NOVEL



ここは夢園荘

インターバル II 『再会』

電車での長旅を終え、私は生まれ故郷でもあるこの街に帰ってきた。
「う〜〜〜疲れたぁ」
駅前で身体をほぐそうと背伸びをし、深呼吸をする。

私は川原亜沙美。
高校卒業と同時に父親の転勤でこの街を離れ、遠く北海道で今まで暮らしていた。
1人でこの街に残っても良かったのだけれど、当時大学受験に失敗した私には両親を説得する材料が見あたらず、そのまま一緒に行くことになってしまったのだ。
引っ越して半年後に何とか地元のベンチャー企業、今はやりのIT関連の会社に就職。
そして引っ越してから7年経った今、業務拡大と言うことでこの街に事業部を作ることとなり、私はそのスタッフの一員として戻ってきたというわけ。
正式にはまだ半月ほど先なんだけど、今のうちに住むところを決めとかないとやばいので、休日と生理休暇(おい)を使って一足先にアパート探しに来たの。
(男性スタッフは有給を使ってる人もいるみたいだけどね)
しかし……会社の方も事業拡大するのはいいんだけど、社員寮ぐらい用意してくれても良いと思いません?

「しっかし、7年も経つと駅前も様変わりしちゃって……少なくともあんな駅ビルはなかったよね……それにこんなバスのロータリーもなかったし……。
7年という月日が私を過去の人にしてしまっている……故郷なのに初めて来た街って感じだなぁ……」
しみじみと思ってしまう。
そう考えているとだんだんと悲しくなってきた……。
「気を取り直していこう! たしか、駅前の商店街の入り口とか言ってたよね♪」
スカートのポケットに無造作に放り込んだ手紙を取り出し、同封されていた地図と目の前の光景を照らし合わせた。
「ふ〜〜ん……商店街ってやっぱりあのアーケードのある場所か……私のいた時ってあんな屋根の無かったのになぁ……って悲しくなるから考えるの止め!」
頭を振って気を取り直すと、目的地に向け歩き出した。

目的に店の前でしばらくその外観を眺める。
「あいつの趣味というか何というか……特に店の名前なんて神話好きのあいつらしいよね……」
私は扉に手を触れ、そのまま押し中に入った。
ドアのカウベルがカランカランと店内に響き渡る。
店内を見渡すとテーブルが5席とカウンターと言うシンプルな作りで、店内には静かなBGMが流れている。
もともと静かなことを好むあいつらしい感じだ。
しかし、商店街にある喫茶店にもかかわらず客が1人もいないというのはどう言うことなんだろうか。
まだ昼前だから……にしてもねぇ……。
それに店員すらいないって大丈夫なのかな、この店(^^;
「いらっしゃ……い」
私が主無きカウンターに腰を落ち着けると奥の戸が開き、良く見知ったそして懐かしい人が出てくる。
「久しぶりだね、タカ」

彼は学生時代の親友の1人、鷹代高志−通称タカ−。
今は落ち着いていた感じで喫茶店のマスターをやっているが、昔はそれこそ街中の不良連中と対等にやり合っていたものだ。
でもこの話をするときっと嫌がるだろうなぁ……タカは……(^^)

