NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

六月(二)


梅雨入りして最初の日曜日。
私、早瀬恵理は二日前から降り続く雨にうんざりしていた。
「洗濯物は乾燥機があるから良いけど……」
リンビングの絨毯の上に座り、降り続ける雨を眺める。
夏樹さんが日曜なのに珍しく仕事でいないので余計鬱な気分かも……。

『カチャ』
リビングのドアが開く音。
振り向くと楓が下腹部を押さえて辛そうな顔をしている。
「お母さん、薬あるかな?」
「始まったの?」
「うん……」
「ちょっと待っててね」
私は立ち上がるとキッチンに置いてある常備薬を入れてある箱の中から痛み止めの薬とコップに水を入れて、ダイニングの椅子に座る楓に渡した。
「あまり薬に頼ると耐性が付いちゃうよ」
「分かってるんだけど最初の日だけはやっぱり……」
そう言いながら薬を口に入れ水で流し込む。
「これで少し落ち着くかな……」
「なるべく腰を冷やさないようしてね」
「うん……」
毎月の事ながらすごく辛そうにしている楓を見ると何とかしてあげたいと言う気持になる。
ただこればかりはどうしてやることも出来ないジレンマに悩む。
あと私自身軽い方だったので、娘の辛さを分かってあげられない辛さもある。
それに今の私は……。

「雨強すぎ〜〜〜! なんで向こうから戻ってくるだけで傘さしててもこんな濡れなきゃいけないの!?」
玄関の方が急ににぎやかになる。
和沙ちゃんの所に行っていた冬佳が帰ってきた様子。
だけど、いつも賑やかな娘ね。
ホント、誰に似たのかしら……。
そうこう思っていると冬佳はリビングのドアを開け入ってきた。
男物シャツにジーンズと相変わらずの格好だけど、ズボンの膝から下の色が雨に濡れて変わっている。
「ただいま」
「おかえり。とりあえずズボンを洗濯の所に出して着替えてきなさい」
「は〜い」
するとその場でズボンを脱ぎ始めた。
「冬佳!」
「だってこのままだと気持ち悪いんだもん。それに下着は履いてるし家族以外いないんだから大丈夫だよ」
そう言い残すと、洗濯機の置いてある洗面台の方へと走っていった。
何が大丈夫なのかは分からないけど、ホント誰に似たのかしら……。
私が軽く溜め息をつくと楓が小さく笑いながら「冬佳はいつも元気だなぁ」とつぶやく。
「でも冬佳も今日明日にはあなたと同じになると思うけど」
「冬佳は私みたいに重くないから……それが羨ましいよ」
その言葉に私は複雑な気持ちになり、とりあえず楓の頭を撫でることにした。
楓はくすぐったそうに目を細め微笑む。
『パタパタパタ』
冬佳が廊下を走って戻ってきた。
そしてリビングに戻ってくると、その格好は男物シャツだけという格好。
つまりズボンを洗濯物の所に置いてそのまま戻ってきたという格好だ。
「冬佳、そんな格好してたら風邪引くよ」
「あ、それは大丈夫だから」
「なにが大丈夫なのよ」
「お母さん、心配性だよ」
「誰のせいよ……」
「それよりも楓……アレ?」
冬佳は楓の隣に来ると椅子を引き寄せ座る。
「うん」
楓は冬佳の顔を見ながら小さく頷く。
「そっか……それじゃ私もそろそろかな……」
「でも冬佳は軽いから……」
「ごめん」
「ん〜ん」
楓は首を左右に振ると冬佳に力無く微笑みかける。
「それじゃ冬佳。着替えに部屋に戻るんでしょ。だったら楓を横にさせてきてくれる?」
「うん」
冬佳は大きく頷くと楓に無理させないように体を支え、2階へと上っていった。
私はそれを見送ると楓が座っていた椅子に腰を下ろした。
「私の生理が無くなってからもう17年か……そういえばあの日もこんな雨の日だったっけ」
誰にも聞こえないほど小さい声でつぶやく。




