NOVEL



ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street

十月(四)


たくさんの自然に囲まれた里のはずれの小川で、大きめの石に座って足だけを川の流れに浸している。
雪解け水を運ぶ川の水は冷たいがそれがまた気持ち良く感じる。
明日から私の生活は変わる。
恐らくこんな風にのんびり出来るのは今日が最後。
だから今だけはこの穏やかな時の流れに身をゆだねたいと願う。

「姉さ〜〜ん!!」
後ろから弟の声が聞こえる。
私は川の流れから視線を動かすことなく「何?」と聞く。
「どういう事ですか!?」
弟は私の横に並ぶと真剣な声で疑問をそのままぶつけてきた。
「どうもこうも無いよ。『私が選ばれた』……ただそれだけだよ」
「だけど、他にもたくさんいたのにどうして……」
私は鋭い眼差しで弟を見る。
「向こうが私を選んだだけのこと。あなただって選ばれた1人のはず。違う?」
「それは……」
弟は言葉を詰まらせ私から視線を外し川面を見る。
「だけど、どうして姉さんを……」
「決まったことよ。それに反することは里の掟に逆らうと言うこと、そのぐらい分かっているわよね」
「それは分かってます!」
「ならそれで良いじゃない」
私は座っていた石から立ち上がると弟の前に立つ。
6歳年下の弟はいつの間にか私の肩ぐらいの身長になっている。
おそらくあと数年で追い越されてしまうだろう。
私は右手で弟の左の頬にそっと触れる。
そしてゆっくりと唇を交わし顔を離す。
「姉さん……」
「お互い、選ばれた者同士。これが最後よ」
私は静かに微笑みかけ弟から離れ、里の方へと歩を進める。
「姉さん!」
弟の声に私は足を止め振り向く。
「何があっても必ず姉さんを守るから!」
その言葉に私は頷くことで答えた。
























”どんっ!”

「………痛い」
派手な音と共に私−鷹代和沙はシーツと一緒にベッドの下に顔から落ちていた。
少し痛む鼻の頭に手を当てながら身体を起こす。
同室の冬佳と小石と熟睡して起きていないようだ。
時計を見ると午前3時。夜明けにはまだ早い。
丸い窓の外からは穏やかな波の音が聞こえる。

修学旅行最終日。
前日阿蘇山で一泊した私達は、観光巡りをしながら移動し、日が暮れてから門司の港から帰りのフェリーに乗った。
この5日間いろいろとあったけど、修学旅行もこれで終わりかと思うと少し寂しいような気もする。
また明日からいつもの日常が始まる。
一応学校は明日は休みで明後日からの登校になるので一日部屋でごろごろしていると思う。

「それにしても変な夢を見たな……何で私から和樹に……」
そこでハタッと夢の内容を克明に思い出して、両手を頭の上で振ってかき消す。
思わず深い溜め息が出てしまう。
和樹じゃないけど和樹によく似た子だったのは確か。
やっぱり私も和樹のこと……。
「それは絶対に無いんだから〜〜」
再び頭の上で両手をブンブンと振って否定する。
「………あ」
ハタッと手を止めて2人の様子をのぞき見ると、全く気づいていないように熟睡している。
「良かった……」
安堵の息を吐くと私はもう一度2人が起きていないことを確認して、パジャマの上に薄手のカーディガンを羽織ると部屋を出た。


