NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

八月(二)


8月31日。
私−楓と従姉の春香さん、それから幼なじみの和沙の3人はリビングの大きめのテーブルいっぱいに教科書や参考書・ノートなどを広げて夏休みの宿題をやっていた。
「春香さん、数学終わったぁ?」
「まだ! それよりも古典は?」
「もう少し! 和沙は?」
「化学式がぁぁ(涙)」
一応得意分野をそれぞれが担当して、あとで互いに写し合うと言うやり方でやっている。
まさに戦争とも言える状況だけど苦手な部分を補うと言う点では良いやり方だと思う。

「3人とも……何やってるの?」
私達が宿題のラストスパートをかけているときに、入り口の方からきょとんとした冬佳の声が聞こえた。
そちらをちらっと見ると、上は下着も着けずに横から見たら絶対に見えるぶかぶかの白いランニングシャツを着て下は健康的な足を惜しげもなく見せつけるような紺の短パンを履いている。
そして大きめのタオルで髪の毛の水分を取っているところから、私達があたふたやっているときに1人のんきにシャワーを浴びていたことがすぐに分かる。
「見ての通りの宿題!」
私は半ば八つ当たりな口調で言う。
「ふ〜ん……」
冬佳はそう言うと、タオルを首に掛けてメガネをかけ直すと私の後ろからノートをのぞき込んできた。
横を見ると脇から控えめな胸がしっかりと見える。
「下着ぐらい着けた方が良いんじゃないの?」
「暑い、お父さんと女の子しかいない場所で気を遣う必要は無し」
「お父さんは?」
「お母さんとシャワー浴びてる。だから出てきたんだけどね。全く折角汗を流したのにまた汗をかいてホント、仲の良い夫婦だよね」
「「「…………」」」
淡々と語る冬佳に私達3人は手を止める。
「3人とも手が止まってるよ」
「それはともかくそれってどういう事?」
私は冬佳に詰め寄る。
「どう言うってシャワーの話?」
「そう! なんで私だけ仲間はずれなの!!」
「宿題をやってるからでしょ。私はさっきまでお父さんと手合わせをしてたから一緒に入っただけ。それに気づいたお母さんが乱入してきた。ただそれだけの話だよ」
「ずるい!!」
そういうと私はお風呂場に向かおうと立ち上がろうとした。しかし……。
「そう言うことは宿題が終わってからにする!!」
冬佳は私の両肩を掴むとその場に無理矢理座らせた。
「だって……」

「だってじゃない!!!」

冬佳が切れた。
「8月も最終日になって何やってるの! そんなものは7月中に終わらせる物じゃないの!!」
「そう言う冬佳はどうなの? 宿題やっているところ見たこと無いよ」
私はおずおずと反論する。
事実この夏休み中、冬佳は私の部活には着いてきていたし、家にいるときも一緒にいることが多くて宿題をやっている姿を見たことが無いのだ。
だけど冬佳は不敵な笑みを浮かべて答える。
「全部夏休み前に終わらせた」
「「「え?」」」
私達は声を揃えて驚く。
「終わらせたっていつの間に!?」
「だってそんな姿一度も見たこと……」
「あ〜休み時間とか自習時間にやってたような……」
冬佳と同じクラスの和沙が思い出したように言う。
「「え!?」」
私と春香さんは一斉に和沙を見ると、和沙はちょっとバツが悪そうに首をすくめる。
「さて、どうしたものだろうね……」
私達が和沙に詰め寄ろうとした時、冬佳は冷たい声と視線で私達を見下ろしてくる。
ギギギギギギ……。
そんな擬音が聞こえてきそうな程、ゆっくりと冬佳を見る。
「まぁ良いわ。私が全員まとめて面倒を見てあげるわ」
その言葉はまさに天の恵み。
「ありがとう冬佳。宿題を写させてくれるのね」
私達は一斉に冬佳にすり寄る。
しかし冬佳は相変わらず冷たい視線で私達を見ている。
「誰が?」
「え、だって面倒を見てくれるって……」と私。
「見るよ」
「だから宿題を……」と春香さん。
「うん、宿題」
「見せてくれるんじゃ……」と和沙。