「亜沙美、久しぶりだな。電話くれたら駅まで迎えに行ったのに」
「迎えって歩いて5分もかからない場所なのに? それに他に店員もいないみたいなのに店を放って置いて良いの?」
「いわれてみればそれもそうだな」
「そうそう」
お互いに笑いあう。
「さて、何飲む?」
「カフェオレ」
「好きだねぇ」
「好きだもん」
簡単な会話の後カウンターの向こう側でカフェオレを入れ私の前に差し出す。
「手紙に書いてあったけど来月からこっちなんだってな。良かったじゃないか」
「それはそうなんだけどね」
「何か問題でも?」
「住むところがないのよ」
「へ?」
タカが不思議そうな顔をする。何となく分かる気がするけどね……。
「だから、こっちに事務所を構えるのは良いんだけど、そのスタッフが住むための社員寮が無いわけ」
「ああ、なるほど。と言うことは平日の昼間にここにいるって事は会社休んで住むところを探していると言うことか」
「土日休みだから明日から来ればいよかったんだけど、見つからなかったときの保険として生理休暇と言う名目で日にちを稼いでるの」
「ふ〜〜ん、大変なんだね」
「まぁね。でさ、どこかに安くて快適な場所って無い?」
「うち、不動産屋じゃないんだけど」
「分かってるけどさ、地元じゃん」
「亜沙美だって元地元民だろ」
「そうなんだけどさぁぁぁ」
思わずカウンターの上に突っ伏す。
「仕方ないから不動産巡りするよ」
私が立ち上がりお金を払おうとすると、タカは何か考えているようだった。
「?」
「管理人との交渉になると思うけど、良いところ知ってるよ」
「ホント?」
「ああ、ちょっと待って地図書くから……」
タカは公衆電話の横にあるメモ用紙にさらさらとペンを走らせる。
「はい、ここ。ドリームガーデンって言うところなんだけど、住人達や管理人はアパートって言ってるけど、どう見ても女性専用のワンルームマンションなんだよね」
「へぇ……」
地図を受け取りながらどういう場所か想像を巡らす。
「ありがとう!」
「いいって。この店の常連になってくれればさ」
「なるなる、絶対にひいきにするよ」
「うん、ありがと。本当なら案内してあげたいんだけど、これからランチタイムで忙しくなるからさ。ごめんな」
「そこまでしなくても大丈夫。これでも元地元民なんだし、一応土地勘はある」
「そうか、じゃあ頑張れよぉ」
「おお!」
私は思わず手を振り上げて答えた。
……ん、頑張れ?

タカが紹介してくれたアパートまで来てあの言葉の意味がよく分かった。
「ドリームガーデン……ねぇ……」
そこはタカ同様に学生時代の親友の1人であり私達のリーダー格だった早瀬夏樹の両親が趣味で経営している場所−夢園荘だった。
「はぁ……昔の仲間の親御さんの世話になるとはねぇ……背に腹は代えられないし良いか」
半ばあきらめムードで入り口をくぐろうとした。
「あ〜〜亜沙美姉さん!」
「え?」
私を呼ぶ声に振り向くと同じ顔、同じ髪型をした二人組の少女が立っていた。
「美亜ちゃん、里亜ちゃん、二人ともどうしてここにいるの?」
二人は私の従妹の双子姉妹、城田美亜と城田里亜。学校帰りなのか制服を着ている。
双子だけに全く同じだけど、私は二人のそれぞれの雰囲気で判別できる。
「それはこっちの台詞ですよ」
「私達はここに住んでるんです」
ちなみに先ほど私を呼び止めたのとここで先にしゃべったのが里亜ちゃんで、後でしゃべってるのが美亜ちゃん。
「来月からこの街で暮らすことになって住むところを探してるの。で、知り合いにここを紹介してもらったんだけどね……」
「じゃあ、毎日逢えるんだ」
「しかも今日から夢園荘の一員ですね」
「まだここに決めたって訳じゃ……それに管理人さんと話しもしないと……」
相変わらずこの娘達は勝手に話を進めるな(^^;;
「あれ、亜沙美じゃないか」
「へ?」
再び私を呼ぶ声。
声のする方を見ると、非常に良く見知った青年が中学生ぐらいと小学生ぐらいの女の子二人と一緒に歩いてきていた。
「な、夏樹!? な、なんであんたがここに!? それにその娘達は!?」
「それはこっちの台詞だ」
「私は……」
ここに来るまでの経緯を簡単に説明した。
「ふ〜ん、つまり宿無しなんだ」
「極論に達しないで欲しいな……」
私達の後の方で城田姉妹が夏樹と一緒に来た女の子達と遊んでいる。
話によるとこの娘達は裏の神社の娘で、中学生の方が水瀬睦月ちゃん、小学生の方が桜まなみちゃんと紹介された。
名字が違うみたいだけど、何か深い事情があるんだろうしそっとしておこう。
「ま、うちとしても部屋が余ってるわけだし構わないよ」
「そんなに簡単に決めて、両親に相談しなくても良いの?」
「何で?」
「何でって……」
「だって俺がこの夢園荘の管理人だよ」
「は?」
「『は?』じゃなくて」
「だって……」
「親が海外出張に行くときにここの管理を押しつけられた。年に1度か2度ぐらいしか連絡をよこさないからたぶん向こうに永住でもするんじゃないのかな?」
「そ、そうなの……」
「で、どうする? 今部屋は5つ……4階の4部屋全部が余ってるから」
「夏樹さん、304号室は?」
話を聞いていたらしい里亜ちゃんが話しに割り込んでくる。
「実に良い質問だね。3階の住人の物置になってるんだよ」
「そうなの(^^;;」
「俺も部屋が余ってるうちは構わないと思ってるからね」
「夏樹さん、甘過ぎぃ」
「1階のガレージを物置変わりに使ってるのは誰かな?」
「あ、あはははは(^^;;」
里亜ちゃん、ばつが悪くなり退散。
「話を戻すけど、どうする?」
「何件か不動産屋を回ってみることにする」
「そうか……ま、気に入る物件がなかったらうちおいでよ」
「うん、その時はね……」
なんかだんだん暗くなっていくような……。
「そうだ、これからこの娘達連れてノルンに行くんだけど、夕方頃に来なよ。タカと一緒に3人で飲も」
「うん、わかった。じゃあこれからちょっと気合入れて回ってみるよ」
「おお、頑張れよ!」
「おお!」
……夏樹に乗って思わず手を振り上げてしまった。
私……乗りやすい性格変わってないのかも(^^;;