部屋を出て一番近いデッキに出ると、転落防止用の柵に身体をあずけ、満天の星空と真っ暗な海を眺めた。
時折海から吹いてくる風で髪が煽られるが気にしない。
こうして海を眺めていると昔から心が穏やかになる感じがする。
海だけでなく川を眺めていても同じ気持ちになるけどね。
「ふう……気持ちいい……」
「あとでちゃんと髪の毛を手入れしないと痛んじゃうぞ」
突然後ろから声がしてビックリして振り向くと、そこには冬佳が立っていた。
「冬佳……もうビックリさせないでよ」
「ごめんごめん」
冬佳はウィンクしながら謝ると私の横に並んで海を見る。
「冬佳、起こしちゃった?」
「ん? ううん、気にしないで。私は星を見たくなっただけだから」
「そうなんだ」
「うん」
しばらく2人で星と海を眺めていると、冬佳がジッと私を見ていることに気づいた。
「な、何?」
「何かあった?」
「え……何かって?」
「ん〜〜分からないけど何となくいつもと様子が違うから」
冬佳は本当に勘が良いと言うか良すぎると思う。
時々人の心を読んでいるような気もするけど、観察力と洞察力が強いと言うことなんだろうね。
それはともかく……。
「別に何もないから、安心して」
「そう……それなら良いけど」
そして再び私達は星と海を見る。
でも……さっきの夢の事、話してみようかな……。
話してどうなるわけでもないのは分かっているし、冬佳のことだから和樹の事でからかってきそうだし……だけど……。
「ねぇ冬佳」
「何?」
「あのね……」
私はさっきの夢のことを冬佳に話した。
もちろん夢の中に出てきた和樹によく似た『弟』のことは誤魔化して『幼なじみ』と言う風にして。
でもどうして冬佳に話す気になったのか分からないけど、でも何となく彼女にだけは聞いてもらいたかったのかも知れない。
冬佳は私の話を聞いていると最初は柵にもたれたまま柔らかい表情だったんだけど、だんだんと難しい顔になって柵から身体を離して私と向き合うように立っていた。
「と言う訳なんだ。変な夢でしょ」
私は冬佳の様子が変わったことを気にしながらも笑いながら最後まで話した。
冬佳は何か考えるように私から視線を外すと海の方を見ながら柵にもたれる。
「冬佳?」
私は話さない方が良かったかなぁと思いながら冬佳の横顔をのぞき込んだ。
すると……。
むに〜〜と両方の頬を左右に引っ張られた。
「な、何をするの!!」
冬佳はすぐに手を離してくれたけど、突然の事に私は冬佳に抗議する。
当の冬佳は柵に背を預けていつものように笑うわけでもなく、ただ静かに微笑んでいるだけだった。
「和沙は和沙だよね」
「え、何それ?」
「だから和沙は和沙、鷹代和沙だよねって聞いたの」
「当然じゃない。私が他の誰かにでもなったとでも言うの?」
「言わないよ。んで、その『幼なじみ』君が和樹君に似ているというオチは無いの?」
「な……あるわけ無いじゃない!!」
私は不意をつかれた質問に慌てて否定する。
だけど冬佳はクスクスと笑っている。
……ばれてる。
「和沙は分かり易いね」
「……ずるい」
プイッと冬佳から視線を外して再び海を見る。
「ごめんごめん」
私の横で謝ってるけど知らないから。
しばらく無視していたけど冬佳は私の横から動こうとしない。
私は海を見たまま冬佳に聞いてみた。
「あの夢はなんだと思う?」
「前世の話とか?」
その単語に私は吹き出してしまった。
「よりによって前世って……そんなのあるわけ無いじゃない」
「和沙は現実主義だね」
「考えてもみてよ。なんで私と和樹が前世でも一緒にいるの?」
「それもそうか」
「そうそう」
「だったらテレビか本か何かでそう言うシチュエーションの物を見て、その登場人物に自分たちを当てはめたと言うのはどう?」
冬佳は「どう?」と人差し指を立ててポーズをつけて言う。
いや、そこはポーズをつける所じゃないけど……って突っ込んでも仕方ないけど……。
「それを夢で見るというのは有りかも知れないけど……どうして相手が和樹なの?」
「そりゃ、和沙が和樹君ラブだからじゃないの?」
「なっ!?」
冬佳の言葉に私は思わず声を上げ固まってしまう。
だけど冬佳は平然と聞いてくる。
