NOVEL



ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age

第九話 <歩>


管理人の早瀬さんの案内で、しんさん(高原さんがそう呼ぶように言った)と共に夢園荘についた。
『荘』と付くぐらいだから2階建ての小綺麗なアパートを予想していたんだけど、実際は4階建てのワンルームマンションだった。
不動産屋でも今回の引っ越しが急なこともあり、家賃と部屋の間取りだけで決めた自分がいけないんだけど……まさかこんな立派なとこだったなんて……。
そして横にいるしんさんも驚いているようだ。
「しん君、歩君、どうしたの?」
門の所で建物を見るボク達を管理人さんが不思議そうに見ている。
「まさかこのような所だったとは……」
「予想していたのとは全く違ったので……」
「もっと立派な所を想像してたのかな……ごめんね、築10年以上だからどうしてもね……」
少し困った顔をする管理人さんに僕たちは慌てて否定した。
「失礼、言葉が足りませんでした。あの家賃でこのような立派な場所に住めるとは思ってもいなかったと言うことです」
「ボクも同じです」
その言葉に管理人さんは笑顔で応えてくれた。
……可愛い……本当にこれで23歳で結婚してるんだろうか……。
「後ね、隣の家が管理人室兼自宅になってるの。もし何かあったらいつでもって訳にはいかないけど気軽に来て良いからね」
「「はい」」
「「「お母さ〜ん(おばちゃ〜ん)、おかえり〜」」」
僕たちの返事と重なるように自宅と言う隣の2階建ての家の玄関から、3人の女の子が出てきた。
「ただいま」
管理人さんはしゃがむと子供達を抱きしめるように迎える。
この姿を見ると母親だと言うことが分かる……でもね……。
「恵理さん、お帰りなさい」
子供達に続いて上品な感じのする女性が出てきた。
「みなもちゃん、ただいま。ありがとうね」
「暇だったので丁度良かったです」
「お母さん、みなもお姉ちゃんから紐の使い方を教えてもらったの」
ポニーテイルの女の子が嬉しそうに言う。
それを聞いた途端、管理人さんの表情が少しだけ変わったような気がした。
「………みなもちゃん、後でゆっくりとお話ししようね」
「あ……ははは……えっとこの二人が新しい人達ですよね」
「みなもちゃん、話そらさないようにね」
にこやかに怒ってるんだよね……これって……。
「あの……男の子二人って聞いていたんですが……」
「みなもちゃん」
「うう……」
「ま、いいわ。二人とも男の子だよ」
「初めまして、高原しんと言います。よろしくお願いします」
「初めまして、椿歩です」
「初めまして、陽ノ下みなもです。なるほど声を聞くと確かにそうですね」
みなもさんは納得してくれたようだ。
「ところで何でしん君はチャイナドレスを着てるんですか?」
「それ、私も聞きたかった」
みなもさんに素朴な疑問に管理人さんも参加する。
そして3人の子供達まで興味津々でしんさんを見ていた。
「姉達のたちの悪い悪戯なんです。着る服を全てこちらに送ってしまったらしく……」
「「「「「……頑張ってね」」」」」
しんさんは女性陣の同情の眼差しを一身に受けた。
心なしか泣いているように見えたのは気のせいじゃないかも知れない。
「あと、歩君」
「はい」
みなもさんがジッとボクを見る。
「間違ってらごめんね。『椿』ってもしかしてまな……」
「あ、あっちゃんだ」
その場にいる人達はその声に一斉に振り向いた。
そこには……。
「ま……まなみちゃん? 何でここに……」
「久しぶり、お父さんや叔父さんから聞いてなかったの?」
ボクは首を激しく振る。
「ふ〜ん、驚かすつもりでいたのかな?」
「まなみちゃんの知り合いなの?」
管理人さんが聞く。
「従弟。会うのは去年の夏以来なの」
「「なるほど」」
管理人さんとみなもさんは二人で納得したようだ。
「「「まなみおねえちゃん、お帰り〜」」」
「楓ちゃん、冬佳ちゃん、和沙ちゃん、ただいま」
まなみちゃんは3人の視線まで降りると微笑みながら答える。
そして3人の頭を撫でるとまなみちゃんは立ち上がり、ボク達の方を向く。
「高原しんです。よろしく」
「椿まなみです」
微笑むしんさんに対して余り興味を示さない様子のまなみちゃん。
「男の人ですよね……」
まなみちゃんはしんさんを上から下まで見て言う。
「え……ええそうですが、これには訳があって……」
「人のシュミをどうこう言うつもりはありませんからご心配なく」
「あ、いえ、そう言うことではなく……」
間髪入れずに言うまなみちゃんの言葉に慌てて弁解する。
初めて会った時はもっと自信家のように見えたのに……。
「冗談です。先ほどの話は聞いてましたから、大変ですね。頑張ってくださいね」
先ほどと同じ言葉を贈られ、しんさんは脱力した。
しっかり遊ばれてるみたい。
その時、ボクの視線に気づいたのかまなみちゃんはボクの方を見た。
「なに?」
ボクは慌てて視線を逸らすと「何でもない」と短く答えた。
微妙な空気が流れる。
それを破るように管理人さんが明るくボク達に声を掛けてきた。
「さてと、しん君、歩君、部屋に案内するからついてきて」
ボク達は気を取り直すと、先を歩く管理人さんについていきそれぞれの部屋へと向かった。
しんさんは303号室、そしてボクは304号室。
部屋前で鍵を手渡された時、夕方、全員に紹介するから自宅の方に来るように言われた。
そして「あと、荷物はそれぞれの部屋に運んであるから」と行く時に付け加えていった。
管理人さんの姿がフロアから見えなくなるとしんさんはやや疲れた様子で部屋に入っていく。
ま、何となく分かるけど……。
それよりも……まさか、ここでまなみちゃんに逢うことになるなんて……。
ボクはそう思いながら鍵を開け中に入ろうとした時……。
「あっちゃん」
「え?」
振り向くとまなみちゃんがすぐ後ろに立っていた。
私服に着替えているところを見ると、あの短時間で着替えてきたんだろう。
でも……さっきもそうだったけど気配が感じられなかった……。
「な、なに?」
「お父さんと叔父さんからあっちゃんの事頼まれてるから、荷ほどき手伝いに来た」
「荷物と言ってもそれほどないから、大丈夫」
慌てて言うボク。なんとなく声が裏返っていたかもしれない。
「そう」
まなみちゃんはそれだけ言うと階段の方を向かった。
ボクはその後ろ姿に軽く溜め息をつく。
「あ、一つ言い忘れてた」
まなみちゃんはそう言うと振り向きボクを見た。
「な、なに?」
「あれは同意の上でのこと。だからあっちゃんが負い目を感じることはないから」
「え……」
「なんか気にしてるみたいだったから」
あまり抑揚の無い声でそれだけ言うとまなみちゃんは階段を下りていった。
「……見抜かれてたんだ」
ボクは小さくそうつぶやくとしばらく階段の方を見ていた。


