NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

十一月(一)


「ねぇ楓先輩、そっちの方押さえていてください」
「オッケ!」
同じ水泳部で後輩の雅美ちゃんに言われて看板を下から押さえる。
そして雅美ちゃんは釘で看板を固定していく。
「すごく手慣れてるよね」
「そんなこと無いですよ〜。ただ何かを作るのが好きなだけです」
「それだけでも十分立派だよ」
私の言葉に雅美ちゃんは頬を染めて照れ笑いをしながら釘打ちを続ける。

明日から文化祭ということで今日は授業は半日で終わって、みんな最後の追い込みに入っている。
私は−早瀬楓が所属する水泳部は屋台で季節はずれのかき氷屋さんをやる。
もう11月で秋から冬に変わろうとしている時期で聞いただけで鳥肌が立ちそうなのになんでと言う意見もあると思うけど、こればかりは水泳部の伝統としか言えない。
……嫌な伝統だ。



「きゃあぁぁぁぁっっっ!!!!!」

突然正門の方からすごく大きな叫び声が学校中に響き渡った。
「何?」
「楓先輩、行ってみましょうか?」
「でも準備が……」
「そんなこと言ってもみんな向こうに行っちゃってますよ」
「え?」
周りを見回すと雅美ちゃんの言うとおり、ほとんどの生徒が準備を放り投げて正門の方に向かっている。
「……みんな、野次馬好きだよね」
「そりゃ女の子ですから」
雅美ちゃん、女の子は関係ないと思う。
そんなツッコミを心の中で入れると、仕方なく私達も正門の方に向かった。