「自分たちの力でやるに決まってるでしょ!!!」

また切れた。
それから冬佳はどこから持ってきたのか分からない竹刀を片手にダイニングテーブルから椅子を持ってきて私達の背後に座って監視をする。
「あ、あの冬佳……」
私は分からない場所を冬佳に聞く。
冬佳はその箇所をちらりと見ると、こめかみに血管を浮かばせてにこやかに笑う。
「楓ちゃん、そこは10分ぐらい前に教えたよね」
「あの……そうだけど……」
「さっきの公式のメモを見て考える!!」
「あう〜〜」
こんな調子で冬佳は一度教えた場所は二度と教えてくれない。
だけど何度言われても分からない場所は分からないんだよ〜〜(涙)
そんなこんなで小一時間ほど過ぎた頃……。
「冬佳ぁ、ちょっとこっち手伝って〜」
キッチンの方からお母さんが冬佳を呼んだ。
「ん、分かったぁ。今行く〜」
冬佳はそう返事をすると竹刀を片手に持ったままお母さんの方へ向かった。
その直後、私達は一斉に緊張の糸を解くように深い溜め息をつく。
「冬佳……厳しいよぉ」
「こんなに勉強に厳しい娘だったなんて知らなかったよ」
「もう少し手加減してよ、冬佳……」
私、春香さん、和沙がそれぞれに感想を言う。
「そういえば冬佳って期末で首位だったみたいよ」
「「……え?」」
和沙の言葉に私と春香さんは声を揃えて驚く。
「いや、先生が言ってたから間違いないでしょ。それに張り出されていたし……」
「そんなの知らないよぉ」
「そんなの、私達には縁が無いしね……」
春香さんはぐて〜っとテーブルに突っ伏す。
「そんなに頭が良いなら、ヤマぐらい教えてくれても良いのに」
「冬佳にそれを期待するのは無駄だと思う」
「双子の姉のあなたにも教えてくれないの?」
「と言うかヤマを張ってないみたいなの。冬佳のテスト勉強って範囲全部に目を通すから……」
「信じられない!」
春香さんが身体を起こしながらテーブルをバンっと叩いて言う。
「別に信じなくても良いんだけど、無駄話している余裕あるの?」
冬佳がお盆に麦茶が入ったコップを4つ乗せて来た。
「それにテストなんて、毎日の授業をちゃんと聞いていれば楽勝でしょ」
コップをそれぞれの前に置いて、自分の分とお盆を持ったまま再び監視用の椅子に座る。
「それよりも進んでるの?」
その冷たい視線に私達は乾いた笑いをすると、再び宿題に向かった。


