達が出来たの。今まで友達と呼べる人が一人もいなかった私にだよ!
私にとってとても大切な人達を侮辱するなんて……絶対に許さない!!」
「唯菜、私達はお前のことが心配で心配で溜まらないんだ」
「そんな心配いらない!」
「興奮しないで……お母さん達が言い過ぎたわ」
「……出てって……とにかく出てって!」

パンッ!

部屋に響く乾いた音。
それはお父さんが私の頬を叩いた音。
「……お父さん……」
「あなた!」
「叩いてすまない、だが我が儘を言わずに私達の言うことも聞いて欲しい」
「……絶対に嫌だからね」
「唯菜!」
「二人とも大嫌い!」
そのまま私は制止の言葉振り切り外に飛び出した。

何処をどう走ったか分からない。
夢園荘から飛び出した時には陽は沈み雨が降り始めていた。
雨は靴も履かずに飛び出した私を容赦なく濡らす。
そして気づくと彰君の家の前にいた。
家の電気は消えている。
時間は分からないけど、彰君はもちろんご両親も帰ってきていないみたい。
私はそのまま門柱の前に座った。
11月の冷たい雨に私の身体がどんどん冷えてく感じがする。
なんか……だんだん眠くなってきたな…………………………。
彰君……会いたいよぉ……………………………………………。
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………………………………………………あれ、なんか暖かい。
包まれるよう暖かさ………………………………………………。

私はうっすらと目を開けると白い天井。
「あれ、ここは……?」
「気が付いた?」
その声のする方を向くと、そこには心配そうな表情をした彰君がいた。

彼の名前は伊東彰。
まだ中学3年生だけどれっきとした私の彼氏。
3歳年下なので恵理さんや由恵さんからは「ショタ?」とまで言われてしまったけど、好きだから仕方ないと思う。
第一それを言ったら夏樹さんはロリと言うことになるのでは?……と本人には言えないですね。
きっかけは駅前の喫茶店ノルンで彰君からラブレターを貰ったこと。
それから私達はすぐにつきあい始めたの。

「彰君?」
「大丈夫?」
「……うん」
私は首を左右に動かして周りを見る。
ここは彰君の部屋で私は彰君のベッドに寝ていた。
「私……」
「まだ寝てなきゃ駄目だよ!」
身体を起こそうとする私を彰君が慌てて止めようとする。
でもそれよりも早く私は身体を起こした。
すると彰君は動きを止めて顔を真っ赤にした。
そしてすぐに後ろを向いてしまった。
「?」
疑問に思いながら、ふと身体を見ると私は何も身につけていなかった。
「!?」
私は慌てて布団で身体を隠した。
「ど、どうして……」
「ご、ごめん。服が雨で濡れてて、そのままにしてたら風邪引いちゃうし、でも両親は旅行中でいなくて、だから僕が脱がして……でも決していやらしい気持ちとかじゃなくて……」
彰君はこちらに背を向けたまましどろもどろになりながら一生懸命言い訳をしている。
「……良いですよ」
「だから、本当に……」
「良いですよ。だからこっちを向いてください」
「え?」
私の言葉に彰君はゆっくりと振り向く。
「彰君だったら見られても良いです」
「唯菜さん……」
「少し恥ずかしいですけど」
私はそう言いながら彰君に微笑みかけた。
彰君も安心したように笑ってくれた。
「怒ってなくてよかった」
「ビックリしましたけど、でも私の為にしてくれたことですから、だからありがとうございます」
「いえ、僕も唯菜さんに何かあったら嫌だから」
「私、嬉しいです」
私は彰君を引き寄せると抱きしめた。
「ゆ、唯菜さん、胸、胸が!?」
「ジッとしてください……少しの間で良いのでこのままいさせてください」
彰君の耳元でささやくように言うと、彰君は振りほどくことを止め私の背に両手を廻し優しく抱きしめてくれた。
「唯菜さん……何かあったの?」
「…………」
「唯菜さん?」
「ご両親は旅行でいないってホントですか?」
「ホントだよ。まったく受験生の息子を残して、旅行にいっちゃう薄情者なんだから」
「だったら今日は二人っきりなんですよね」
「そ、そうなるのかな?」
彰君の顔が見えるように私は身体を少し離した。
彰君は上を向き目が泳いでる感じ。
きっと胸を見ないようにしてるのかな?
「一晩中側にいてくれますよね」
「え?」
「嫌ですか?」
「で、でも……」
「私のこと嫌い?」
「好きだよ……でもちょっと……」
彰君の顔がどんどん赤くなっていく。
すごく可愛い。
「胸があたって……なにか着る物を持ってくるから、手を離してほしいんだけど……」
「………」
「唯菜さん?」
「彰君も服を脱ぎませんか?」
「え!?」
「部屋は暖房が入ってるみたいで寒くありませんし……だから……」
「いや、それは……」
「彰君は私のことが嫌いなんですね」
「だから好きだって……」
「だったら……」
「でも……」
「……女の子の私がここまで言っているんですよ。後は男の彰君がリードしてください」
「唯菜さん……」
私はなにも言わずに再び彰君を抱きしめた。
そして彰君も私を抱きしめてくれた。
さっきよりも強くしっかりと抱きしめてくれた。























翌朝。
晴れた空の元、乾いた制服を着て私は彰君と外に出た。
靴は彰君の物を借りている。
少し大きくて歩きにくいけど、でもよろめくたびに彰君が支えてくれるから安心。
実際、歩きにくいのはそれだけじゃないけど……。
でも恵理さんと卯月さんが教えてくれたようにしたおかげで夕べは……。
あ……思い出しただけでなんか顔が熱くなる。
「どうしたの?」
彰君が心配そうに聞いてくる。
夕べのことで少し後ろめたい気持ちがあるのかな?
「ちょっと思い出しただけだから……」
「あ……」
私の言葉に彰君の顔も少し赤くなった。
「そ、それじゃ行こうか」
「うん」
私はもたれるように腕を組む。
彰君もそれを自然に受け入れてくれた。

この後、夢園荘に着いてから起こることに私は内面すごく緊張している。
恐らく彰君も同じ気持ちだと思う。
さて、あの両親をどう説得しようかな……。
でも彰君が一緒だし、夕べ彰君から勇気を貰ったから大丈夫。
頑張れ、唯菜!



Fin


<あとがき>
絵夢「唯菜の彼氏、初登場です!」
恵理「空白部分になにがあるの〜! 気になって夜も眠れな〜い!!」
絵夢「それは想像におまかせ〜」
恵理「それじゃ、あんなことやこんなことや……きゃ〜〜〜唯菜ってばおっとなぁ」
絵夢「……この娘はどこまで想像したんだ?」

恵理「それはさておき、きわどいところで18禁にしないよね」
絵夢「だって一般向けだからね」
恵理「……なるほど……でも読み手はそれで納得してくれるんでしょうか?」
絵夢「………………」
恵理「?」
絵夢「では次回、お楽しみに〜」(脱走)
恵理「逃げるなぁぁぁ!」







恵理「全く、逃げ足だけは早いんだから……それでは皆さん、まったね〜」