あの日。
盆に祖父の家に行った時のこと……。
何がきっかけだったか覚えてないけど、ホテルの一室でボクとまなみちゃんはそう言う関係になった。
とは言ってもその一回限りだったけど……。
「あの……ごめん……」
「別に謝ること無いよ。同意の上だから」
下着をつけながらまなみちゃんはそう言う。
「でも……まなみちゃんはずっと痛そうだったし……それに……」
するとまなみちゃんはベッドに座り謝るボクに近づいてきた。
「むしろ謝るのは私の方かも知れない」
「?」
「私、自分の身体を試してみたかったから」
「それって……」
まなみちゃんはボクの横に座ると正面の壁をジッと見ながら言葉を続けた。
「私、不感症なの」
「え?」
「痛みとか熱い冷たいとかそう言うのは感じるけど、くすぐったいとかかゆいとか言う感覚がないの……痛みはちゃんとあるから痛覚には異常は無いと思うけどね。だから確かめたかった……これではっきりしたけど」
「……まなみちゃん」
「初めてがこんな女の子でごめんね」
まなみちゃんは自嘲気味に笑う。
それはどこかぎこちない笑いだった。
ボク達は言葉を交わすことなくホテルを後にした。
そのあとまなみちゃんは何事もなかったかのようにいつも通りに過ごしていたけど、ボクは彼女を無意識に避けるようになっていた。
あのホテルでの出来事が負い目になってるのかも知れない。
男としてあの時何も言えなかったことが……。


