NOVEL



ここは夢園荘

インターバル I 『ノルン』

ここは駅の近く商店街の入り口にある喫茶店『ノルン』。
カウンター席15、ボックス席4とこぢんまりとした店だが、店内は程良い明るさで常に静かなBGMが流れていて、人通りの多い道に面した立地条件にも関わらず、この店だけは独特の雰囲気を醸し出している。
午前中は通勤途中のサラリーマン、昼間は主婦、夕方になると学校帰りの学生と客層は時間と共にまちまちだが、最近駅前の方にケーキショップがオープンしてからは少し客が減ってきた感じだ。
それでもこの店の雰囲気を好んでくる客は少なくないので、ライバル店が出来たと言う危機感はない。
この店のマスターでもある俺は今日も客の注文を受けコーヒーを入れている。
俺の名前は鷹代高志。
高校卒業後、専門学校で調理師の免許を取った後、この場所で喫茶店を開いた。
調理師の免許を取って喫茶店というのも珍しいかも知れないが、俺は今の仕事に十分満足してる。

「マスター、ホットとレモンティーお願いします!」
カウンターで作業をしていると、ウェイトレスが一番奥に座ったカップル風の二人の注文を伝えてきた。
この娘の名前は水瀬卯月。知人が管理人をしている夢園荘の裏の神社の次女。
彼女はもともとこの店の常連だったのだが、先月の中頃に突然大きな旅行鞄と一緒に『住み込みで働かせて欲しい』と転がり込んできた。
もちろん俺はそんな家で娘をアルバイトに雇う気はなかったから追い返そうとした。
そうしたらポケットからナイフを取り出し首に当てて『雇ってくれなかったら死ぬ』と脅される。
そのあと、いろいろあったが結局なし崩し的に2階の空き部屋に住み着かれてしまった。
彼女の両親はどうしたかというと、彼女の姉の水瀬葉月さんが、今はそっとしておくようにと両親を説得したので、安心とは言わないだろうが葉月さんの言うとおりに静観しているらしい。

そして気づいたときには卯月は『ノルン』の看板娘になっていた……。

「こんちわ〜っと」
入り口のカウベルを元気よく鳴らして、学生時代からの悪友であり、住人が女性ばかりの夢園荘の管理人、早瀬夏樹が入ってきた。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
夏樹は自分の特等席とも言えるカウンターの真ん中の席に着く。
「何する?」
「いつもの」
簡単にそう言うと、彼は卯月を見た。
「卯月ちゃん、今日学校は?」
「テスト期間中で午前中で終わりなんです」
「でもテスト勉強しないで店の手伝い」
「言わないでくださいよ。これが家賃代わりなんですから」
卯月は困ったような顔で笑っている。
「ちゃんとテスト勉強はしてるの?」
「やってますよ。お店が7時まででそれからご飯食べて……大体9時から12時ぐらいまで……かな?」
「3時間もやってるの……テスト勉強」
「そのぐらい普通じゃないですか?」
「……タカ、お前はどのぐらいやっていた」
「……やってないなぁ」
夏樹が注文した、いつもの『コーヒー』を差し出しながら答える。
「大学受験の時でやっと2時間ぐらいだったか……」
「夏樹さん、それで大学に合格したんですか?」
夏樹の言葉に卯月は驚いたように聞き返す。
「しかもこいつ、それで現役合格なんだよ。ホント、世の受験生が泣くぞ」
「ほえ〜……今度勉強教えてもらえませんか?」
「無理無理。俺は勉強とかを教えるには向かない人間だから」
「別に教えるだけなら良いんじゃないのか?」
「お前……学生時代のこと忘れてるだろ」
「あ……そうだった……」
「そんなに大変なんですか?」
「一言ったことに対して最低でも五は理解しないいけない」
「は?」
「授業を真面目に受けていた上でないとついていけないんだよ」
「そ、そうなんですか……」(・_・;;
「それでも良いって言うなら構わないけどね」
「ちょっと考えさせてもらって良いですか?」
「いいよ」
卯月はどうしようか悩んでいるようだ。
そんな和やか空気に俺達は互いに笑みを浮かべた。