あれから不動産やを何件か回ったが気に入った物件が無く、最後に入った絵夢不動産で来新田物件を見つけたが、よく見るとそれは夢園荘だった。
なんか……私ってはめられてる?(;_;)

夕方と言ってももう7時になるが、約束通りノルンに来た。
カウンター奥ではタカがコップを拭き、その横でエプロン姿の女の子が手伝いをしている。どうやらバイトの娘のようだ。
そしてカウンター中央で夏樹はコーヒーをその隣で学校帰りらしい小豆色の制服を着た女の子がオレンジジュースを飲んでいる。
「よ、見つかった?」
私の姿を真っ先に見つけた夏樹が声を掛ける。
「言わなくても分かってるんでしょ」
4人は顔を見合わせて笑っている。
「当たり、不動産屋から連絡があったからね」
夏樹は懐から携帯を取り出すと私に見せる。
「夢園荘なら安心じゃないか? カフェオレで良いか?」
「うん。ところでタカ、その娘誰? 昼間来た時にはいなかったけど」
「ああ、この娘は……」
「タカの婚約者で水瀬卯月。昼間会った睦月達の姉にあたる娘だよ」
夏樹がタカの言葉尻を取って続ける。
「へ?」
私は耳を疑った。
「今、鷹代さんのところで住み込みで花嫁修業の真っ最中なの」
夏樹の隣の娘がさらに言葉を続ける。
「た、タカ……あんた……」
「お、お前らなぁ!」
「鷹代さん、あまり否定的な態度をとると卯月が悲しむよ」
「いい加減、慣れろって」
「高志さん……」
タカが大声で反論しようとすると3人3様で返す。息が合ってるというか何というか……。
特に最後の卯月ちゃんは涙目で訴えてる。
「タカ、何て言っていいか分からないけど……おめでとう」
「うう……ありがとうよ」(;_;)
感激の涙と言うよりも悲しみとあきらめの涙と言った方が近いな、これは……。
「そうだ、夏樹。一緒に連れてきたって言うあの娘達は?」
今まで忘れていたが、あの娘達の姿が店内にないことに気づいた。
「ああ、卯月の姉の葉月が一緒に連れて帰ったよ」
「そうなんだ……と言うことはあの神社って4人姉妹になるの?」
「ん……ま、そうなるかな?」
珍しく夏樹が言葉を一瞬だったがつまらせたような気がした。
でもそのあとの様子は一緒だから……気のせいかな?
「そうだ、私、まだ自己紹介してませんでしたね」
夏樹の横に座っていた女の子が席を立ち、私の横に立つ。
にこやかな表情をしてるけど……なんか雰囲気変?
「初めまして、私、樋山恵理と言います。私も同じ夢園荘の住人ですのでこれからどうぞよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ。夏樹とタカの学生時代からの友人で川原亜沙美です」
「では亜沙美さんと呼ばせていただきますね」
「へぇ、恵理もちゃんと挨拶が出来るんだ」
「夏樹さん、それ失礼ですよ。私だってちゃんと挨拶ぐらい出来ます」
樋山恵理ちゃんは夏樹の方を向くとちょっとすねた感じで答える。
その感じがなんか可愛いけど……さっき私に対しての目はなんか警戒色を見せてた?
「で、いきなりで申し訳ありませんが、亜沙美さんは好きな人はいるんですか?」
私は思わず椅子からずり落ちた。
他のみんなも似たようなもので、夏樹はコーヒーを噴き出してるし、タカは皿を落とし掛けてるし、卯月ちゃんは固まっている。
「私にとっては重大な問題なんです」
恵理ちゃんは周りの状況など目に入ってない感じで真剣な眼差しを私に向ける。
私の現役時代よりも迫力がある感じ(^^;
「はぁ……いないけど……」
「本当ですね」
「うん……」
そのまま言葉もなくじっと私の顔を見る。
そして次の瞬間、夏樹に向けていた物と同じ表情になり、さっと手を差し出す。
