NOVEL



ファンタシースターオンライン
『銀の光』

第8話 『分かった、約束するよ』


ハルカ達7人は第2エリア最終ブロックを攻略し、いよいよ第3ブロックに繋がる扉に辿り着いたところだった。
未だ追いつかないナツキに誰もが心配するが誰もそれを表に出さない。

「…………ナツキ?」
ハルカはふと足を止め、今来た道を振り返った。
「どうしました? ナツキさんが来ましたか?」
最後尾で足を止めたハルカにフユが声をかける。
それに伴い他のメンバーも足を止めた。
「あ、ううん。ごめんなさい、なんでもないの」
「そうですか」
フユは納得し歩き始めようとするが、レッドがハルカに一つ頼み事をした。
「ハルカさんには申し訳ないのですが、ナツキさんを迎えに行ってもらえないでしょうか?」
「え、でも……」
「確かにここまで一本道で道に迷うことは無いと思いますが一応です。我々はその間に少しでも先に進んでおきます」
「そうですか……分かりました。あの娘そそっかしいから逆に歩いているかも知れませんからね。迎えに行ってきます」
ハルカはぎこちない微笑みで軽く会釈をすると、今来た道を走って戻っていった。
その後ろ姿を見つめながら、「お願いします」と小さくつぶやくとレッドは先に進もうと全員を促し歩き始める。
「レッドさん、どうして……」
ソラはレッドに疑問をぶつける。
「ここまでの彼女の戦いぶりを見れば分かる。ミスというミスは無かったがナツキさんの事が心配なのが一目瞭然だ。それならば迎えに行かせて真っ先に安心してもらった方が良いと思うのだが、どうだ?」
「言われてみれば確かに……よく見てますね」
レッドの観察力にソラは素直に驚く。
「レンジャーだからな」
「なるほど……」
その言葉にソラは納得するが、横からフユが口を挟む。
「ただ単に最後方にいたから見えてただけだよ」
「フ〜〜ユ〜〜〜! 人が折角格好良く決めていたのに!!」
「な〜に言ってるんだか」
フユは逃げだしレッドはそれを追いかける。
「全く緊張感が無い2人だ」
そんな2人にケイは相変わらず単調な口調で言う。
それに対してゼロが後ろの方から一応フォローを入れる。
「しかし、お二人のお陰で場が和むのは確かでござるよ」
「あの2人にフォローは無用。いつも何も考えてない」
「そ、そうでござるか」
冷たい言葉でバッサリ切って捨てるケイにゼロはう〜んと腕を組む。
「ま、深く考えても仕方ないと言うことだよ」
明るく言いながらゼロの背中を叩くレンの言葉に「そうでござるな」と無理矢理納得したようだ。
そんな喧騒の中でソラはふとハルカが走っていった方を見て、誰にも聞こえない声でつぶやく。
「どうか無事でいてください……」




ハルカは走りながら胸の奥から沸き立つ不安に押しつぶされそうだった。
「ナツキ……無事でいて……」
その呟きはまるで自分に言い聞かせるかのように何度も繰り返す。
「ナツキ……」


 ナツキの部屋で夜を明かしたあの日。
 モニターに表示された報告書を見つめるナツキの姿に私は、彼女が声をかけてくれるまで何も言うことが出来ずその場に立ちつくしていた。
 それはナツキに……ううん、カナタと再会したあの時に調べ見つけた物と同じ物だった。
 『アンドロイド素体への生体脳移植による延命術に関する報告』と題されたそれは私にとって心臓を引き裂かれそうなほどショックを与えた。
 内容を簡潔にまとめるとこういう事になる。
 
 『約100年前、生体脳をアンドロイド素体への移植することで延命する治療法が確立された。
 しかし治療費があまりに高額な為、100年前から50年間に公式な報告例は50件以下と少ない。
 そして50年前から現代に至るまで公式な報告例は一件もない。
 理由はあまりに短い生存期間にあった。
 術後1年以下での死亡率は100%。
 死因は全て脳死。
 原因は機械から脳へ送られるデータのフィードバックに神経その物が耐えきれなくなり脳死に至る事が判明している。
 その後研究は進められたが進展することなく50年前に研究その物も停止。
 一時は法律で禁止するところまで行ったが将来のことを考え一時凍結と言う形で封印されることとなった』

 当時山猫と名乗っていたレンに破壊されたカナタの身体を修復した後、彼女が目を覚ますまで私は生きた心地はしなかった。 
 記録では少なくとも5年は生きていたようだがら、少なくともあの記録通りでは無い。
 その事で私は少しだけ希望を持つことが出来た。
 でもやっと会えたのにこんな事って……。
 カナタが目を覚ましたその日まで私は彼女が眠るベッドの側で何度泣いたことだろう。
 だけどその涙も彼女が目を覚ましてから今まで流していていない。
 きっと心のどこかでその日が来るまで泣かないと決めていたのだろう。