そして日もとっぷり暮れた頃、全ての宿題が終わり、ようやく夕飯を食べることが出来た。
最初私達が考えていた、得意な物だけをやって後は写し合うと言うことに関しては冬佳は何も言わなかったことが良かったのかも知れない。
もしそれに対しても口を出されたら確実に日が変わっていたと思う……。
春香さんと和沙は私達と一緒に夕飯を取った後、フラフラと自分たちの部屋に戻るのを見送ると私もフラフラと自分の部屋に戻った。
そしてそのままベッドに倒れる。
それからどのくらい時間が過ぎたか分からないけど、いつの間にか私は寝ていたようだ。
頬を何か冷たい物が触れて私はゆっくりと目を開けた。
「まったくお風呂にも入らないで寝ちゃうの?」
ゆっくりと顔だけを動かして声の主を見る。
声の主は水滴がたくさん付いたすごく冷たそうなオレンジ色の液体が入ったコップを持っていた。
そして自分もすごく冷たそうな黒い飲み物を飲んでいる。
「飲まないの?」
「……飲む」
私はぼ〜っとする頭でゆっくりを上半身を起こすとコップを受け取る。
そして一口飲むと、あまりにも冷たいオレンジジュースにはっきりと目が覚めた。
「つめた〜い」
「それはそうだよ。思いっきり冷やしていたもん」
「う〜……でもありがとう。目が覚めた」
「うん」
冬佳はベッドの上に座る私の横に座る。
「今日はお疲れ様」
「む〜疲れたよ〜」
笑顔でねぎらいの言葉を言う冬佳に私は口を尖らせて答える
事実、ここまで疲れたのは冬佳のスパルタのせいだもん。
「人のせいにしないでほしいなぁ。ちゃんと計画を立ててやればこんなに苦労しなくても良かったのに」
「え?」
「何?」
「あ、ううん。なんでもない」
「変な楓」
冬佳はクスクスと笑いながら自分のコップに口を付ける。
「ねぇそれってアイスコーヒー?」
「ん、そうだよ。飲みたい?」
「う〜ん……ちょっと……」
私の言葉に冬佳は「良いよ」と言いながら手渡してくれた。
私はジッとコップの中の黒い液体を見る。
冬佳がいつも普通に飲んでいる『それ』は美味しいのかな?
そう思いながら、一気に飲んでみた。
「khfだsじよりpcあ;hぁ;lkh!」
慌てて反対の手に持っているオレンジジュースを一気に飲んで口の中を元に戻そうとした。
だけどそう簡単に治らない。
「なにこれ〜〜!!」
私は冬佳にコップを押しつけるように返す。
冬佳はきょとんとしていたけど次の瞬間笑い出した。
「笑うこと無いじゃない!! こんなの飲んでる冬佳の方が変だよ!!!」
抗議をするが冬佳の笑いは止まらない。
「もう!!」
「ごめんごめん。まさか一気に飲むとは思わなかったの」
「そんなまずい物を飲んで、信じられないよ!」
「まずいって……まぁ砂糖とかミルクとか入れてないからしょうがないか……」
冬佳はつぶやくように言いながら、残りを一気に飲み干した。
その様子に口の中にさっきの不愉快な味が甦って少しだけ気持ち悪なった。
よくはき出さなかったなぁと我ながら感心しちゃう。
「お父さんもそうだけど……よく砂糖とか入れないで飲めるよね」
「好みの問題かな? 一種の嗜好品だしね」
「そんな嗜好品いらない……」
「楓はオレンジジュースで良いよね」
「うん」
こくりと頷くのを見ると冬佳は立ち上がり私の前に立った。
「それじゃ目も覚めたことだし一緒にお風呂入ろうか」
「?」
「まさかお風呂に入らないで寝る気なの?」
「あ、そうか……」
まだお風呂に入ってないことを改めて思い出す。
「はい」
冬佳はそう言うと空いている手を私の方に差し出す。
私もその手を空いている手で握り返すと、引き上げてもらって立ち上がり一緒にお風呂場に向かった。




「楓はやっぱりずるい」
「そう言いながら揉まないでよ」
「良いじゃない、減る物じゃないし」
「減るよ〜」
「減るわけ無いでしょ! それに比べて私は一生懸命やってるのに変わらないのに……」
「そんなこと言われても〜〜」
「だから大きくする秘密を教えろ〜〜〜」
「そんなの知らないよ〜〜〜わ〜〜〜〜〜」



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<あとがき>
絵夢「さて楓ちゃんが主人公です。平和だねぇ」
恵理「ある意味平和じゃないんだけど……」
絵夢「経験者?」
恵理「あ、私はちゃんと計画を立ててやってるから、ね」
絵夢「何が『ね』なのかは分からないけど、宿題はちゃんとやりましょう」
恵理「は〜〜い」

恵理「ところで最後のあれ、何をやってるの?」
絵夢「謎」
恵理「なんとなく分かるから良いけど……」
絵夢「冬佳にとっては死活問題だろうね」
恵理「がんばってね……」

絵夢「気づくとWSは10話目となり、ますます方向性を見失いつつありますがこれからもどうぞよろしくです」
恵理「方向性を見失ったらやばいんじゃ……」
絵夢「何とかなるって」
恵理「お〜い……」
絵夢「では次回も見てみてね」
恵理「みなさん、まったね〜♪」