正門にはよくこんなものを作ったなぁと感心するほど巨大な門が設営されていた。
高さにして3〜4階ぐらいあるんじゃないかな?
問題の叫び声を出した人は私達の学年の音楽を担当している先生で門の下の所で上を見上げながらあたふたとしている。
私もその視線の先を見ると、巨大な門を固定する為に正門の脇に立つ巨木の枝によ〜〜く見慣れた女生徒が下から下着が丸見えなのを気にすることなく座って大工仕事をしていた。
高さにしてだいたい3階ぐらい?
ご丁寧に腰に小さなウェストポーチをつけてそこから釘みたいなのを取り出している。
「早瀬さん! 危ないですから、そう言うのは先生に任せて……」
「来るのを待ってたら倒れて壊れちゃいますよ!」
よ〜く見慣れた女生徒−私の双子の妹、冬佳は釘を打ちながら言う。
どうやら設営をしたのは良いけど、あまりに大きすぎてバランスが取れずに倒れそうになったようだ。
門の下の所で、和沙や春香さんを始め学年がバラバラだけど10人以上の生徒が倒れないように支えている。
どうせ冬佳がその場にいる人をとっつかまえて無理矢理支えさせてるんだろうなぁと予想。
……どう考えても正解。
「さて、こちらは固定完了っと。あとは向こう側だね……」
冬佳は枝の上にまっすぐに立ち上がると、反対側の巨木を見る。
そして右手の人差し指を口にくわえて湿らせると、まっすぐ前に差し出す。
「良し」
冬佳は頷くと、そのまま反対側の枝目掛け跳躍する。
その場にいる人すべてが突然のことに言葉を失い目を覆う者もいた。
先生に至っては気絶寸前でその場にしゃがみ込んでしまった。
だけど冬佳はそんな周りの様子を無視してちゃんと反対側の枝に飛び移った……かのように見えた。
着地寸前に片方の足を滑らし、重力に任せ自由落下を始めた。
観衆の声は悲鳴へと変わる。
しかし、そこは冬佳。
落下に身を任せつつ両手で枝をしっかりと掴むと、鉄棒のように身体を回転させて枝の上に綺麗に座る。
そして何事も無かったかのように固定作業を始めた。
だけどそれに対して観衆は先生を始め何人かが気絶して倒れてしまったり、気絶しなくてもその場に座り込んでしまった人がほとんどだった。
平然としているのは私と門を支えている和沙と春香さんぐらいなものだろう。
私は小さく溜め息をつくと、まっすぐに門の……冬佳の下まで歩いていった。
「冬佳っ!!」
「あ〜楓、その辺に落ちてる針金を投げてくれないかな? さっき落としちゃったみたい」
冬佳の言うとおり、正門脇の植え込みに円状に巻かれた針金の束が落ちている。
私は再び溜め息を着くと、それを持って冬佳目掛けて思いっきり上へと放り投げた。
だけど高さが足りず冬佳の手元まで届かない……と思ったら針金の輪の中に足を入れてちゃんと受け取った。
「ありがと〜」
冬佳はそのまま黙々と作業を続ける。
おそらく終わるまでまともに話は出来ない様子。
「楓〜」
門を支えている和沙が私を呼ぶ。
「ずっと支えてるの?」
「ずっとと言うか、倒れない程度に正門に押しつけているって感じかな? ねぇ春香〜」
「そうだね。しっかしあの娘も無茶するよね。普通は飛び移らないって」
春香さんの意見に私達は頷く。
そうこうしていると、作業が終わったらしく上から「下りるよ〜」と声が掛かる。
私達がその声に見上げると、枝だから飛び降り薄青色の下着を晒しながら綺麗に地面に着地した。
しかもご丁寧に体操選手のように両手を上げてポーズを取ってるし。
「しっかりと固定してきたからこれで大丈夫だよ。しかし今年の看板係は調子に乗りすぎだね」
冬佳は笑いながら門を見上げている。
「冬佳……一応、お疲れ様と言っておく」
「ありがとう。それよりもこんな所で油を売ってて、楓の方の準備は良いの?」
「まぁなんとかなると思うけど……それよりも冬佳、大変なのはこれだからだと思うよ」
「?」
冬佳は首をかしげるが、私は冬佳の後ろを指差す。
それに従うように後ろを向くと、冬佳の後ろの先ほど気絶した音楽の先生と一緒に体育の先生が怖い顔をして立っていた。
「ありゃ先生方。こんにちわ〜」
「早瀬さん、少しお話良いかしら?」
「え〜っとこの後も準備で忙しいので……」
「いいから来なさい」
体育の先生は冬佳の腕を掴むと無理矢理職員室まで連行していった。
冬佳は去り際「ちょっと行ってくるね〜」と言っていたけど、本当に軽く交わしてすぐに戻ってきそうだよね。
それと共に観衆もそれぞれの準備に戻っていく。
「それじゃ楓、和沙。クラスの準備があるから先に行くね」
「あ、うん」
「またね〜」
私と和沙は春香さんを見送る。
「さて、私は職員室の前で冬佳を待つかな」
「和沙はクラスの方に行かなくて良いの?」
「冬佳がいないと先に進まないことが多くて……クラスの準備で全部把握しているの冬佳しかいないの。まぁ私も把握はしてるけど、どちらかというと私はブレーキ役だから……」
「そうなんだ……」
「本当にうちのクラスは冬佳に頼りっきりよ。小石でもいればもう少しマシになるんだろうけど、彼女も陸上部の出し物の方で忙しいし……涙が出ちゃうよ」
和沙が愚痴を言うなんて、余程せっぱ詰まってるんだろうなぁ。
「とにかく明日だから頑張ってね」
「うん」
私は和沙にエールを送り、和沙も手を挙げて答えてくれた。
そしてそのまま和沙は冬佳が連れて行かれたと思われる職員室の方へと歩いていった。
和沙〜〜背中が泣いてるよ〜〜。
「楓先輩?」
和沙の背中を見送る私を雅美ちゃんが呼ぶ。
「私達も戻ろうか」
「あ、はい」
私は水泳部の屋台の準備の続きをするために歩き始めた。
だけど雅美ちゃんは門を見上げたまま止まっているので呼んでみた。
「どうしたの?」
「あ、いえ。冬佳先輩ってすごいんだなぁって……」
「あの娘は元気が余ってるだけ。真似しちゃダメだよ」
「やれと言われても出来ませんよ」
「うん、よろしい。それじゃ行こう」
「はい!」
私達は一緒に元の所へ戻っていった。






帰り際和沙から聞いた話だけど、お父さんとお母さんが呼び出されたらしい。
和沙曰く、冬佳に反省の色が見られない上に逆に丸め込まれそうになったからだって。
でもお父さん達を呼び出してもあまり意味は無いような気がするんだけど……。