「カナタ、無事でいて!」
ハルカはいつの間にか『ナツキ』ではなくて『カナタ』と呼んでいた。
最愛なる友の本当の名前を……。
そして4ブロックを超えたところで、苦しそうな表情で壁に背を預け立つレイキャシールの姿を見つけた。
「カナタ!!」




目から光が消え、うずくまるナツキ。
機能停止したかと思われたが、ゆっくりと右手を壁を触ると、身体を支えるように立ち上がる。
「こんな……こんな所で冗談じゃない!」
意志の強さが身体を支えているのか、消えていた目にも光りが弱いながらも戻っている。
「冗談じゃない……何が1年以下だ……私は16年も生きてきたんだ。」
しっかりと立ち上がると弱い足取りで壁づたいに歩き始める。
「いろんな事があったけど、それでもこうしてまだ生きてる」
普段なら何でもない距離も今の彼女にはすごく遠い距離に感じられているだろう。
それでも一歩一歩確実に歩いていく。
そして目の光はだんだん強くなっていく。
「私は……私はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」


 山猫に殺されたと思っていた私が目を覚ましたのは白い空間だった。
 周囲をよく見ると、アンドロイドを修理するための機械がたくさんある。
 (ああ、私は生きてるんだ……)
 そう思ったとき、5年ぶりに聞く懐かしい声が懐かしい名前で私を呼んだ。
 「カナタ!」
 それは私の最愛の親友の一人、ハルカ。
 ハルカは何度も私が5年前に捨てた名前を呼ぶ。
 彼女の顔は嬉しそうな笑顔でいっぱいだ。
 だけど、少し目だけど目が赤く見える。
 きっと私が目を覚ますまで泣いていたのだろう……。
 私よりも3歳も年上なのに泣き虫なハルカ。
 私は彼女にもう一度会えたことに嬉しかった。
 でも私は彼女を拒絶した。
 私の中では祖父が殺されたことの方が重かったからだ。
 私は彼女に対して「私はナツキ・スライダー。カナタ・トラッシュじゃない」と言った。
 その言葉にハルカは一瞬驚きそして悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って「分かったわ」と答えた。
 思い上がりかも知れないけど、それがハルカの優しさなんだと思った。
 だけどその考えはすぐに改めることになる。
 それから私はハルカとパートナーとなるが、彼女は昔と変わらぬ調子で私を「ナツキ」と呼び接してくれた。
 まるで5年間の空白を埋めるように……。
 その時ようやく分かった。
 私がどんな名前であろうとどんな姿であろうとも、ハルカは私が生きていることが嬉しいのだと、私と同じ時間を共有できることが嬉しいのだと……。
 私は本当に幸せ者だと思う。
 ハルカと再会して、また同じ時間を共有出来たのだから。
 もう一人の最愛の親友のリュークとはあんな再会の仕方をして別れ方をしたけど、それでも彼は今私の胸の中にいる。
 そしてナツキとして過ごしたこの16年の間にたくさんの人と出会った。
 みんなの為に私はまだ生きなければ行けない。
 こんな所で……。
 
 
「……死ぬわけにはいかないんだ」
ナツキは力無くつぶやくと足を止め、壁にもたれて休憩を取る。
その時「カナタ!」と言うハルカの声が耳に入った。
「……ハル……カ?」




