NOVEL



ここは夢園荘

卯月の章

私は水瀬卯月。水瀬神社の4姉妹の次女。
家が神社なので小さいときからいろいろと手伝いをしてきたんだけど、神社というか巫女というかそう言った物があまり好きになれないでいた。
家業が嫌とかそう言う事じゃなかったんだけど……。
さらに高校入学したての頃は、将来のこととかで悩んじゃって頭がパンクしそうになっていた。

そんな時、夢園荘に中1の時から住んでいる友達の樋山恵理に気晴らしに誘われたお店−喫茶ノルン。
それは商店街の入り口にある小さなお店だった。
店の中もやや明るい程度で、静かなBGMが店内を満たしている。
商店街という雑踏の中でここだけが別空間のように感じられた。
店の雰囲気に心をゆだねていると、カウンターの向こうから「いらっしゃい」と声を掛けられる。店の雰囲気と同じ優しい声……。
その瞬間、私はその人に一目惚れをした。

彼の名前は鷹代高志さん。
夢園荘の管理人をしている早瀬夏樹さんの友達で、夏樹さんもよくここにコーヒーを飲みに来ていて、その流れで恵理もこの店を知ったみたい。
私はとにかく彼のことが知りたくて、夏樹さんや恵理さんにそれとなく聞いたりして、気づいたときには私の心は彼でいっぱいになっていた。
それから毎日のように放課後にノルンに行っては、彼といろいろと話をした。
だけどそれだけじゃもう胸の高まりは収まらなくなってしまった。
私は意を決して恵理にそのことを相談する。
そうしたら恵理が良いアイデアを教えてくれた。
ま、その後のことはインターバルI 『ノルン』の通り、いろいろあったけど、今私は両親公認のもと高志さんのところでバラ色の同棲生活を送ってます。

「ただ今バラ色の同性生活を送っているはずの卯月が、何で私の部屋の前でむす〜っと座り込んでるのかな?」
時間は6時過ぎ……ノルンの営業時間は7時までなので本当ならまだお店にいるはず何だけど、我慢できないことがあって飛び出してきてしまったの。
でも今更実家に戻るわけにもいかず、親友の恵理の所に来たのは良いんだけど、まだ帰ってきていないみたいで何度呼び鈴を鳴らしても反応無し。
それで、仕方なく帰ってくるのを待ってここでうずくまっていたの。
そして帰ってきた私を見た恵理の第一声がさっきの言葉……恵理、冷たくない?
「普通の反応だと思って欲しいな。ともかくこんな所で話するのもなんだから中に入らない?」
「……うん」

恵理の部屋は意外にも綺麗に整理整頓されていた。
ロフトの上がどうなってるかはここからは見えないけど……たぶん荒れてそうな気がする。
「卯月……ひどいこと考えてる?」
「え……何も考えてないよ」
「それなら良いけど……」
ホント、恵理ってば勘が鋭い(^^;
「で、ここにいた理由、話してくれるんでしょ」
「うん……」
私は促されるまま理由を話し始めた。

理由は簡単。同棲生活を初めて2ヶ月近くにもなるのに未だに手を出してくれないと言うこと。
最初の頃は緊張とか世間の手前とかいろいろあるからだろうと思っていたけど、未だに部屋は別々だし夜も来てくれない。
お風呂上がりにバスタオル1枚で高志さんの前に行っても「風邪引くぞ」の一言……。
あの時、私の気持ちに気づいて、高志さんも私のことが好きだから一緒に住んでくれると思っていたのに……。
それで今日、お客さんのいない時間を見計らって高志さんにそのことで詰め寄ったら、「俺にはその気はないから」とさらりと言われてしまった。
その言葉を聞いたとき私は高志さんの頬を叩いて店から飛び出してしまった……。

恵理は頬杖をついて黙って私の話を聞いてくれた。
「そしてここにいるって訳か……」
私は黙って頷く。
「ひどい話だね。その気が無いなら無いって最初から言えばいい物を……鷹代さんのこと見損なったな」
「……うん」
恵理の語気が微妙に荒くなっているような……。
「鷹代さんって実は凄くひどい男だったんじゃないの? 今までも似たようなこと繰り返してさ」
「それはないと思うんだけど……」
「甘い! そう言っていつも泣くのは女の方なんだよ! こう言うときこそはっきり言わなきゃダメだよ」
「恵理ちゃん、落ち着いて……」
「こんな話聞いて落ち着いていられるわけないでしょ」
完全に頭に血が昇ってる(^^;
「卯月、今から行って話つけよう」
「今からってもうお店閉まってる時間だし……」
「そんなの関係ない!」
恵理は今から殴り込みに行くかの様な剣幕だった。
「卯月、行くよ!」
私の手を取って玄関まで行ったとき部屋の電話が鳴った。
「ちょっと待ってね」
恵理は玄関から部屋の方に戻ると電話を取る。
「ハイ、樋山ですけど……夏樹さんか……ううん、こっちの話。で何?……卯月?うんいるよ。これからノルンに殴り込みを掛けに行くところ……はぁ?でも!……それは……うん、分かった……うん……じゃ、お休み……」
チンっと電話を切る音が聞こえる。
「夏樹さん、何て?」
「ノルンからかけてるみたい……とにかく今日はここでおとなしくしてろって……」
「え?」
「だから、私が行くと事態がややこしくなるから来るなって……もう失礼しちゃうな」
さすが夏樹さん、恵理の事よく分かってるというか何というか……。
「卯月……ひどいこと考えてるでしょ」
「え、な、何の話?」
「ま、良いけどさ……立ってないで座ったら」
「うん」
「でもなんで夏樹さんが卯月のこと知ってるんだろう……」
「……もしかして……」
「心当たりあるの?」
「お店から飛び出したとき、誰かにぶつかりそうになったの……もしかしたらそれが夏樹さんだったかも……」
「なるほどね……」
それっきり私達の間に会話は無くなってしまった。