「正解!」
冬佳は学校に泊まり込んでいる為3人で取った夕飯の後、その話をするとお父さん達は笑った。
「最近の先生は過保護だよな」
「そうね……私が通っていた時なんてちょっとやそっとじゃ騒がなかったのにね」
「お父さん達、先生に何て言ったの?」
「『冬佳が自分からやったことで怪我をしてもそれは冬佳自身の責任だ』ってね」
「その時の夏樹さん、すっっっっっっっっっっごく格好良かったの〜」
「それで冬佳は?」
「んっとねVサインを出しながら『当然』って言ったの。さすが私達の娘〜って感じ」
聞いている内に本当の両親呼び出しがまったく意味を為していないことを実感する。
「……それに対して先生は何て言ってた?」
「別に何も言ってなかったな」
「そうね……よく分からないけど、頭を抱えてたよ」
「そういえばそうだったな。それでそのまま『もう結構です』とか言って終わったんだ」
先生……同情させて頂きます。
この家族で唯一の常識人は私だけなのね……。
「楓、それ冬佳も同じ事を言ってたよ」
「お母さん!」
抗議しようにもクスクス笑って取り合ってくれそうもない。
お願いだから変なツッコミは止めてよ(涙)
「楓」
突然お父さんが真剣な表情で私を呼ぶ。
「何?」
「今回は冬佳だったが、これが楓でも言うことは同じだからな」
「分かってます」
「よろしい。それから……」
「それから?」
お父さんは私から視線を外してお母さんを見る。
お母さんは少し考えるとニコリと笑って頷いた。
「今夜、どうやって寝る気だ?」
「え?」
「冬佳はもちろん、春香や和沙ちゃんも学校に泊まり込んでいるだろ」
「あ……」
お父さんの言っている意味が分かった。
「1人で寝られるから大丈夫だよ」
「本当に?」
お母さんが私の顔をのぞき込んできた。
「ほ……ホントだよ。それに私ちゃんと自分の部屋で寝てるし……」
お父さん達はじ〜っと私を見る。
「もう、私もう17歳だよ。そんな1人で寝られないわけ無いじゃない。子供じゃないんだから」
「まぁ楓がそう言うなら……」
「そうね、楓がそう言うなら……」
2人は意味深な言葉を残してこの場はこれで終わった。

でもお父さん達は今でも私が誰かに抱き付かないと寝付けないこと知ってるんだ。



翌朝、私はお母さんと互いに抱き合いながら寝ているところをお父さんに起こされました(涙)








<おまけ>
「ねぇ冬佳」
「なに春香?」
「楓、ちゃんと寝られるかな?」
「なんで?」
「だってあの娘って誰かに抱き付かないと寝られないんじゃないの?」
「どうして知ってるの?」
「修学旅行の時……」
「ああ……三日目から来なかったのって春香に抱き付いてたんだ」
「……うん」
「お疲れ様」
「いえいえ……じゃなくて。今夜大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。お父さんやお母さんがいるから」
「あ〜なるほど」
「まぁでもお父さんは大変だろうなぁ……」
「なんで?」
「だってお母さんだけじゃなく楓も抱き付くことになるんだよ。お父さん真ん中で左右からだから変な川の字になるね(笑)」
「……あのお兄ちゃんとお義姉さんってどういう寝方をしてるの?」
「たぶん春香が想像している通りかな?」
「あ、そう……なんだ……」
「?」



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<あとがき>
絵夢「文化祭前日のお話でした〜♪」
恵理「冬佳ちゃん、人前で無茶しすぎ」
絵夢「冬佳だしなぁ」
恵理「夏樹さんと恵理ちゃんもなんだかなぁだし」
絵夢「夏樹と恵理だからなぁ」
恵理「唯一まともなのは楓ちゃんだけ?」
絵夢「どこが?」
恵理「……まぁね(汗」
絵夢「似た者家族と言うことでファイナルアンサーね」
恵理「あははは……」

絵夢「次は文化祭当日かな?」
恵理「あ、書くんだ」
絵夢「まだちょっとまとめきってないから分からないけどその予定」
恵理「楽しみにしてるよ〜」
絵夢「そろそろ夏樹の視点で書くべきかなぁとも思ってるし……悩む」
恵理「そう言えば夏樹さんの視点って今シリーズ無いよね」
絵夢「完全に脇役だからね」
恵理「夏樹さんが主人公なのは第2章までだしね……」
絵夢「第1章の主人公は恵理なんだけど」
恵理「……そうだっけ?」
絵夢「そうだよ」
恵理「そうだったのか……」

絵夢「そんなわけでまた次回もどうぞよろしくです」
恵理「みなさん、まったね〜♪」