「違うの?」
「違うわよ! 私と和樹は姉弟なんだよ。それでどうしてそうなるわけ!!」
「でも昔はそう言うカップルがいてもおかしくなかったようよ」
「……昔っていつよ?」
「500年前とか1000年前とか……文献にそう言う記述があるよ」
「そんな大昔の話をされても困る」
私はぐいっと冬佳に迫って言う。
「困ること無いでしょ」
「困る!」
「今は法律やらなんやらで規制されてるからね」
「そう、だから困る!」
そこで私はハタッと自分の言った言葉を反芻する。
冬佳は冬佳でクスクスと笑ってるし、私……飛んでもないことを言った……んだよね。
「そう、やっぱり困ってるんだよね」
冬佳はそう言うと私から離れて部屋へと戻ろうとしたので慌てて呼び止めた。
「私にどうしろって言うの?」
「別に自分の気持ちに正直になったら良いと思うよ」
「それじゃ困るでしょ!」
「まぁ確かに」
「でしょ……」
「私から言えることは、姉弟仲良くやっていけば良いと思うんだけどね」
「でも……」
今和樹に迫られ求められたらすぐに受け入れてしまいそうな気持ち……。
「鷹代和沙!」
「はい!」
フルネームで呼ばれて思わず返事をしてしまった。
「和沙は和沙、そして和樹君は和樹君だよ。他の誰でもない、今を生きる和沙と和樹君だよ。決して流されることなく、自分と言う物をしっかりと持って行動すれば自ずと答えは出るはず。悩むことは良いことだと思う。だけどそのために自分を見失わないで……そうじゃないと……」
冬佳は瞳を伏せ、どこか悲しそうな表情を見せる。
「冬佳?」
「ごめん……」
そう言うと顔を上げて笑う。
だけどなんとなく無理に笑顔を作っているような気がするけど……。
「和沙はどうしたいの?」
その質問に私は首を横に振る。
「分からない。でもいつまでも逃げてちゃダメだよね。迫ってこられて押さえつけられたら許しちゃいそうだけど、それじゃダメなんだよね」
「そう、流されないように自分をしっかりと持たないとね」
「大丈夫かな、私?」
「さぁ?」
軽い調子で言う冬佳に苦笑する。
「無責任だなぁ」
「だって私は楓のことで精一杯だもん」
「そうだよね、冬佳は楓以外見えてないからね」
「分かってるじゃない」
いつもの笑顔を見せる冬佳に私は少し安堵する。
やっぱり冬佳には笑顔が一番似合うと思うから。
「部屋戻ろうか」
「うん」
冬佳の導きに私は頷いて答える。
「ところで冬佳はいつになったら楓は篤志さんとの仲を許すの?」
「あいつとの仲なんて絶対に許さない」
篤志さんの名前を出した途端、口調が荒々しくなった。
冬佳も十分分かり易いって。
「あいつと一緒になったって楓が幸せになんかなれるわけ無いんだから!」
「決めつけちゃって、楓が悲しむんじゃないの?」
「いいの!!!」
「はいはい」
「あ〜もう! ちゃんと聞いてよ!!」
私から振っておいてなんだけど冬佳の怒りは当面去りそうも無いので聞き流す方向。

でも冬佳はあのあと何て言おうとしたのかな?
まぁいいか、私は私らしくやっていけば。
さてと、帰ったら和樹に会いに行ってみようっと!



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<あとがき>
絵夢「修学旅行編(10月(一)〜(四))これで終わりです」
恵理「おつかれさま〜♪」
絵夢「結局、メイン4キャラ分全部やっちゃったよ」
恵理「締めは和沙ちゃんということで」
絵夢「順番順番♪」
恵理「でも冒頭のあれって、いきなりSSかと思っちゃったよ」
絵夢「所詮は夢の中の出来事だからね」
恵理「夢なんですか」
絵夢「夢です」
恵理「了解しました」
絵夢「分かって頂けて何よりです」

恵理「ところでこれで和沙ちゃんの悩みは解消されるのかな?」
絵夢「さぁ?」
恵理「まだ一波乱ありそうな気配(汗」
絵夢「あとのお楽しみと言うことで(ふふふ」
恵理「こわ(汗」

絵夢「では次回から11月ということで文化祭かな?」
恵理「かな?って」
絵夢「まだ考えてる途中だからね……」
恵理「お〜い」
絵夢「そんなわけで次回も見てみてくださいね〜」
恵理「まったく……みなさん、まったね〜♪」