「そういえば、どうしてあの時ボクだったんだろう……」
ボクのつぶやきは誰にも聞かれることなく消えた。



月曜日、ボクは転校初日と言うことで誰よりも早く夢園荘を出た。
そして学校に着き職員室で色々と話をしてから担任の先生と共に教室に案内された。
「椿歩です。よろしくお願いします」
そう言うと、男子生徒からは……
「何で男なんだぁぁ」
「あんなに可愛いのに〜〜」
「だれか嘘だと言ってくれ!!」
「兄貴と呼んでくれて良いぞ」
などと叫び声。
そして女子生徒からは……
「可愛い!!」
「男の子にしておくのは勿体ない」
「後で制服着せちゃおう」
「お姉さまと呼んで〜〜」
などと黄色い声が上がる。
……一部は無視してもこれはまぁ予想はしていた範疇。
そんな中で一カ所だけ関心の無い様子の3人の女の子グループがあった。
「……まなみちゃん?」
ボクはその中の中心にいる娘の姿を見て小さくつぶやいた。
そのつぶやきは騒いでいた全員に聞こえたのか、一斉に静かになりまなみちゃんの方を見た。
彼女は軽く溜め息をつくと、立ち上がった。
「従弟なの」
そう簡潔に答えると席に座る。
すると全員納得したかのように再び騒ぎ始めた。
中には自分の身の危険を感じる発言もあったが聞かなかったことにする。
それはチャイムが鳴るまで続くことになる。
なお担任はどうしたかと言うと、ボクの紹介がして席を指定すると早々に立ち去っていた。
……無責任だ。
しかも1時間目はその担任の授業らしいんだけど、そう言うことなので自習となった。
ボクはしばらく教壇でさらし者になった後、指定された席……まなみちゃんの隣の席に座る。
席に座った後も男女問わずにクラス中から視線を感じる。しばらく見せ物にはなりそうだな……。
「よろしく」
「うん、よろしく……」
隣のまなみちゃんの抑揚の言葉にボクは答える。
「へぇまなみの従弟なんだ」
まなみちゃんの前に座る女生徒が興味津々でボクの方を向いて言う。
「うん」
「私、岩田百合子って言うのよろしくね」
「よろしく」
少し押され気味でそう言うと、後ろから頭の上に誰かが手を置きもたれ掛かってきた。
大きい胸が後頭部に当たって少し気持ちいいかも……。
「男なのに元気ないなぁ」
「あ、あの……」
「私は梅岡佐由理。まなみちゃんの愛人だよ」
「え?」
ボクは一瞬耳を疑った。
「佐由理、あっちゃんが戸惑ってる」
そこにまなみちゃんが助け船を出してくれた。
「佐由理は冗談が好きだから余り気にしないでね」
「そ、そうなんだ」
「まなみってば私よりも可愛い従弟を選ぶのね」
「あのねぇ……」
佐由理さんは泣き崩れる感じでまなみちゃんに寄りかかっていく。
すると突然、佐由理さんはまなみちゃんにキスをした。
「!?」
そして佐由理さんの舌がまなみちゃんの口の中に入っているみたい……。
「歩君、あれはいつものスキンシップだから」
言葉を失うボクに百合子さんが耳打ちする。
「スキンシップって……」
「ま、気にしない気にしない」
「で、でも……」
言葉を続けようとした時、いつの間にかボクの目の前に立つ佐由理さんがボクの顔を動かないように両手で押さえ込み、今度はボクの唇を奪った。
「っ!!!」
突き放そうにも女の子を突き飛ばすわけにはいかないし、どうしたらと思っているうちに彼女の舌がボクの口内に入ってきて、歯、歯茎、歯の裏、頬の内側、舌と全部なめ回して解放された。
「…………」
ボクは言葉を失い、椅子にもたれ掛かる。
「ま、野良犬にでも噛まれたと思って諦めてね」
百合子さんはボクの肩を叩いてそう言った。
その時、彼女の後ろに他のクラスメイトが目に入ったけど、一様に同情の眼差しを送っていた。
「ははは……」
もはや乾いた笑いしかでない。
「ん〜従弟でもやっぱり味は違うんだね」
「当たり前でしょ」
まなみちゃんは呆れた様子で言う。
「従弟って言っても新しいお父さんの弟の子供なんだから、血は繋がってないよ」
「そっか」
佐由理さんはなにやら納得している様子だけど、そんなことで納得しないで欲しい。


とにかくこうしてボクの新しい街での生活が始まった。
……やっていけるかな(涙)



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<あとがき>
絵夢「さっそくおもちゃになった歩君の話でした」
恵理「しん君影薄くない?」
絵夢「女の子苦手なの」
恵理「姉のせい?」
絵夢「ま、当然かも」
恵理「……納得」

恵理「それはともかく、歩君とまなみちゃんのとんでもない過去」
絵夢「どのタイミングで出そうか考えたんだけどとっとと出してしまおうと」
恵理「でもまなみちゃんって……これってどういう事?」
絵夢「それも少しずつ書いていきます」
恵理「大丈夫かなぁ(-_-;」

絵夢「そう言うわけで次回まで」
恵理「おたのしみに〜」
絵夢&恵理「まったね〜」





恵理「まなみちゃん、大丈夫なの?」
絵夢「謎」
恵理「(-_-;」