私の身体の変化は楓と冬佳を産んでから数日後。
翌日が退院の夜に起こった。

窓の外は激しい雨が降っているけど、病室内は明るく晴れ気分だった。
理由は簡単、夏樹さんが側にいるから。
私はベッドの上で上半身を起こして、側の椅子に座る夏樹さんと談笑している。
夏樹さんは仕事が忙しくてもちゃんと毎日来てくれる。
私ってすっごく幸せ者かも。
ちなみに可愛い娘達はベッドの隣の小さな二つのベッドにそれぞれ寝ている。
「あ、もうこんな時間か……」
時計を見ると7時を過ぎていた。
夏樹さんの言葉に私は口を尖らし文句を言う。
「時間が過ぎるの早すぎ」
「そう言うなって、明日は退院なんだし。そうしたら家族4人で毎日一緒に居られるだろ」
「うん」
まだ少しすね気味の私に夏樹さんは優しく笑い頭を撫でてくれた。
「えへへへ」
「ホント、恵理は頭を撫でられるのが好きだな」
「だって夏樹さんのこと大好きだもん」
「俺も恵理のこと大好きだよ」
そう言うと、唇を軽く合わせるだけのキスをしてくれた。
「それじゃ、そろそろ追い出される時間だから行くね」
「うん、雨に気を付けてね。それから明日朝一で来てね」
「分かってるって、それじゃおやすみ」
夏樹さんが病室のドアに手をかけた時、突然お腹の辺りに激痛が走った。
私は声を出すことも出来ないほどの痛みに耐えきれず、腹部を両手で抱え込むとその場にうずくまった。
「おい、恵理!」
夏樹さんが慌てて私に駆け寄り身体を抱え込んでくれたけど、私はどうすることも出来ないまま意識を失った。

