NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

五月(一)


「和沙さ〜ん、これどうしたら良いですか?」
「それは倉庫にお願い」
「和沙さ〜〜ん!」
「何?」
「和沙さ〜〜〜ん!!」
「ちょっと待って!」
「和沙さ〜〜〜〜〜ん!!!」
「うわ〜〜〜〜〜!!!!」

私−鷹代和沙は駅を挟んで実家とは反対側にあるケーキショップ「アクア」でアルバイトをしている。
一応実家から仕送りはある物の、少し余裕も欲しいことから高校に入ってからすぐに始めたの。
そして一年たった今、一番上の先輩(もちろんバイトのね)になってしまった。
三月までは先輩がたくさんいたはずなのに受験や引っ越し等でみんないなくなってしまったの……どうして?
嘆いていてもしょうがないけど、そう言うわけでこの春から新しく入ってきた娘達の教育をすることになってしまってるの。
それでも私の後に入ってきた娘も何人かいるから良いんだけど……だからってみんな私に頼らないでよぉ。

「和沙、どうしたの?」
休憩時間に事務所でぐた〜としている時にやや童顔でメガネをかけた女の子−木更津朱美が声をかけてきた。
「あのね朱美、あの娘達頼める?」
「え゛?」
「露骨に嫌そうな声を出さないでよ」
「あ……あははは……」
朱美は笑って誤魔化すけど、さっきのを見て絶対に嫌だと思っているのはよく分かる。
「店長がいれば楽なのにね」
「本当にそう思うよ」
「そうすれば和沙もぜ〜〜んぶ店長に押しつけちゃうんだよね」
「当たり前でしょ。まったく……半月近く経つんだからいい加減覚えて欲しいよ」
「愚痴らない愚痴らない。バイト歴では一番長いんだから」
「長いと言ったって私だってまだ一年しかやってないよ」
「それだけやれば十分だよ。普通は同じ所で一年なんて保たないから」
「……そんな物かな?」
首をかしげる私に朱美は笑っていた。
「それじゃ私はこれで上がるね」
朱美はそう言うと更衣室に入っていく。
そっか……そういえば朱美は今日は早番だったんだっけ。
改めて時計を見て納得する。
そして数分後。
更衣室から出てきた朱美はメガネからコンタクトに変え化粧をして幼さを消し、純白のワンピースを着てすごく大人っぽく見える。
「これからデートなの?」
「そう、じゃあね」
「うん、お疲れ様」
朱美は手を振りながら出て行った。
化粧で雰囲気が変わると言うけど、同性の私が見てもあの変身には驚く。
私も化粧をすれば変わるのかな?