「ごめんなさい、私、ライバルを増やしたくないから」
私も手を差しだし握りかえす。
「よく分からないけど、分かってもらえたみたいで私としても助かったわ」
「亜沙美さん、これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
店内に立ちこめていた緊張感が解けたのか私達以外の3人から溜め息が漏れた。
「恵理〜〜〜」
「う〜〜夏樹さんごめんなさい。だって怖かったんだもん」
「だからってなぁ……」
でも亜沙美さんじゃないとしたら、夏樹さんの彼女って誰なんだろう……
「何か言った?」
「ううん、何にも」
恵理ちゃんは首を左右に振り否定している。
(そうか……この娘、夏樹の事が好きなんだ……)
「亜沙美さん、そのこと夏樹さんに言わないでくださいね」
いつの間にか私の側にいた恵理ちゃんが耳元でそっとつぶやく。
「え?」
「いいですね」
「う、うん」
(あれ? 私、口に出して言ってたかな?)
「言ってませんよ」
「………………ちょ、ちょっと恵理ちゃん、今私の心読んだ?」
「やだなぁ、人の心を読む事なんて出来ませんよ」
「そ、そうよね……」
(そんな超能力みたいなこと……)
「私エスパーじゃないですよ」
一瞬、時間が止まる。
「…………夏樹ぃ! あの娘まさか『石』の持ち主なの?」
「違うよ。第一『石』にそんな力はないだろ」
「そうだけどさ……(-_-;;」
「夏樹さん、『石』って何?」
「内緒」
「教えてくれないの?」
「うん」
「う〜〜〜〜〜〜えい」
恵理ちゃんが夏樹の首に腕をかける。
「恵理〜〜、首締めるなぁぁ」
「教えてくれたら離してあげる」
「だから……恵理、胸大きくなったか?」
夏樹の言葉に恵理ちゃんは急に赤くなって夏樹を解放する。
「な、夏樹さんのH」
「押しつけたのはそっちだろ」
「だ、だからって……」
「だから何?」
「う〜〜夏樹さんの意地悪〜〜」
二人のそんな様子に思わず笑みをこぼしてしまった。
そしてタカと卯月ちゃんも笑っている。
「ああ、亜沙美さんまで〜〜。夏樹さんのせいだぞ」
「どうして俺のせいにする」
「夏樹さんが意地悪だからだぁ」
「あのなぁ……」
そんなやりとりを見ながら私は夏樹は変わったと思った。
昔はもっと鋭く、触れば怪我をするそんな感じだったのに……。
もしかしたらあの夢園荘が彼を変えたのかも知れない。
「どうしたんだ、亜沙美」
「うううん、なんでもない。夏樹……夢園荘の管理人さん、これからよろしくね」
「ああ、こちらこそな」
私達は握手を交わした。

7年ぶりに戻ってきたこの街で、私は友人達と再会し新たな友人を得た。
駅に降り立ったとき、この街にとって私は過去の人間だと思っていたけど、そうじゃないことが今この場で理解できた。
きっと……いや、絶対にこれから楽しくなりそうだね(^^)


→ NEXT


<あとがき>
恵理「睦月ちゃんやまなみちゃんもやっと出てきたね」
絵夢「台詞無いし、顔出し程度だけどね」
恵理「そして新キャラ、川原亜沙美さん!」
絵夢「彼女については私の過去のオリキャラを知ってると『ああ、あの娘か』という風になるかも」
恵理「古いの?」
絵夢「CGを描き始めた初期も初期からいる娘だよ」
恵理「はぁ……歴史があるんですね」
絵夢「そう言うわけで、これでキャラも出そろい、後はクライマックスに向けてただひたすらに向かうだけ」
恵理「次回から『ここは夢園荘』後半戦」
絵夢&恵理「どうぞご期待下さい」

恵理「ところで亜沙美さんって本当に夏樹さんの彼女じゃないんだよね」
絵夢「さぁ?」
恵理「……その曖昧な返事は何?」
絵夢「ふふふ……内緒」
恵理「マスタ〜〜〜〜」(;_;)