次に意識が戻った時、私は入院してから毎日見ている天井を見上げていた。
「私……」
「気が付いたか?」
その声に横を向くと、安堵の表情の夏樹さんがいた。
「もう痛くないか?」
「うん、大丈夫。私、どうしたの?」
「あのまま意識を失ってな……」
そこで夏樹さんは言い淀む。
いつもはっきり物を言う夏樹さんが言い淀むなんて……。
「私……もしかして、死んじゃうの? そんなのやだよ!!」
「違う! そんなわけないだろ!!」
「っ! ごめん……なさい……」
「俺こそごめん。怒鳴ったりして……ただ俺も混乱してるんだ。一応医者から話は聞いてる。ただ恵理にどう説明したら良いのか分からないんだ」
そう言うと、ベッドの端に肘を置き頭を抱え込んだ。
「とにかく、命に別状はないし、一般生活を送る上でも問題はない」
「うん」
「ただ、原因は不明だけど卵巣が未成熟の状態まで逆行して排卵が行われない状態らしい」
「え?」
夏樹さんの言葉の意味が一瞬分からなかった。
そしてゆっくりと頭の中で咀嚼してみる。
排卵が起こらない未成熟な卵巣……。
それってもう子供を作ることが出来ないって事?
夏樹さんとの間に子供を作ることが出来ないって事?
私は……もう……。
意味を理解したとき、私は混乱する自分をなんとか押さえ夏樹さんを見る。
「嘘……だよね……」
信じたくないという気持ちでなんとか言葉にしたけど、夏樹さんはジッと私の目を見て首を横に振った。
「そんな……だって全部……全部これからなんだよ! それなのになんで! いや〜〜〜〜〜!!!!!」
私は押さえていた気持ちを一気に爆発させ泣き叫んだ。
「恵理!」
「やっと……やっと幸せになれるのに。家族も全部失って孤独にだった私が……親戚中にたらい回しにされて誰も信じられなかった私が……やっと心から愛せる人と出会えて幸せになることが出来ると思ったのに……そんなのないよ!!!」
錯乱する私。
もう何も分からないそんな状態の私。
その時、唇に温かい物が触れた。
そして目の前にある顔を見たとき、私の心が落ち着いていく様な気がした。
動きが止まったのを確認したかのように私から唇を離し、ジッと私の顔を見る。
それは夏樹さんの顔。
「落ち着いたか?」
それは夏樹さんの優しい声。
私はゆっくりと頷く。
「誰が幸せになれないって? 確かに全てはこれからだけどずっと俺が恵理の側にいて、幸せにしてやる」
「夏樹さん……でも私……」
「俺にとっても恵理、お前は大切な人であり最愛の人だ。その心に偽りはない。それに俺達、夫婦じゃないのか?」
「うん……」
「それに一度に二人の子供も生まれた。だろ?」
「うん」
「だったらそれでいいじゃないか」
「でも……」
「でも?」
「もう子供を作れない」
私はお腹さすりながらを俯く。
でも夏樹さんは私の顔を両手で挟み込むとぐいっと顔を上げさせた。
「恵理、初潮って何歳の時だ?」
「え? な、なんでこんな時に!?」
「真面目な話」
真剣な顔に私は恥ずかしい思いを堪えて答えた。
「えっと12歳の時かな。なんで今、そんなこと聞くかな……」
「だったら12年後にまた子供を作れるようになるんじゃないのか?」
「え?」
「人の話をちゃんと聞けよ。『卵巣が未成熟の状態まで逆行した』って言ったろ」
「あ……」
「早いかも知れないし、遅いかも知れない。ただ可能性は非常に高いわけだ」
「そっか……そうだよね……」
私は再び涙を零した。
でも今度の涙はさっきのとは違う。嬉し涙だ。
「だけど……私が早とちりしたの夏樹さんのせいだからね。あんな深刻そうな顔してたら誰だってそう思うよ」
「それは謝る。だけど混乱していたのは間違いないからな」
「む〜〜」
明るく謝る夏樹さんに私はふくれる。
「まったく可愛い顔が台無しだぞ」
「フンだ……あれ?」
「どうした?」
「二人は?」
「今頃気づいたのか……」
夏樹さんは呆れ顔をする。
「仕方ないじゃない!!」
「怒るな怒るな、とりあえず新生児室に連れて行ってもらってる」
「なんで?」
「たぶんああなるだろうなぁと思ってな」
「……もしかして、予想はしてたんだ」
「追いつめられて混乱して泣くのって何度も見てるし」
「あ……あははは……」
夏樹さんって思っている以上に私のことを見ていてくれて、ちゃんと私のことを知っているんだって嬉しかったけど、それとは別にすぐに混乱してしまう自分が情けないとも思った。
こう言うところちゃんと治さないとダメだよね。
「そんなわけだから、退院は一日延長」
「え〜〜〜〜」
「仕方ないだろ。明日は検査だから暇じゃ無いよ」
「そう言う問題じゃないよ〜〜〜〜」
「じゃ、どういう問題?」
「う……それは……」
言い淀む私。
すると夏樹さんは耳元に口を近づけてきた。
「退院したら恵理が何度も『もうダメ』と言っても愛してあげるよ」
その瞬間、顔が熱くなりもう何も考えられない状態になった。
そして夏樹さんは立ち上がると「楓と冬佳を迎えに行ってくるから」と言い残し病室を出て行った。




「思い出しただけでも顔が赤くなっちゃうよ〜〜」
椅子に座ったままテーブルにもたれ掛かり身体を左右にゆすりゴロゴロする。
「あの時の夏樹さん、格好良かったな。今ももちろん格好いいけど〜」
顔を赤くして喜ぶ私。
「お母さん……」
そんな雰囲気のなか私を呼ぶ声。
振り向くと、冬佳が顔を引きつらせて立っていた。
私は一応ちゃんと椅子に座り直して冬佳を見る。
「楓の様子はどう?」
「落ち着いて寝てるけど……でも今更何も言わないけど、楓が寝てるんだからもう少し静かにした方が良いと思うよ」
「あ……あはははは……」
冬佳は肩をすくめる。
「なんか馬鹿にされた気がする」
「してませんよ」
そう言いながら私の隣の椅子に座った。
「もう、冬佳冷たい」
「いつまでもすねない。それはともかく私、今夜から生理になるから」
「うん、わかったわ」
冬佳は軽く溜め息をつくと両肘をテーブルに乗せ、両手の上にあごを置いた。
「でもいつになったら初潮がくるのかな……」
「それは私にも……冬佳、ごめんね」
「別にお母さんのせいじゃないよ。きっと何か意味があるんだよ、私もお母さんと同じだと言うことにはさ」