「そうだ、タカ……」
夏樹が目で合図をしてくる。
彼がこういう目をしたときは何か重要な話があるときだ。
「卯月、ちょっと用事頼めるかな?」
「はい、いいですよ」
俺は卯月に簡単な買い物を頼んだ。
数分後、彼女が出かけた後、俺は夏樹にどうしたのかと聞く。
「彼女がここに来てもう1ヶ月になるな……」
「もう、そんなになるか……毎日が慌ただしくて全然気づかなかったな」
「で、どうだ」
「何が?」
「夜の生活」
バキッ!
反射的に手元にあったお盆でこいつの頭を殴った。
「痛い……」
「そんなくだらんことで、彼女を買い物に出させたのか」
「じょ、冗談だって……。昔なら笑って流したようなネタなのに……」
「昔ほど余裕無いからな……」
思わず遠い目……。
「ここからはマジな話だが、葉月が言っていたんだが両親を押さえるのもそろそろ限界だそうだ」
「ついにと言う感じか……それでも1ヶ月も押さえておけたな」
「と言うよりも初めからそう言って説得していたらしい」
「なるほどね……だから静かだったんだ……」
普通に考えれば家出した娘の居場所が分かればすぐにでも親が飛んでくる物だが、そう言った気配が全然なかったので不思議には思っていた。
「で、今日あたり先兵として葉月が来るみたいなこと言ってたよ」
「だとしたら買い物に出したのはまずかったかも知れないな」
途中でばったりと言うのも……。
カランカランカランッ!
入り口のカウベルがけたたましく鳴り、卯月が飛び込んできた。
「そんなに慌ててどうしたの?」
先ほどの夏樹との話から見当はついているが……。
卯月は何も言わずにカウンターの下に潜り込んだ。
「おいおい」
「ご、ごめんなさい。後で説明するから、ここに隠れさせて」
小声で弁解する卯月に俺達は『やっぱりか』と言った感じで頷きあう。
しばらくすると、大きめの鞄をもった葉月さんが来た。
そして俺が『いらっしゃいませ』と言うよりも先に頭を下げた。
「鷹代さん、うちの妹が長い間お世話になって本当に申し訳ありません」
「ちょっと葉月さん、頭を上げてください。べつにこちらとしても店を手伝ってもらっているので助かっているぐらいですから」
「そうですか。そう言っていただけるとこちらとしても安心です」
「立ち話もなんですから、そちらの席に座ってください」
俺は葉月さんを窓際のテーブル席に案内し、飲み物を持って向かいに座る。
「それで今日は……」
「これをあの娘にと持ってきました」
彼女はテーブルの上に持ってきた鞄を置いた。
「これは?」
「あの娘の服です」
「服?」
「はい。これからどんどん寒くなっていきますが、あの娘ってば秋物しか持っていかなかったみたいなので……」
本当に困った娘ねといった感じで話す。
「ですからお持ちしたんです。ところで卯月の姿が見あたりませんが、買い物か何かでしょうか?」
「ええ、先ほど買い物を頼みまして……」
「でしたら、あの娘が帰ってきたら伝えていただけないでしょうか? 『こちらの方は私が何とかするから、あなたはあなたの思ったとおりにしなさい』と」
「よろしいんですか? 先ほど夏樹からもちょっと伺ったんですが……」
葉月さんはカウンターからこちらの様子を伺っている夏樹を見るとニコリと笑った。
「早瀬さんには今朝方、愚痴のようなことをこと言ってしまって申し訳ありませんでした」
「俺は構わないけど……いいのかい、それで……。そうでなくても両親の説得で精神的に……」
「私は良いんです。私は卯月は睦月、まなみが幸せでいてくれたらそれで……あの娘達の幸せが私の幸せですから」
「そっか、葉月がそう言うなら俺は何も言わない」
夏樹はそこでいったん言葉を切ると息を整える。
「後は本人同士の問題だな」
声のトーンをあげて、まるで誰かに聞かせるように言う。
「夏樹……そうだな……。俺達がどうの言っても結局は卯月自身が決めなきゃいけないんだから」
「ありがとうございます。鷹代さん、早瀬さん……。それではこれからも卯月をどうぞよろしくお願いします」
葉月さんは立ち上がり、俺達に礼を言うと出入り口へと歩き出した。
その背中は少し寂しく悲しげな感じだった。
「良いのかい……」
夏樹はカウンターの方を向いて聞こえるか聞こえないかぐらいの小さい声でそうつぶやく。
葉月さんには聞こえなかったようだが、それが誰に対して言った物なのかは明確だ。
「お姉ちゃん……」
カウンターの影から立ち上がり、か細い声で出ていこうとする葉月さんを呼び止めた。
葉月さんはパッと振り返り卯月の姿を確認する。
「卯月……」
「お姉ちゃん……ごめんなさい。私……自分の事ばかり考えていて、お姉ちゃんがどれだけ苦労してるか何て全然知らなくて……」
「良いのよ。あなたの幸せが私の幸せなんだから。あなたはあなたの好きなようにやりなさい」
「でもそれじゃ……」
「お父さん達の事は私に任せて、1ヶ月もったんだからこれからも大丈夫よ」
卯月は唇を噛んで俯く。
何か真剣に考えているようだ。
「お父さん達の説得する」
「卯月?」
「私自身でお父さん達の説得をする。お姉ちゃんにばかり頼っていたらダメなんだよね。私の事なんだから私自身でけりつけないと……」
「卯月……分かったわ。それじゃ、お店が終わったら家に帰っていらっしゃい。ちゃんと待っているから」
「お姉ちゃんと一緒に……」
「ダメよ。あなたは今このお店でアルバイトをしてるんですから。しっかり最後までやらないといけません」
「客もいないしこちらとしては構わないんだけど……」
「鷹代さん、ありがとうございます。でもこれはけじめですから」
「はぁ……」
葉月さんってそう言う面では厳しい人だったんだ。
ふと夏樹を見ると、彼は何故かカウンターで頷いている。
彼女の性格を把握しているという意味だろうか?
「それでは私はこれで失礼します。あ、そうだコーヒー代……」
「いいですよ。サービスです」
「でもそれでは……」
「いいですって」
「こういうことはきちんとしないと」
「だから……」
「だったら卯月のバイト代から引けば良いんじゃないか?」
横から夏樹がとんでもない提案をする。
卯月もやれやれと言った様子で「それで良いよ」と同意する。
二人とも葉月さんの性格を良く知っているようだ。
「そうですか……そういうことでしたら……」
葉月さんしぶしぶその提案を受け入れた。
「それではこれで……」
軽く会釈をすると店から出ていった。
3人取り残された感じで想い空気の中、俺は口を開いた。
「卯月、いいのか」
「うん。これ以上、私の我が儘でお姉ちゃんや鷹代さんに迷惑は掛けられないし……」
「別に迷惑とは……」
俺の言葉を遮るように首を左右に振る。
「それにこれは私の一生の問題だから、だから私自身の手で決めなくてはいけないことなんです」
彼女は何か意味深な言葉を、まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

