ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age
第八話 <インターバル II>
残暑も厳しい9月も半ばのとある土曜日。
たった今駅前のバスターミナルに到着したバスから、髪の毛を肩まで伸ばした見た目中学生……ひいき目で見ても高校生の女の子−早瀬恵理が降りた。
服装はチェック柄のキャミソールにデニムスカート、足下はミュールとラフな格好をしている。
恵理は左手首の時計と駅前広場の時計塔の時間を交互に見て溜め息をついた。
「やっぱり大分進んでたんだ」
そうつぶやくと腕時計の時間を時計塔の時刻に合わせる。
「待ち合わせの時間まであと1時間もあるよぉ。仕方ない、ノルンで時間をつぶそう……」
そう決めると、商店街の入り口付近にある喫茶店「ノルン」に向けて一歩踏み出した時、グレーのスーツを着た男性が彼女に声を掛けた。
「なんでしょうか?」
「こんな時間にこんな所で何をしているんだね」
「えっと待ち合わせですけど……」
恵理は男性を観察して気づいた。
(しまった、補導員だ……)
「学校は? 生徒手帳出して」
「と言われても私はもう卒業してるので……」
「そう言う嘘が通じると思ってるのか。何処の中学校なんだね」
「いえ、だから私はもう高校も卒業しててもう結婚もしてます! 子供だっています!!」
恵理は中学生と言われむっと来て大声で叫んだ。
だが男は彼女を上から下まで軽く観察をすると軽く溜め息をついた。
「家出、駆け落ちの疑いもあるようだな……」
「なっ!」
「ちょっとそこまで来てもらおうか」
そう言うと男は恵理の右手首を掴み、交番の方へ連れて行こうとした。
「ちょ、ちょっと離してください!!」
「暴れるな!!」
「う〜〜〜〜〜〜」
恵理は男を唸りながら睨むと息を思いっきり吸い込み叫んだ。
「助けて〜〜〜!!! この人、痴漢です〜〜〜〜〜!!!」
その叫び声に男は一瞬ひるみ恵理から手を離した。
「わ、私は……」
逃げた恵理の方を向き何か言おうとした時、十数人の男女に取り囲まれていた。
「え?」
男は何が起きたのか分からずに戸惑うばかり。
取り囲んだ人達の服装を見ると八百屋や魚屋や本屋の店員らしき人もいる。
買い物途中のおばさんの姿も見える。
みんな商店街の人達だ。
「恵理ちゃん、大丈夫だった?」
八百屋のおばさんや買い物途中のおばさん達が口々に恵理に尋ねる。
「はい、大丈夫です。右手首を強く握られてちょっとまだ痛いけど……」
その言葉を聞いた商店街の皆さんはさらに殺気立った。
「てめぇ、早瀬さんの奥さんに手を出すとは良い度胸だな」
「あ、いえ、あの……私は補導員でして……」
「へぇ、近頃の補導員は痴漢もするのか」
「ですから……」
「こいつ、どうする?」
「二度と近づけないようにするか」
「それもいいな」
これからどうするか相談を始めた彼らに男は青ざめてきた。
「で、ですから……」
「皆さん、どうしました?」
そこへ交番からお巡りさんがやってきた。
その姿を見た時、男は助かったと思った。
だが……。
「こいつが早瀬の奥さんに痴漢を働いたんだよ」
「なんと……ホントか?」
「嘘です! 私はただの補導員でして……」
「嘘かどうかはすぐに分かる。ちょっとそこまで来てもらおうか」
「厳しく追及してやってくれよな」
「分かっている」
「だからぁ……」
男は引きずられるように交番に連行された。
その後、恵理の無事を確認するように声を掛けると、全員自分の店に戻っていった。
「いや〜恵理の一声でみんな集まっちゃうなんてね。さすが商店街のアイドルだね」
少し離れたところでその様子を見ていた卯月が感心していた。
彼女はブルーのデニム地に白で『NORNEN』と書かれたエプロンを身につけている。
「見てたんなら大事になる前に助けてよ」
「そんな事言っても私だって恵理の声を聞いて出てきたんだから。高志さんは一目見ていつもの事かと言って戻っちゃったけど」
卯月は笑いながら言った。
「平日は余り出歩かない方が良いのかなぁ……」
恵理は少し悲しそうな声でつぶやく。
「私、思うんだけど……服装を何とかすれば良いんじゃないの」
「そうかなぁ」
自分の服装を見ながら首を傾げる。
「どう見たって23の格好じゃないよ」
「う……」
「ただでさえ若く見えるのに、それ以上に幼い格好してどうするの」
「……卯月、酷い」
「リクルートスーツを着ろとは言わないけど、年相応の格好ってあると思うよ」
「でも……夏樹さんが可愛いって言ってくるから……」
やや上目遣いで卯月を見る。