「あの〜和沙さん……」
私の悩みの種の二人の片方−雅美ちゃんがおずおずと私に声をかける。
さっき少し強めに言ったせいかな?
「何?」
「和沙さんにお客様です」
「?」
私は首をかしげながら事務所から店に戻ると女性が二人立っていた。
「和沙、やっほ
その手前の女性は私の姿を見るやいなや手を軽く挙げて呼んだ。
最後の『やっほ』がなんか恥ずかしそうに小声だったけど……。
さらにその後ろにいる女性……と言うよりも女の子も私に手を振っている。
おそらく先ほどの挨拶は間違いなくこの人の入れ知恵だろう。
一見親子にも見えるこの二人は……。
「お母さん、それにおばさんまで……」
「今日は恵理に誘われて……お店もあるからって言ったんだけど……」
「何をってケーキを食べに来ただけだよ」
お母さんは気まずい笑顔で、そしておばさん−恵理おばさんはさも当然のように笑顔で言う。
「それよりもノルンは!?」
「和樹君とうちの冬佳と春香ちゃんが頑張ってるよ」
お母さんに小声で聞くと、おばさんが代わりに答えた。
「楓と違ってあの娘達何もやってないからたまにはね」
「は……はは……」
呆れる私はお母さんを見るとやっぱり困った顔をしている。
「ところでねぇ卯月、和沙ちゃんっていつもこんな感じなの?」
「だから和沙からお店には来ないように言われてるって言ったでしょ」
「そうなんだ。反抗期かと思っちゃった」
「あなたって、本当に平和ね」
「えへへへ」
私は軽く溜め息をついた。
いつまで経っても変わらないんだから……。
お母さんが気まずそうにしているのは、さっきも言っていたとおり来ないように言ってあるから。
表の理由はライバル店だから。
でも本当はちょっと恥ずかしいから。
楓や冬佳達なら別に良いんだけど、お母さんが相手だとやっぱり……。
でも店内には他のお客様がいる手前、失礼なことは出来ない。
「いらっしゃいませ、どれにいたしますか?」
営業スマイルでどのケーキを選ぶかせかすことにした。
「あ、うん」
お母さん達はいくつかのケーキと飲み物を頼み、受け取ると窓側の席に座った。
「ありがとうございました」
笑顔で見送ると、席に着いたところで後ろを向き溜め息をつく。
「「くすくす」」
声を殺した笑い声。
その声の方を向くと、雅美ちゃんと由美ちゃんの二人が笑っていた。
「二人とも、何をやっているのかな?」
二人に笑顔でそう言うと、二人は一瞬身体を強ばらせしゃきっとしてこちらを向く。
「「は、はい!!」」
「掃除、終わったの?」
「「は、はい。まだです。今から取りかかります!」」
一人は外の掃除、もう一人はトイレの掃除へと急いで行った。
なんでこの二人が私をこんなに恐れているかというと……冬佳の入れ知恵。
どういう内容なのかは知らないけど、あの様子から影の支配者的みたいな事ぐらいは言ってそう……。


時計は十八時を回り、私はタイムカードを押して帰宅の準備を始めた。
朱美が帰った後、少ししてから真知ちゃんが来たので私は安心して帰れるというわけ。
現在このお店は店長が休みの時は私を筆頭に朱美と真知ちゃんが取り仕切っている。
いろんな意味で大丈夫かなぁとは思うけど、それなりに流行っているので大丈夫なんだと思う。

ちなみにお母さん達は夕暮れ前には帰っていった。
出ていく前におばさんが「たまには帰ってあげないとダメだよ」と釘を刺していった。
結局、その一言が言いたくて来たのかも知れない。

ロッカーを締めると更衣室を出て事務所から店内に出る。
「真知ちゃん、後お願いね」
「はい、おつかれさまでした〜〜」
「「おつかれさまでした」」
そして私は同僚に見送られて店を後にした。
それから私はいつものように駅前からバスに乗り最後部の席に座る。
乗客は私を含めても3人。
ゴールデンウィークのまっただ中、会社も学校も休みのこの時期にこのバスに乗る人もいないだろう。
私は椅子に座ったまま背伸びをする。
そしてバスが出発したとき窓から見えた商店街に向かって「ごめん」とつぶやいく。
そこには私の家がある。
本当は家に寄ろうかとも思ったけど、でもやっぱりそのままバスに乗ってしまった。
別におばさんに言われたからそう思ったわけではなく、機会があれば帰宅しようとは思っている。
ただ……六歳年下の弟の気持ちが怖いの。



弟の名前は和樹で今、小学5年生。
昔はと言うか今でも仲が良い姉弟だと思う。
でも……。

私が家を出て夢園荘に住むことにしたのは、中学になっても弟同じ部屋というのは嫌だったから。
それが最初の理由。
両親は反対したけど、夏樹おじさんの一言が決め手になった。
「和沙ちゃんも女の子なわけだし、弟とはいえいつまでも異性と同じ部屋というのは嫌だと思うよ。もしよければだけど、今のところ夢園荘も部屋が余ってるし、どうだ?」
その後は、夢園荘なら大丈夫だと言うことでトントン拍子に決まり中学入学までには入居していた。
そんな中で唯一和樹だけは私が家を出ることを反対し続けていた。

毎日両親はお店に出ていた関係で和樹の世話は全部私がやってきた。
夜中トイレに行くときも寝ている私を起こしたし、雷が怖いと言っては一緒の布団で寝てあげた。
和樹がどれほど私を頼ってくれているか痛いほど分かっていた。
でも分かっていても私は中学生になるし、和樹も小学生になる。
いつまでも同じ部屋と言うのは私としても我慢出来ない。
だから私は和樹の手を振り切り、家を出て夢園荘へと居を変えた。