翌朝、いつもの時間に目を覚ます。
「あれ?」
いつもの見慣れた天井とは違う光景に慌てて上半身を起こす。
私は見覚えのない部屋の風景にとまどいを隠せなかった。
「あれ……ここって……何処?」
そして首を左右に振って辺りを見回すと、テーブルを挟んだ反対側に恵理が寝ているのが見えた。
「あ、そうか……昨日は恵理の部屋に泊めてもらっていたんだっけ」
自分のいる場所とその理由を思い出すと、安心したように再び身体を横たえると天井を見上げた。
「恵理の話だと夏樹さんがどうにかしてくれるみたいなこと言ってたけど……私、どうしたら良いんだろう……」
いくら考えても結論は出ない。
かと言って今更実家に戻るなんて絶対に嫌だし……。
「最悪の場合……」
「心中なんて絶対にダメだよ」
「え……」
寝てると思っていた恵理が怖い顔で私を見ていた。
「絶対にダメだよ」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
「大丈夫だよ。私だってバカじゃないから……」
「それなら良いけど……よくよく考えたら卯月を焚き付けたのって私なんだよね。だから責任感じてる」
「恵理が責任を感じる必要なんて無いよ。むしろ私は恵理に感謝してるぐらいなんだよ」
「卯月……ありがと」
「お礼なんて、恵理らしくないな」
「ひどいこと言ってる」
私達は互いに笑いあった。
ひときしり笑うと恵理は上半身を起こした。
「そろそろ起きよ。たぶん夏樹さんが鷹代さんを連れてくると思うから」
昨日まで頭に血を上らせていたのに、一晩寝るとすっかり冷静になっている。
私は恵理のそう言うところが凄いと素直に感心した。
「よく分かるね」
「まぁね……夏樹さんとはつきあいが長いから」
「……告白しないの?」
その言葉に恵理は一瞬黙ると私から目をそらした。
「夏樹さんに彼女いるの知ってるよね。それに私一度振られてるから」
「だけど、諦めてないんでしょ」
「もちろん」
再びいつもの自信に満ちた表情で私を見る。
「その話はまたと言うことで、早く着替えて朝ご飯食べよ」
「うん」
泊めてくれたと言うことと迷惑を掛けたと言うことで私が朝食を作ることにした。
恵理は別に気にしなくて良いのにと言ってくれたが、これは私からのささやかな恩返しの気持ちと言ったところだろう。

時計が9時を指した頃、玄関のチャイムが鳴った。
「来たね」
「……」
私は柄にもなく緊張してるのが分かる。
「恵理……」
「卯月が出た方が良いよ」
「でも……」
「私が出たら真っ先に殴りそうだからさ。そんなことになったら卯月、悲しいでしょ。だから……」
確かに恵理ならやりそう……。
「くだらないこと考えてないで、早く出た方が良いよ」
「う、うん」
私は促されるまま玄関の前に立った。
後ではたぶんこちらの様子をうかがうように覗き込んでいるんだろうな……。
私はそこで軽く深呼吸をするとドアをそっと開けた。
そこには一番会いたかった人、そして会うのが怖かった人がばつの悪そうな表情で立っていた。
「あ……」
私はそこで言葉をつまらせた。
そして沈黙。
「卯月、ごめんな……」
先に沈黙を破ったのは高志さんだった。
「結局、何も分かってなかったんだよな。卯月の気持ちもそして俺の自身の気持ちも……。だけど、今回のことでよく分かったんだ」
「……高志……さん」
「結局の所、世間体とかそんなくだらないことを俺は気にしてたんだなぁって気づいたんだ。俺はお前のことが好きだ、他がどう思ったって関係ないって事に気づいたんだ」
「高志さん、今『好き』って……初めて言ってくれた……私……」
感激の涙で言葉が詰まる。
「嬉しいよぉ」
私は高志さんの胸に顔を埋めた。
今ならこれまでの高志さんの行動がすべて照れ隠しだったんだって理解できる気がする。
きっと今もばつが悪そうに照れてるに違いない。
「家に帰ろう」
高志さんがそっと私を抱きしめてきた。
「いいの……?」
私は顔を上げジッと彼の顔を見上げる。
「あの場所は……ノルンはお前の家でもあるんだぞ」
「うん!」
私は大きく頷いた。