閉店後、卯月は『送っていこうか』の言葉を断り1人で帰っていった。
そういえば荷物を置いていったけど、たぶん後で取りに来るんだろう。
そして閉店したにもかかわらずこの男はまだ居座っていた。
「もう閉店したんだけど……」
「ん? ちょっとお前と二人で話がしたかったからな」
「話って?」
「どうして彼女がここに転がり込んできたと思う?」
「行く当てがなかったから」
「本気でそう思ってるのか」
「他に理由があるのか?」
「…………ま、いいや。それだけだ。……じゃあな」
夏樹はそれだけ言い残すと店を後にした。
……あいつは何が言いたかったんだ?

卯月が家に戻ってから1週間が過ぎた。
だが、すぐに荷物を取りにくるだろうと思っていたがその様子もなく、いまだに連絡もない。
2、3日に1度ほどくる夏樹にその辺のことを聞いても分からないと答えるだけ。
もともと使ってなかった部屋を卯月の部屋として使わせていたから、その部屋に置いてある荷物は俺としては特に邪魔になっていないので別にかまわないが、彼女としては大切なものもあるだろうし困るんじゃないだろうか。
そろそろこちらから連絡を入れたほうがいいかな?
「二人はどう思う?」
いつものようにコーヒーを飲みに来ていた夏樹と、学校帰りに寄ってくれた樋山恵理ちゃんに聞いてみた。
「はい?」
「うん?」
どうやら俺の話を聞いていなかったらしくきょとんとしている。
「だから卯月の荷物」
「別にそのままでいいんじゃないのか?」
「そうだよねぇ。私も必要なら取りにくると思うよ」
「でもさ……」
「鷹代さん、卯月ってそんなにいい加減な娘じゃないから心配しなくても大丈夫だよ」
恵理ちゃんがオレンジジュースを飲みながら言う。
「それにまだいろいろと大変なんじゃないのか? 俺もあれから葉月にすら会ってないし……」
「そうなのか……恵理ちゃんは?」
「私も会ってないから……」
「そうか……」
それっきり会話が止まってしまった。