とは言え週末になれば帰っていたし、和樹も最初の内は夢園荘へ帰ろうとすると「行っちゃダメ」と言って泣いていたけど、だんだんと馴れてきたのかそれも言わなくなってきた。
それを私は和樹が姉離れをしてくれたと思った。
だけど……。

中学三年の三月。
卒業式も終わり高校受験も終わり合格通知を貰った後、私はしばらく実家にいた。
その間、お店の手伝いをしたりして過ごした。
寝る部屋はやっぱり元のまま和樹と同じ部屋だったけど……。
久しぶりに入るその部屋は、和樹の色に染まっていて私がいた頃の面影はほとんど残っていなかった。
残っているとすれば置いていったぬいぐるみとか姿見とかそのぐらいかな?
「結構綺麗にしてるんだね」
「お姉ちゃんがいつ帰ってきても大丈夫のように暇があれば掃除してるからね」
それは部屋に入ったときの姉弟の会話だった。
小学三年にしてはしっかりしてると思う。
でも夜寝ているといつの間にか私の布団の中に入ってきて、私に抱き付いてきた。
引き離そうとすると、すがりつくような目で「お姉ちゃんと一緒に寝たい」と言う。
その言葉にやっぱり姉離れ出来ないんだと、少し呆れながらも和樹の好きなようにさせてしまう。
ときどき顔を胸に押しつけて左右に動かしたりするけど、甘えん坊なんだからと納得していた。

でもそれが姉に対する親愛の行動ではなく、異性に対するものだと気づいたのはすぐだった。

その日、両親は店を閉めた後商店街の寄り合いに行っていた。
和樹はテレビを見てからお風呂に入ると言うことで私が先に入ることにした。
いつものように部屋からパジャマと代えの下着を持っていきお風呂に入る。
そして身体を洗い、髪を洗っているとき、脱衣所の方で何か音がしたような気がした。
「和樹?」
呼んでみても反応はない。
私はシャンプーの泡を流すと、ドアを少し開けて脱衣所を見てみる。
でもそこには誰もおらず、脱衣所のドアもちゃんと閉まっている。
「気のせいだったのかな?」
首をかしげながらドアを閉め湯船に浸かった。
十分に暖まったところでお風呂から出て脱衣所で身体を拭き下着を着けようとした時、脱いだ下着が両方とも無くなっていた。
「どういうこと? まさか和樹が……」
私は下着を身につけパジャマではなく着ていた服を着ると、居間に向かった。
だけどテレビを見ているはずの和樹は居間にはいなかった。
もしかしてと思いゆっくりと二階の部屋へと足音を立てないように部屋へと向かった。
そしてドアに耳を当てると和樹の荒い息づかいが聞こえる。
「まさか……まだ三年生だよ……」
私は違うと思いながら少しだけドアを開けて中を見た。
そこでは部屋の真ん中で何か本を見ながら、左手で私の下着を口元に当てて、そして右手でアレをいじっていた。
「そんな………」
知識として一応知っていても実際この目で見てしまうと、少し吐き気を催す。
和樹がそんなことをしているなんて信じたくなくて……それも私の下着を使って……。
私は何も見なかったことにしてその場からすぐにでも逃げ出したい気持で一杯だった。
でも足が言うことを聞いてくれない。
そんな葛藤をしている内に私はドアを思いっきり開けていた。
和樹はビックリして私の方を見る。
「お……お姉ちゃん……」
「和樹……」
「これは……あの……」
「私……帰るね……」
和樹には近づかないようにして私は部屋の隅にある荷物をまとめると、それを持って部屋を出ようとした。
「お姉ちゃん、ごめん!!」
「私……何も見てないよ……和樹だって何もして無いじゃない。謝る必要無いよ」
私は和樹を見る事なくそれだけ言うと部屋を出た。
ドアを締める際、「それあげるから……」と一言言い残して。
和樹がどういう顔をしていたかは分からない。
きっと、すごく後悔していると思うけど……でも私は……。