帰り道。
「そう言えば夏樹さんは?」
「えっと……先に帰ったみたいだった……けど」
「そうなんだ……夏樹さんにもお礼が言いたかったのに」
「今度店に来たときに一緒にお礼を言えばいいんじゃないのかな?」
「そっか、そうだよね」
「あいつの場合、コーヒー1杯で十分だと思うけどな」
「それひどくない?」
「だって夏樹だぞ」
「そっか」
私は思わず笑ってしまった。
「あいつの一言がすべてのわだかまりを溶かしてくれたんだから、感謝してもしきれないのは確かかも知れないけどな」
「そうそう」
「常識とか世間体とかそんなのをすべて飛び越えて自分の気持ちを貫いたあいつだからこそ言える台詞なんだよな……きっと……」
「?」
「ごめん、こっちの話」
「はぁ……?」
たぶんこれって夏樹さんの事なんだよね……。
言葉を濁してるところがあるし、深く聞かない方が良いかな?
だけど気まずいな……なんか話変えないと……えっと……あっ!
「ところでお店は良いの?」
「ん? 卯月のことで店どころじゃないよ」
「と言うことはそれだけ心配してくれてたって事?」
「それは……」
言葉をつまらせる。
私はちょっといたずら心を出してみた。
「はっきり言って欲しいなぁ。そうじゃないとまた恵理の所に行くよ」
「……そうだよ」
高志さんは明後日の方向を見たまま言う。
「うん」
素っ気ない感じだったけど私にはそれで十分だった。
私は高志さんの右腕に自分の腕を絡める。
「お、おい……」
高志さんは腕をほどこうとした。だけど私はそうはさせまいとがっしりとホールドしている。
「このまま腕を組んで帰ろ」
「だけど……」
「ね☆」
嬉しそうに言う私に、高志さんはあきらめたように溜め息をつくと「今日だけだからな」と言った。
ホントにこうしてみると、恥ずかしがり屋で可愛い人なんだなと再認識する。
「高志さん!」
「ん?」
「私、凄く幸せだよ」
「は?」
きょとんとするその顔に私は思わず笑みをこぼす。

きっと今日が幸せになるための1日目なんだろうな。
うん、これから頑張らなきゃ


<おまけ>
「やっぱりそこにいたんだ。別に隠れてること無いのに……」
「俺がいたんじゃ意味がないだろ」
「そうかな……」
「そうだよ……ま、恵理も今回はお疲れさま」
「うん、夏樹さんもお疲れさま」
「俺はお疲れと言うほどやってないけどな」
「それでも何か言ったんでしょ」
「そうだな……『どんな障害があろうと好きな気持ちがあれば関係ないだろ』って言ったぐらいかな?」
「ふ〜ん……それで十分だったのかな?」
「結果を見る限り良かったんじゃないのか」
「そうだね。……ね、コーヒー飲んでく?」
「あれ、恵理ってコーヒー飲んだっけ?」
「夏樹さんがいつ来ても言いように用意だけはしてあるの」
「そうなんだ……じゃ、一杯だけもらおうかな?」
「うん、じゃ中へどうぞ」
「ではお邪魔します」


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<あとがき>
絵夢「インターバルを受けての卯月のお話でした」
恵理「もう鷹代さんってはっきりしない人だったんですね」
絵夢「というよりも恥ずかしがり屋なんだよ」
恵理「最終的に互いの気持ちが通じ合ったんだから結果オーライなのかなぁ」
絵夢「そうそう」
恵理「ところで、おまけでの意味ありのシーンは何? もしかしてこの後……」
絵夢「夏樹はコーヒーをごちそうになってそのまま部屋に戻ってます」
恵理「……それだけ?」
絵夢「それだけ」
恵理「え〜〜〜普通、こういう展開だと、あぁんなことやこぉんなこと、さらにはそんなことまでやるもんじゃないの」
絵夢「いつも何を読んでるかは知らないけど、全くそう言うことはないです。第一夏樹は彼女持ちだぞ。その証拠に彼の右手の薬指に指輪がはまってるだろ」
恵理「嘘……ほんとだ……」
絵夢「これが『恋人がいます』の証だね」
恵理「はぁ……春は遠いのね……。って以前幸せにしてくれるって話は何処にいったの!?」
絵夢「これからの展開にこうご期待としておきましょ」
恵理「う〜〜〜〜〜」

絵夢「それでは」
恵理「次回まで」
絵夢&恵理「お楽しみに〜〜」

恵理「マスター、本当に幸せになれるの?」(;_;)