カランカラン
沈黙を破るように入り口のカウベルが静かな店内に響く。
「いら……しゃ……い……」
そこには俺がずっと待っていた、と言うと語弊があるかもしれないが、卯月が立っていた。
ただ彼女は家出してここにきた時よりも大きな荷物を持っていた。
「まさか……また家出……してきたの?」
卯月のその姿に恐る恐る聞いてみる。
「いえ、違います」
しかし、彼女は否定した。が、その次の言葉を俺の予想の範疇を遥かに越えるものだった。
「無事、両親の説得が終わりました。今日から両親公認で一緒に生活できるようになりました。えっと鷹代さ……じゃなかった……高志さん、不束者ですがこれからどうぞよろしくお願いします」
ここが座敷なら三つ指をつきそうな勢いだった。
「ちょっと待って、どういうこと?」
「そういうことですけど。あ、後日両親が挨拶に伺うと言ってました」
卯月はしごく当たり前のように答える。
「夏樹、恵理ちゃん、二人も黙ってないでなんとか言ってよ」
俺は突然のことに混乱する頭を整理しながら、平然とそれぞれの飲み物を飲んで静観している二人に救いを求めた。
「こういう展開になったか……」
「やっぱりね……」
「恵理はこうなると思ってたのか?」
「当然」
「さすがだな」
「もっと誉めて〜」
「えらいえらい」
なんか……二人だけで話を進めてる感じ……。
「あの二人とも……?」
「簡単に言えば、押しかけ女房だな」
「は?」
俺は3人の顔を見回した。
夏樹はさも当然な顔で、恵理ちゃんは夏樹の言葉に頷き、そして卯月はニコニコとしている。
「タカ……」
「夏樹……」
「諦めろ」
夏樹はポンと俺の肩を叩きながら言う。
「あ、あのなぁ……いきなりこういう状況で『はい、そうですか』ってい言えると思ってるのか」
「お前……まだ彼女の気持ちに気づかないのか?」
「気持ちって……」
「彼女が伊達や酔狂でこんなまねしてるとでも思ってたのか、鷹代高志」
「それは……」
ツンツン……。
「ん?」
誰かが背中を突付くので振り向くと、恵理ちゃんが怖い顔で睨んでいた。
「……何?」
「ん」
恵理ちゃんは言葉を発することなく入り口のほうを見ろと言っているようだ。
そこには卯月が悲しそうな表情で立っている。
「う、卯月……」
卯月はそのまま黙ったまま俺の目の前まで近づくと俺の顔を見上げた。
「高志さん……私のこと……嫌いですか?」
潤んだ眼差しで俺を見つめる。
「いや、その……」
俺は言葉を詰まらせた。
(ったく、俺にどうしろって言うんだよ……)
「鷹代さん、据え膳食わぬは男の恥って言うし、卯月のこと受けれいれるしかないでしょ」
「この場合、据え膳かどうかは分からないが、まぁ恵理の言うとおりかもな」
「二人とも、他人事だと思って……」
「高志さん……」
卯月は俺が否定的なことを言おうとすると、その瞳にさらに涙をためて見つめる。
「……わ、わかったよ……」
俺にはどうやらこれ以上、彼女を拒絶することは出来ないようだ(;_;)
「よかったねぇ、卯月」
「うん」
恵理ちゃんは卯月の手を取り喜び、卯月もうれし涙を流している。
「これでよかったのかなぁ」
「いいんじゃないのか、結果オーライってことでさ」
「なんか違わないか、それ……(^^;」
「まぁ気にするな」
「はぁ……」
思わずため息がこぼれてしまう。
俺の人生、これからどうなるんだろう……。


<おまけ>
「ところで卯月に家出やら押しかけ女房のアイデアを教えたのって恵理か?」
「よく分かったね。いや〜〜卯月に相談されちゃってさぁ」
「これからタカも大変だろうな」
「そうかな? 鷹代さんもまんざらじゃない感じかもよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「そんなもんか」
「そうそう。 あ〜〜私も押しかけ女房しちゃおうかな」
「あて、あるの?」
「……夏樹さんの意地悪」(;_;)


→ NEXT


<あとがき>
恵理「これって卯月の話じゃなくて鷹代さんの話なんだね」
絵夢「そうだよ。後半に向けて登場人物の整理ということもかねてるから」
恵理「ふ〜〜ん……ところで私の話は?」
絵夢「はい?」
恵理「だから、設定の紹介順なら唯菜ちゃんの前になるはずでしょ。それなのに私飛ばされてるんだよ」
絵夢「そういえばそうだな」
恵理「マスターっ!」
絵夢「心配しなくても大丈夫。ちゃ〜んとあるから」
恵理「本当に?」
絵夢「楽しみに待ってなさい」
恵理「うん……」
絵夢「ではそういうわけで」
恵理「次回も」
絵夢&恵理「お楽しみに〜」

絵夢「初めてそろったね」(^^;
恵理「うん」(^^;