家を出てバス停まで来たとき、お父さんの携帯に「急用があるから夢園荘に戻るね」と電話を入れた。
そしてバスに乗り夢園荘へと帰った。

自室の鍵を開け、暗い部屋に入ると電気も付けることなく荷物を放り投げると、壁に背もたれるようにその場に座り込んだ。
その後のことは良く覚えていないけど……きっと泣いていたんだと思う。

あのことは私の口から両親には言っていない。
和樹の様子を見てもあのことは言っていないみたい。
だから突然夢園荘に帰った理由もあの後しばらくしてから「和樹と大げんかした」とだけ言って両親を納得させた。
一応両親に心配させたくないので、和樹とは仲の良い姉弟のまま。
私も和樹もあの時のことには触れないようにしている。
とは言え今でも和樹に触れられるのは怖い。
さらにあれ以来私は実家に行くことはあっても泊まるという事はしなくなった。

和樹に彼女が出来れば、大丈夫だと思うんだけど……。
ちなみに和樹は今小学五年生。
だからいてもおかしくは無いと思うんだけど、暇があれば自転車で夢園荘まで遊びに来るところを見ると当面無理そう。
極度のシスコンは直りそうもないな……。



バスに揺られながら窓から見える夜景を眺めながら和樹のことを考えていた。
「私なんかよりも同級生を好きになればいいのに……。でも私を異性として見ているのは問題としてもそれだけ慕ってくれているのは嬉しいことだよね」
ふとそうつぶやいた時、頭の中でとんでも無い事を想像してしまった。
「うわ、姉弟でそれは絶対にダメなんだから。そんなことになったらお父さんとお母さんが悲しむし、だからだからだから………絶対にダメなんだから……」
両手を頭の上で振りながらさっきの想像をかき消す。
そして我に返ったとき、全乗客3人の視線を集めていた。
「あ、あはははは。ごめんなさい、なんでもないです」
恥ずかしさの余り顔を下に向けた。
視線を感じないからもう私を見てないと思うけど……う〜〜〜はずい〜〜〜。
それからしばらく揺られると最寄りのバス停に着き、私はなるべく他の乗客と目を合わせないようにして降りた。

バス停から街灯に沿って五分ほど歩き夢園荘に着いた。
門をくぐり中にはいると、まるで待っていたかのようにおばさんが待っていた。
「おかえり」
「あ……ただいま」
「まったく寄ってこなかったんでしょ」
「……うん」
どうして知っているのって顔でおばさんを見ると、おばさんは少し微笑んだ。
「卯月から電話があったの。うちに寄らなかったからお願いって」
「お母さんから」
「夕飯用意して待っていたみたいよ。まったく和沙ちゃんはいけない娘だよ」
「ごめんなさい」
私はおばさんの顔を見ることが出来ず視線を足下に落とした。
お母さんが待っていてくれてたのに裏切ったから……。
「和沙ちゃん、謝る相手が違うよ」
そう言うとおばさんは私の頭を撫でてくれた。
「ちゃんと電話をして謝ろうね」
「……うん」
私は小さく頷くだけ。
「和沙ちゃん、お腹空いてるでしょ。用意してあるからおいで」
「え……でも……」
「遠慮は無し、だよ。和沙ちゃんは私にとって三人目の娘なんだから」
「おばさん……それではお邪魔します」
「本当に礼儀正しいんだから」
おばさんは私の額をつんとつついた。
「おばさ〜ん」
「あはは」
文句を言おうとしたけど、おばさんは笑いながら私の手を取って家へと招いた。



→ NEXT


<あとがき>
絵夢「和沙の複雑な心の内の物語でした」
恵理「和沙ちゃん、苦労してるんだね。そっか弟さんから迫られてるんだ」
絵夢「姉としてどうすればいいのか悩んでいる様子」
恵理「だったらそのまま弟に身体を……」

ばきっ!!!

樋山恵理、都合により退場



絵夢「さてと、そんなわけで次回五月(二)をお楽しみ。皆さん、まったね〜〜」