「……はい、そうですか」
卯月は呆れてそれ以上何も言えなくなった。
「あ、そうだ」
「ん?」
「時間つぶしたいから行って良い?」
「行って良い?ってうちは喫茶店だから構わないけど……何かあるの?」
「うん。今日二人新しい人が来るの。でも待ち合わせまでに1時間ほどあって……」
「ああ、なるほど」
卯月も納得したようだ。
二人はノルンに向け歩き始める。
「ところで和沙はどうしてる?」
「楓と冬佳と一緒に遊んでるよ。夏樹さんも仕事でいないから、暇そうにしてたみなもちゃんにお願いしてあるの」
「そっか、それなら安心だね」
「うん」
「それじゃ、卯月特製のジュースをサービスしてあげよう」
「サービスってお金取るのに?」
「当然」
「しっかりしてるなぁ」
「ふふふふふ」
「あはは」
恵理と卯月は笑いながらノルンの店先に着くとそのまま店内に入っていった。
「……ある意味とんでも無い街だね」
先ほどの様子を駅の出口から見ていたチャイナドレスの女性がつぶやく。
その出で立ちは周囲の人達の注目を集めている。
しかし注目を集める理由はそれだけではなかった。
腰まで届くようなストレートのロングヘア、美しい容貌、180cm以上はある長身。
まるでファッション雑誌から飛び出してきたかのようなその容姿に周囲の者は男女にかかわらず溜め息を漏らしている。
しかしそんな周囲の視線を気にすることなく右手首の時計を見る。
「待ち合わせにはまだ1時間近くあったな……ま、いいか」
彼は足下に置いた荷物を片手で持つと、スタスタと目的の場所へ歩いていった。
「何だったの……今の?」
時計塔の下の縁石に座っていた、10人いれば9人は可愛いと言うような娘が唖然と先ほどの様子を見ていた。
ショートヘアでやや童顔で、白のシャツにブルージーンズとスニーカーと言う活動的な服装は周囲にボーイッシュなイメージを与える。
「もしかしたらボクはとんでも無いところに来てしまったのかも……」
しかもボク系とそちらのシュミの人にはピンポイトな事だろう。
「でももう帰る場所もないし……はぁ……」
彼女は深い溜め息をつき、時計塔を見上げる。
「まだ1時間近くあるよ……喫茶店で時間をつぶそうかなぁ……」
「ねぇ彼女」
突然、軽そうな若者が彼女の横に座った。
「?」
「暇だったら俺と遊ばない? 良いとこ知ってるんだ」
「人を待っているんです。それにボクは……」
「君みたいな可愛い娘を待たせるような奴なんて無視しちゃいないよ」
「だからボクは男です!」
「またまたぁ、君みたいな可愛い娘が男なわけ無いでしょ。それよりも俺と遊ぼうよ」
ナンパ男は彼女の左手を掴んだ。
「離せよ!」
彼女はその手を振り払おうとしたが力の差でどうする事も出来なかった。
「嫌がる婦女子を無理矢理というのはナンセンスだねぇ」
二人の前にチャイナドレスの女性が立っていた。
その美しさに彼女は振りほどく事も忘れて魅入った。
そしてナンパ男も突然現れたチャイナドレスの女性に心を奪われたように彼女から手を離す。
彼女は手首に掛かる力が消えたことを悟るとすぐにチャイナドレスの女性の後ろに隠れた。
「大丈夫のようだね。さてと、私の気が変わらない内にこの場から立ち去る事を提案するが」
女性はナンパ男を目を細め見つめる。
「お姉ちゃんが一緒に遊んでくれると言うなら良いぜ」
「ふむ、ただでは立ち去ってはもらえないか……」
「へへへ」
「そうだな……」
女性は身を翻すと回し蹴りをナンパ男に腹にたたき込んだ。
「ぐあ!!」
ナンパ男はその場に崩れ女性を見上げる。
「君は一つだけ間違えている事がある。それは私が男だと言う事だ」
「えっ!?」
背後に隠れていた彼女も驚きの声を上げる。
「もう一度警告する。これ以上痛い目を見たくなければ早々に立ち去る事だ」
チャイナドレスの女性……もとい男性は足下でうずくまる男に冷たい視線を浴びせる。
そして男はそのまま逃げ出すようにその場から立ち去った。
「ふう」
チャイナドレスの男性は軽く息を吐くと、後ろにいる彼女に話しかけた。
「君、ああ言う手合いに『ボクは男です』と言うのは通じないよ」
「いえ……本当に男なんですけど……」
その言葉にジッと上から下まで観察する。
「……これは失礼したようだ。私もてっきり女性とばかり思っていた」
「はぁ……」
彼はあなたの方がよっぽど女性ではとは口には出さなかった。
「自己紹介が遅れたな。私は高原しんと言う。今日からこの街で生活する事になった。故にどこかで逢う事もあると思うのでよろしく」
「ボクは椿歩(つばき あゆむ)です。あ、さっきはありがとうございました」