カナタと呼ぶハルカの声にナツキはゆっくりとそちらの方を向く。
「ハルカ……どうしたの? それにカナタって私はナツキだよ」
力無く言うナツキにハルカは涙を流しながら駆け寄り彼女を抱きしめ叫んだ。
「カナタはカナタなの! ナツキじゃないカナタなの!!」
「ハルカ……また泣き虫ハルカに戻っちゃったね」
「泣き虫で良いよ……あなたに何かあったら私……」
ハルカは流れる涙を止めることなく、ナツキの顔をしっかりと見る。
「パイオニア2に帰ろう。帰ってちゃんと治療しよう」
「ハルカ……そんなこと出来るわけ……」
「このままじゃ本当に死んじゃうよ!! 今のカナタの状態はどう見たって普通じゃない……だから……」
「ありがとう……でも帰るわけにはいかないよ……だってもう手遅れだから……」
「だから!!」
「だから先に進みたいんだ。パイオニア2に住む全ての人達の為でなく、ハルカのために」
「え……?」
ナツキは静かに話す。
「大好きなハルカがこのラグオルの上で幸せに暮らせるようにしたいんだ」
「でもカナタがいなくちゃ幸せなんて……」
「大丈夫だよ。これから生まれてくる子供達に私のことを話してあげて。そうすれば私はハルカの中で生き続けることが出来るから」
「カナタ……」
静かな微笑みで話すナツキにハルカは言葉を詰まらせる。
そんな彼女の様子を見て、ナツキは急にテンポを変えて明るい調子で言葉を続けた。
「なんらなら、銀髪の女の子に私の名前を付けるというのも面白いかも」
「ばか……」
軽く言うナツキに釣られてハルカは涙声で笑う。
それを見て頷くとハルカから身体を離す。
「ありがとう、ハルカのお陰で楽になったよ」
「でも……カナタ……」
ナツキは数歩前へ出ると振り向いて真剣な面持ちでハルカを見る。
「ハルカが何と言おうとも私は先に進むよ」
その言葉にハルカは言葉を探したが、結局見つからず軽く溜め息をつく。
「一度言い出したらカナタは聞かないもんね。分かったわ、私もしっかりあなたをサポートするわ」
「ハルカ、ありがとう」
「その代わり……」
ハルカはビシッとナツキを指差す。
「一つだけ約束して」
「?」
「何があっても絶対に私の元に帰ってきて。あの時5年間も待たされたけど、姿を変えて帰ってきてくれた。だから今度も帰ってきて」
「それは……」
ハルカの提案する約束にナツキは言葉を詰まらせる。
しかしそんなナツキをよそに彼女は言葉を続ける。
「私は何年でも何十年でも生まれ変わったって待つから。だから……」
そこで涙で言葉を詰まらせる。
それでも無理矢理落ち着かせると一気に言う。
「だから……帰ってきて……お願い、カナタ……」
「ハルカ……」
ナツキはしばしハルカの目を見ると、はっきりと「分かった、約束するよ」と言う。
その言葉にハルカはパァっと明るい表情になる。
「必ずハルカの元に帰るよ。そうしたらまたコンビを組もう」
「もちろんだよ。カナタのパートナーは私しかいないんだから。あ、でもその時はリュークも一緒の方が良いよね」
「な、なんでそこにリュークが出てくるの!!」
思いがけない名前にナツキは思わず叫んでしまった。
「だってカナタはリュークのことが好きなんでしょ」
「す、好きって……わ、私は……」
ナツキは俯いてしまう。
その姿にハルカは意地悪な笑みを浮かべる。
「私は何? そういえば一度聞きたかった事あるんだけど。カナタって私とリュークのどっちが好きなの?」
「それは……」
ハルカはスッと近づくとナツキの顔をのぞき込んで「それは?」と追い打ちをかける。
「だから……私は2人のことが好きだから……どっちかなんて……」
「え〜二股なの?」
「二股ってそんな……」
「だってそうじゃない? それとも好きは好きでも私とリュークだと意味が違うとか?」
「そんなこと……」
「LOVEorLIKE?」
「そ……それは……」
「それは?」
ハルカの口撃にナツキはついにやけくそになって叫ぶ。
「2人ともLOVE! 2人とも好きなの! 大好きなの! 愛してるの!! 良いじゃない、本当にいつまでも一緒にいたいって思ってるんだから!!! それっていけないことなの!! ねぇ……って……なんで笑ってるの?」
そこまで言ったところでハルカがクスクスと笑っていることに気が付く。
「だって最初から知ってることだもん。でもカナタがなかなか言わないからいじわるしたくなっちゃったの。ごめんね」
「う……」
ハルカはナツキの胸のエンブレムに人差し指を当てる。
「でもここにいるリュークもきっと喜んでると思うよ」
「う……あ……だから……もう知らない!!」
ナツキはプイッとハルカに背を向け歩き出した。
ハルカはその後を謝りながら追いかける。
「あ、もうごめんって」
「ハルカなんて大っきらい!!」
「もう子供なんだから……」
「どうせ私はハルカよりも3歳も歳下だよ」
どこかやけになっているナツキにハルカは背中から抱き付き動きを止める。
「私もカナタのことを愛してるんだよ。それでも嫌い?」
「………好き」
「うん」
ナツキの言葉にハルカは嬉しそうに頷き、彼女を解放する。
そしてナツキの前に回りしっかりと向き合う。
「カナタ、頑張ろう」
「うん、もちろん」
2人は手に手を取り、先行する6人の後を追った。



→ NEXT


<あとがき>
恵理「(つД`)」
絵夢「いきなりどうした」
恵理「だってマスターはあまりにナツキに背負わせすぎてる!」
絵夢「そりゃ主人公だから当然だろ」
恵理「だからってこれはあまりにも酷い!」
絵夢「まぁまぁ、落ち着け。ちゃんと最後まで読んでから判断して欲しいな」
恵理「む〜〜〜」

絵夢「しかしこの2人のエピソードで1話使うことになるとは思わなかったな」
恵理「予定ではどうだったの?」
絵夢「第7話の一部として50行前後で終わらす予定だった」
恵理「う〜ん……」
絵夢「書いてみないと分からないとはこのことだね(w」
恵理「笑ってるし……まったく……」

絵夢「そんなわけで次回第9話もどうぞよろしくです」
恵理「みなさん次回までまったね〜♪」