冬佳もまた私と同じ症状だった。
正確には違うとは思うのだけれど、楓が11歳で初潮を迎えたにもかかわらず冬佳は12歳になってもその気配がなかった。
それでもしかしてと思い、二人を産んだ時にお世話になった先生に診てもらったところ、やはり卵巣がまったく成長していないということだった。
その結果、女性ホルモンの不足から二次性徴がほとんど見られないまま今に至っている。
一応胸はあるけど、他の娘達に比べたら小さい。
でもこのことは本人以外は私と夏樹さんしか知らない。
本当は楓にも言うつもりだった。
だけど冬佳が「絶対に言っちゃ駄目」と強く言ったために内緒となり、冬佳は楓に合わせて毎月生理の芝居をするようになった。
理由は楓を泣かせたくないからだと思う。
卯月の所に和樹君が生まれたときに楓が私に弟が欲しいとねだったことがあった。
でも私がしばらく子供が産めない身体だと言うことを正直に話したら、楓は泣きながら何度も「ごめんなさい」と謝った。
冬佳はその様子を側で見ていたから……。

「もしかしたら、好きな人が出来たら来るかもね」
私は冗談半分に言ってみた。
「あ〜だったら無理だぁ」
「でもよくラブレターみたいな手紙が来るじゃない」
「あれ、全部女の子からだよ」
「この際、彼女でもいいんじゃない?」
「やめてよ。考えただけでも気持ち悪いから」
すごく嫌そうな顔をする冬佳。
嫌な思い出でもあるのかな?
「あ、お母さん。1週間ぐらいお風呂がお父さんと二人っきりだからって長湯はやめてよね」
冬佳はジッと横目で私を見る。
「え……だめ?」
上目遣いで冬佳を見る。
横目の冬佳と上目遣いの私の視線がぶつかる。
先に逸らしたのは冬佳の方だった。
「私達がそれぞれ入った後なら好きにしたら?」
「ありがと。だけど羨ましい?」
「当たり前でしょ。楓だって同じ事を言うよ」
「そっか……でもいくつまで家族4人で一緒にお風呂に入れるかな?」
「たぶん結婚するまでだと思うよ」
冬佳は笑いながら言う。
その笑みに私も答える。
「だけどさ、冬佳や楓の歳ぐらいでお父さんと一緒にお風呂に入ってくる娘って居ないんじゃないかな?」
「和沙も驚いてたけど……だけど『よそはよそ、うちはうち』じゃないかな?」
「確かに」
「私も楓も、お母さんとお父さんのこと大好きだから、良いの」
「ありがとう、私達も二人のこと大好きだよ」
私はそういいながら頭を撫でると、冬佳はくすぐったそうに目を細め嬉しそうに笑う。
(ホント、こう言うところはそっくりな二人だよね)
そう心に思うと、椅子から立ち上がった。
「夕飯の支度始めるけど、手伝ってくれる?」
「うん!」



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<あとがき>
絵夢「恵理と冬佳の身体の秘密が今明らかに!」
恵理「相変わらず重い業を背負わすのが好きだよね……」
絵夢「いや〜誉めるなよ」
恵理「誉めてないって」
絵夢「(照れ照れ)」
恵理「全く……」

絵夢「しっかし男の身ゆえに生理の辛さという物は良くわからん」
恵理「いろいろと大変なのよ」
絵夢「見たり聞いた事を参考に書いたんだけど……良いのかな?」
恵理「保健体育の世界だね」
絵夢「奥が深いよ」
恵理「まぁがんばれ〜」
絵夢「おぉ!」

絵夢「そんなわけで次回『七月(一)』をお楽しみに〜」
恵理「夏だ〜〜〜〜!!」
絵夢「期末試験の話でも書こうかな……」
恵理「(涙)」
絵夢「では次回まで」
恵理「まったね〜〜〜!」