歩はお礼を言ってない事を思い出して、慌てて頭を下げた。
「いや、気にしなくて良い」
「はい……」
歩は再び自分が座っていた場所に座った。
そして何故かしんもその横に座る。
「あの……」
「なにかな?」
「高原さんもここで待ち合わせですか?」
「そうなのだが……約束の時間よりも早く来てしまってね」
「ではボクと同じですね」
「なるほど、では待ち人が来るまで君と時間を潰せそうだな」
「あ……あの……ボクはそっちのシュミはありませんから……」
歩は人一人分離れるように位置をずらした。
「心配しなくても私にもその気は無い」
「でも……チャイナドレスって……」
「ん、ああこれはただのシュミだ」
しんは胸を張って断言する。
「シュミ……ですか」
「こんなに似合ってるのだ。着て当然であろう」
まるでナルシストのごとく自信満々に言うしん。
「あ……あははは……」
そんな彼に顔を引きつらせながら笑う歩にしんは思わず噴き出した。
「冗談だ」
「じょ……冗談って……」
「姉達のたちの悪い悪戯に致し方なくこれを着てきたのだ」
しんは歩から視線を外すと憮然とした口調で言う。
「悪戯……?」
「今朝起きてみると、この服以外の私の服が全て無くなっていたのだ」
「………」
「二人に聞いてみたら、全て新居に送ったと言うではないか」
「だからチャイナドレスなんですか」
「私とて女装のシュミなど無い。だがあの二人のせいで、私は……」
しんは拳を強く握ると怒りと悲しみと苦悩が混じり合った複雑な表情をした。
「あ……あの……」
「すまない……君に愚痴をこぼしても仕方のない事であったな」
「先ほどは疑ってすみませんでした」
「ふむ……君はなかなか素直な人らしいな。好意に値するよ」
「好意って……まさか……」
「友人としてと言う意味だが……」
しんの言葉に歩は脱力する。
そのとき彼は思った。
やっぱりこの街に来た事自体間違いだったのかもと……。
ノルンの大きい窓から駅前の様子を見ていた卯月が恵理を呼んだ。
「何?」
ストローを加えたまま恵理が返事をする。
「あの時計塔の下にいる二人がそうなんじゃないの?」
「え?」
恵理もその言葉に時計塔の下の二人を見る。
「あれ、女の子だよ。しかも片方チャイナドレス着てるし」
「もしかしたら女装趣味とか……」
「たしかに不動産屋さんは『可愛い』って言ってたけど……待ち合わせの時間にしてもまだあるし……」
「でももし本当なら……」
「う〜〜ん。まぁ卯月がそう言うならちょっと行ってくる」
恵理はお金をカウンターに置くと店を出た。
「あの……」
恵理は楽しそう(?)に話している二人に声を掛けた。
「「?」」
「もしかして、高原しん君に椿歩君ですか?」
「ええ」
「はい、そうですが」
「そうなんだ、良かったぁ」
恵理は二人の言葉に心底安心したようだ。
「あのあなたは?」
歩が先に口を開いた。
先ほどの騒動の中心にいた少女……その時の会話の内容までは聞こえなかった物の気になるのも当然だろう。
「初めまして、夢園荘の管理をしてます早瀬です」
「「……え!?」」
歩だけでなくしんも言葉を失った。
どう見ても中学生にしか見えない彼女が管理人だと言う事に驚きを隠せなかった。
「正確には管理人は夫がやってるんですけど、夫婦でやってると思って頂いて結構です」
「「え〜〜〜!!」」
しかも結婚していると言う事実。
「あの、女性に年齢を尋ねるのは失礼だと言う事は重々承知してますが、お幾つなんですか?」
「こう見えても23歳です」
「……歩君」
「何でしょうか高原さん」
「本当の女性というものは我々男性からは分からない物だと言う事がよく分かるね」
「そうですね」
二人は互いに頷き逢う。
「?」
その間で恵理は、訳も分からないと言った風に首を傾げていた。
<あとがき>
絵夢「ようやく本題に突入です」
恵理「女装にショタ系?」
絵夢「はっきり言えばそうなる」
恵理「……変態ですか」
絵夢「でも中身はちゃんと男だから問題なし」
恵理「はぁ……(-_-;」
恵理「恵理ちゃんってアイドルなんだね」
絵夢「恵理がアイドルなら夏樹はヒーローだったりもする」
恵理「夫婦そろって有名人なの?」
絵夢「そりゃそうでしょ。夏樹は風の神将だよ」
恵理「そういえばそうだったっけ」
絵夢「忘れてたな」
恵理「あは」
絵夢「そう言うわけでようやくFAも動き始めました」
恵理「この二人がどう絡むのか楽しみかも」
絵夢「いや、楽しみにしてくれ。であまた次回まで」
恵理「お楽しみに〜」
絵夢&恵理「まったね〜」